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恋の焼け跡③
大好きな人
しおりを挟む河本さんにそう告げられると部屋の戸は閉ざされ、私と藤堂さんの2人だけになってしまった。
勢いに任せたのは良いものの、果たしてこれで良かったのかは疑問である。
だけど藤堂さんのきょとんとした顔を見た途端、そんな思いもどこかへ吹き飛んでしまった。
今まで感じていた退廃的な『どうでもいい』のそれとは違う、何か暖かいものが感じられた。
そう、何もかもがどうでもいいのだ。
ただ大好きな人と会えたら。
話ができたら。
後はもう、どうでもいい。
「……えっと、藤堂さん。お久しぶりですね、元気でしたか?
あ、ベッドに横になって下さい。お疲れでしょう?」
「あら、そう?」
皺だらけだが相変わらず綺麗な面立ちの藤堂さんは、先ほどとはまるで別人のようである。
今私の前で目を丸くしている人は、すっかり穏やかな貴婦人そのものだった。
藤堂さんはゆっくりと靴を脱ぐとベッドに潜り込んだ。
数ヵ月ぶりの再会だったが、どうやらまだ介助はさほど必要ないみたいで安心した。
足腰は丈夫な様子である。
「えっと、あの、何かして欲しいこととかありますか?」
少し緊張気味に私は尋ねた。
しかし藤堂さんはそれに答えるどころか、全く見当違いの返事を送ってきた。
「あら!皐月さん!
どうしてこんな所にいるの?
確か欧州へ行ってらしたんじゃなかったかしら?
もう戻ってきたの?」
「え、あの……?」
認知症はかなり深刻なようだ。
私の名前は覚えていなくとも、顔くらいは覚えているだろうと淡い期待はしていたのだが、それは見事に打ち砕かれた。
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