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恋の焼け跡③
何も手に付かない
しおりを挟む結局この日は青木主任の言う通りに従って、コミュニケーションだけで終わった。
本来するはずの排泄介助や入浴介助をしていれば有意義に時間を活用した気になるけど、半日も中腰でひたすらコミュニケーションとなるとさすがに気が遠くなる。
利用者さんの観察には事欠かないが、オムツ交換や移乗の技術はいつまで経っても上達しない。
私1人で出来ることといえば、現段階で洗髪や着脱、歩行を手伝ったり食事を手伝ったりするくらいのことだ。
はっきり言って『ヤバイ』の一言に尽きる。
他のクラスメイトはどんどん成長しているのに、私だけ置いてけぼりだ。
前期の講議からやり直しのレベルである。
……なんてことを日誌に書けたら面白いのだが、そんなことを書いてしまった日には青木主任のオデコの青筋が破裂するであろう。
いや、いっそのことこう書いたらいい。
『3月12日。青木クソババア!そのショッキングピンクの口紅似、合わねーんだよ!
人間1人くらいペロッと食べそうな大口しやがって!
お花畑の妖精さん気取りかよ!
悪いけど、誰がどう見たってアンタは妖精さんじゃなくって妖精を喰らう魔物だよ!
それもラスボス級のね!アンタを倒す勇者は、どれだけレベル上げればいいのさ!』
そう、ここまで書いたらあのクソババアも神経ぶっ飛ぶことだろう。
鼻で笑った後ボールペンを床に投げた。加えて今日書き綴ったメモも、グチャグチャにしてその辺に投げた。
何もかもがどーでもいい。
こんな虚無感、生まれて初めてだ。
錆びた真っ黒な鉛が、胸の中で詰まってる。
誰かこれを膿のごとくニュルリと傷口から搾り出してくれたらいいのに。
無意味にフローリングの木目を指でなぞりながら下唇を噛んだ。
昼間阿部さんに腕を噛まれたよりも、もっと強く。
ブチッと肉を切った感触がしたかと思った時には、顎に一筋の鮮血が垂れていた。
「……はぁ~……」
鉄の味が口内に広がると、ますます空しさに拍車がかかった。
私はカートン買いした煙草に手を伸ばす。
昨日見た時にはあと3箱はあったのに、もう1箱しかない。
溜め息を溢し寝転がりながら煙草に火を点けると、玄関からドアの開く音がした。
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