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恋の焼け跡③

帰りたくない

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――ドスンドスン


とても大きな地響きがしたので、恐竜がそこら辺を歩いているのかと思ったら、青木主任が休憩室に向かって歩いて行った音だった。

怒りに満ちた背中に後ろめたい視線を送っていると何だか眩暈がしてきたので、ピカピカに磨き上げられた清潔な床に視線を移した。

うなだれた私の右肩に、暖かい手が置かれた。


「どうしたの?
前回の実習の時は、ニコニコしてたのに」


河本さんは困ったような笑みを浮かべながら、落ち込む私を励ましてきた。

以前はその笑顔が爽やかでカッコイイだなんて思ったけど、今じゃあまりそうは思えない。
何故かしら。
むしろその爽やかさが薄っぺらなものに感じてしまう。
そんなことは無いのに。
この人は本当にイイ人なのに。

でも何もかもが薄っぺらで、どーでもいい。


「ああ、すみません。ご迷惑おかけして……」


口が思うように動かず、モゴモゴと喋った。
まるで入れ歯を装着する前のお年寄りみたいだ。


「……う~んと。
俺はいいんだけどね……。
土屋さんが辛いでしょ、あんなに説教されて。
何かあったの?初日からずっと暗い顔しちゃってさ」


「……いえ……ただちょっと、ずっと具合が、悪くて」


言葉が途切れていく。
思考が遮断していく。
早く家に帰りたい。

いや……帰りたくない。



千鶴が私の前から消えて、もうすぐ1ヶ月になる。

私は千鶴がいなくなってからというものの、すっかり家に帰りたくないと思うようになった。

あの家は、千鶴の匂いがする。

だけどその本人は、雲隠れしたかのように姿を消してしまったのだ。

跡形も無く、連絡も一切無し。
いつまで経っても着信の無い携帯を壁に叩き付けて踏み付けて、粉々に破壊してしまいたかった。

だけどそれも出来なかった。

そんなことをする気力も無かったのだ。
それどころか、携帯を触るのがとてつもなく怖い。


胃がグルグルと不穏な音を鳴らした。消化液をぐちゃぐちゃに混ぜられているみたいだ。


吐き気がする。




 

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