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恋はさざ波に似て③

海辺

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克哉と付き合う前もだ。
もっと前から私はそうなのだ。

小学生の頃、凪は赤やピンクの服を買ってもらっていたけど、私は母さんにこう言った。
『私は青でいいよ』って。

本当は私も赤やピンクを着たかったけど、クラスの子に見間違われたくない為に、ワザと正反対の格好をしていた。


そうだったね。

私って物心ついた頃から、
本音を押し殺していたんだ。


だからコイツが煩わしいのかもしれない。

私の本音をいとも簡単に引き出してしまうコイツに、困惑しているのかもしれない。
だから怖いのかもしれない。


私の本音を、これ以上覗かないで欲しいのだ。

薄汚れていて、惨めな心の内を。


どうしていいか、分からなくなるから……。


だから、いなくなって欲しい。

触れないで欲しい。
笑わないで欲しい。

掻き乱さないで、欲しい。










――ザザザ




目をつむると、テレビの砂嵐のように鼓膜を掻く音がする。

目を開ければ、瞳に染み込むような深い深い青色。


足下に、泡立った白い波が寄せてくる。

黙って立っていれば、すぐにさらわれてしまいそうだ。



千鶴は私と自分の荷物を軽々と持ち、遠くを見つめている。


帰り支度を無言のまま済ませ、
時間を持て余した私達はついに
海辺まで来てしまったのだ。

その間、千鶴は何だかんだと話しかけてきたのだけれど、
私はうなずきもせず無視を決め込んでいた。


『迎えを呼びましたから、その間に海へ行きましょう』だなんて
笑顔で楽しそうに。

そんな無邪気な顔を見たら、
行かずにはいられないだろう。

この波のように、流されるまま
辿り着いてしまったのだ。


 
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