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恋はさざ波に似て

抱き寄せられたまま

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やっと口を開いたかと思えば、今度は明らかに安堵した顔に変わった。




「……良かった」




急に肩に重力が圧しかかってきた。

千鶴は自分の漆黒の綺麗な髪が乱れるのを気にも留めず、私の肩に顔を埋めて大きな溜め息を吐いた。


……コイツらしくない。
品の無い大声なんか張り上げて、しどろもどろになりながら取り乱したりなんかして。

そりゃあ葵くんや総大くんに怒鳴り散らす時なんかもあったけど、今みたいに自信喪失した表情は初めてだった。


とても、心細そうにしていたのだ。

いや、それより……何かを恐れていた顔をしていた。


何でもイイけど、自分の具合が悪いことなんて当に忘れていたよ。



「……ゴメン」



何となくそう呟いてみた。
きっと私が悪いのだから。

すると間も空けず千鶴は私の肩の中で呟く。


先ほどまでの張り上げた声は嘘のように消え、重く低い声で喋った。




「本当ですよ。
僕に黙ってどこかへ消えて、あげく倒れるだなんて……今度また同じことをしてみなさい。
許しませんよ」



ゆっくりと、言葉を選びながら千鶴は呟く。



「……うん、もうしない」



「絶対に、ですよ。
約束して下さい。してくれるまで離しません」



背骨が軋まんばかりに強く拘束される。

千鶴は叱責するようにそう話しながらも、ほんのわずかだが語尾を震えさせていた。

私の肩に顔を沈めたまま、目を見ようとしない。


不安を消すように己を静めていた風にしか見えなかった。




「分かった。約束するから」



「……」




私がそう言えば頭を上げるのかと思いきや、一向にその気配を見せなかった。


抱き寄せられたまま、私は行き場の無い手を宙に漂わせる。


 
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