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恋はさざ波に似て

心配

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「先生、このご恩は決して忘れません。
いつかちゃんとした形でお礼をさせていただきますので、今日のところは僕にお任せ下さい。
責任を持って、彼女を家まで送り届けますので」


「あらぁ、あらぁ~!
そ、そ~お?
それなら、お任せしちゃうわっ。
お礼だなんてとんでもない!
引率者の努めを果たしたまでですので~っ。それじゃ、土屋さん!?」


「は、ハイ?」


「今晩はゆっくり休みなさいね!今日のことはあんまり気にしないで!ファイト!」


ふぁ、ファイト……?

それより、私のこと置いて行く気満々?


「あの、同室の篠原さんは……?」


「篠原さんは蓮の間に移動したから気兼ねしなくて良いのよ!
おやすみなさいっ」


何故そんな急いで退散するの先生……。

ああ、顔が火事になったかのように真っ赤だった。
ものの1分のうちに百回ほど表情を変えて、最後にはウインクで去って行った先生。

セイヤを心待ちにしていた時よりも興奮していたわ。
まるで初恋のよう。


でも、ちょっと恨むかもしれない。どうして置いて行くの……


魔物がいる部屋に私を……!




「澪!大丈夫でしたか!?」


「え……何、」


「どこか痛みますか!?病院は、病院へ行かないと……っ」


「ちょ、いいってば!
ただの貧血なんだから」


急に現れたと思えば、先ほどまでの余裕の笑みを一気に崩した千鶴。

血相を変えて私の肩を掴んで離さず、張り詰めた瞳で私の顔を穴が開くまで見つめてきた。

ていうか、もう開いたかも……。


「貧血!?血が足りないのですか!?
早く輸血を!
そうだ、僕は何を呑気にしているのでしょう!110番を!」


「ちょい待ち、お兄さん。
110番は警察じゃないの?」


「そうですよ!?警察なんて呼んで何になるんですか!
国家の犬なぞ今は何の役にも立ちません!そ、そうだ……僕の澪の体調を悪くさせたあの会館に火を放ちましょう!
全くもって設備がなっていない!!」


そんなことをしたら、お前が国家の犬の世話になるぞ。


「もー、落ち着けってば馬鹿!」


目の前の男の両頬を軽くはたき、一喝する。
まるで陶磁器みたいに温度の無い、滑らかな肌だった。

私の両手に挟まれた本人は魂を抜かれたように、ポカンとした表情で目を見開いてただ黙っている。


その沈黙ときたら、時計の針の音が鮮明に聞こえるほどで。


 
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