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恋はさざ波に似て

気が付けば布団の上

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――ドクン



「違う、私じゃないっ……私じゃない」



今、そう言った……?
誰が?私?


あれ……寝てたんだ。



まるで巻き戻しをしたテープのように、自分の体が数十分前に居た部屋にあった。


目を見開いて辺りを見回すも、心臓の音がバウンドしたバスケットボールみたいに激しく上下していて、視点すら定まらない。

……体が冷たい。

恐らく大量の汗を掻いたのであろう、全身がしっとりと湿り気を帯びている。

汗の玉が前髪を伝って睫毛の上に溜った瞬間、誰かが隣にいることをようやく認識出来た。




「良かった、気が付いて。
大丈夫?」



「先生……」



畑野先生のぷっくりとした大きな手が、私の汗ばんだ額に寄せられた。



「あの、すいません。
せっかく皆楽しんでたのに」


「いいのよ。
私も馬鹿になりすぎてたみたいね。嫌なら嫌だと、どうして言ってくれなかったの?
無理に来なくても良かったのに」


「いえ、いいんです」


「良くないわ。
ごめんなさいね、無理をさせて。
急に青白い顔で倒れかかって……貧血だと思うわ。今日は私が送るから、帰りましょう?
皆はせっかく来たことだし一泊させて、ね。そうしましょう」


「……はい」



貧血……どうして急に。
朝食を抜いたわけでもないし、睡眠不足でもないのに。

そうだ、きっと電車と人に酔ったのだ。

そう思うことで自らの体に不信感を覚えずに済んだ。


しかし胸を撫で下ろす前に、あの日の『多数決』でどうしてもっと意思表示をしなかったのだろうと後悔した。

侮蔑の視線が送られようとも、こんなことになるんなら意地でも断れば良かったんだ……。


そっと布団の端を握り締めると、途方も無い気持ちに明け暮れる。
すっかりしぼんだ胃がジクジクと痛む。シーツの白さにさえ苛立つ。

そしてその時初めて気付いた。
きっちりと敷かれた布団と洗面器の存在に。
いつの間にか介抱されていたのだ。

先生、きっと南条セイヤに会える日を楽しみにしていたのに、すっかりぶち壊しちゃったな……。




「その心配はご無用ですよ、先生」


 
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