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恋の矢印

嫌な女なら良かったのに

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ああ、駄目だ。
痛すぎて集中できない。
情けない。


講義が終わってトイレに行った。

鏡を覗いた。
目の下が、青白かった。
眼球が、馬鹿みたいに赤かった。



―‥‥何でだろう



『夏になったら、海に行こう』

嘘つき。
結局海なんて、行かなかったじゃない。


『オマエが1番だよ』

大嘘つき。
他に1番が、いたんじゃない。


―私は、必要無かったじゃない



誰かがトイレに入ってきたので、個室に飛び込んだ。


みじめだ。
こんな自分、嫌だ。

グルグルと、螺旋のように鈍い痛みが渦巻いた。
前まではこんなの平気だった。

前と何が違うの?
どこからおかしくなったの?


そうだ。
凪が風邪を引いて、私が代わりに幼児教育科の講義に出たことが始まりだったんだ。

あの時、妹の馬鹿な頼みなんか聞かなきゃ良かったのに。

そしたら雨宮先生と、出会うことも無かったのに。

そもそも第1志望に受かっていれば、絶対に会うことなんて無かったのに。

あんな‥‥
現場を見なくて済んだのに。


私は、元彼の彼女と一緒に煙草を吸った。

一緒に紅茶を飲んだ。


何て馬鹿なんだろう。

私と凪を見分けてくれた、貴重な人だった。
気兼なく話せる人だった。

嫌な女なら、良かったのに。

それなら思う存分、恨むことさえ出来たのに。
 
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