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恋の忘れ形見③

玄関先で

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―ガチャ‥‥



自宅のドアを開ければ、視界にスーツの長い足が早々に入ってきた。



「お帰りなさい澪。
‥‥どうしたんですか?」



そして早々に、私の心情を察したようだ。



胸の中がグチャグチャで、今にも破れてしまいそうだ。




「‥‥‥‥。」



ヤバイ‥‥声が出ない。

電話で『そこにいて』なんて言ったくせに‥‥。


妹と自分のブーツが並べられた玄関口で、ただ立つことしか出来なかった。



どうしてだろう、1歩も動けない。


動いてしまえば、
何か一言でも喋ってしまえば、

全部が崩れ落ちてしまいそうだ。




「澪、鞄はどうしたんです?
上着も着ないで‥‥寒かったでしょう。」



すると千鶴は自分のスーツの上着を脱ぎ、素早く私の肩にそれをかけてきた。


あの日の、デートの時のように。



フワリと、千鶴の匂いが鼻孔をくすぐる。


目頭が熱くなる。


ドップリと、真っ赤な心臓が弾ける。







―ギュウッ



「澪‥‥?」




ほぼ脊髄反射だった。

私は、すぐ目の前にあった千鶴の体を抱き締めていた。


顔を胸に埋めるようにして、
スッポリと千鶴の中に収まった。


そうすれば、
顔を見られなくて済む。

喋らなくて済む。



「どうしたというんですか。」



聞き慣れた『やれやれ』という声を頭上で聞きながら、私は千鶴の意外にもガッシリした体に頭を押し付けた。


千鶴は‥‥

千鶴も、当たり前のように私の体を包み、抱き寄せてきた。



ずっと、何も考えずに
何もせずに、

この馬鹿な変態の胸に、情けなくも体を預けていたかった。


ただ、それだけだった。


なのに、私が体を寄せ付けているその本人が、それを許さなかったのだ。
 
 
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