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恋の忘れ形見③

床に散らばるスーツ

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思わず叫び声を上げた私は心臓をバクバクと上下させると、おそるおそる千鶴の肩を揺らす。

一抹の恐怖が、拳を振るう勇気を与えなかったのだ。
それどころか半分青冷めている。


「‥‥ん。」


横たわる千鶴は目をギュッとさせながら、『もう少し』と色っぽく呟いた。

何がもう少しだ。

寝起きで変に冷静な私はそう思うと、床に散らばった男モノのスーツの上着とネクタイを見付けた。


「‥‥嘘。」


恐怖に近い恥ずかしさが頭いっぱいになると、すかさずベッド脇に置いてあるゴミ箱の中を確認した。

そして、何も入っていないことを確認すると胸を撫で下ろしたのだった。

やっと普段の自分に戻ったところで、スヤスヤと寝ている変態の頬をバチンと叩いた。


「ちょ‥‥っと、どこで寝てるのよ‥‥っ。」


怒りか呆れか判別しにくい心境で、千鶴の体を乱暴に揺らす。

肌蹴たワイシャツからチラリと覗かせる素肌に、何故か苛立ちを覚えた。


「ん‥‥あぁ、澪。
もう起きたんですか?」


わずかに目を開けると、千鶴は私をボケーッと眺めた。
その後、優雅に『おはようございます』と言って目をこすった。


「アンタ、誰の許可を得て私のベッドで寝てるのよ‥‥!」


「フフ、嫌ですね。許可だなんて必要ありますか?」


フゥと溜め息をつきながら、よいしょと上半身を起こした千鶴。

私と違って寝起きがよろしいようだ。


「あるわよ!ていうか、鍵!家!隣!!」


自分で何を言っているのか分からないほどに、動揺してしまった。


「ああ、『何で鍵がかかってるのに家に入れたのよ!』と、『何で隣で寝ているのよこの変態!』ですね。」


クスクスと笑う千鶴は、いつになく爽やかだ。

ていうか、早くベッドから下りろよカスが!


「そう!代弁ありがとう!
って‥‥違ーう!!
馬鹿じゃない私!」


ウガーッと変なわめき声を上げながら、頭を両手で掻きむしった。


「やれやれ、寝起きの澪ほど可愛いものはありませんよね。」


前髪を掻き上げるように撫で付けながら、千鶴はウットリと言った。
 
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