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恋の忘れ形見③

「あのね、あと50羽なの。」

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講義で配られたUSBに保存しておいた、原稿用紙およそ4枚分のレポート。

残り3時間50分で完成させるのは、内容が内容なだけに至難の技だ。図書室から集めた情報などを盛り込んだ、結構な力作だっただけに。

ああ‥‥さよなら、地域情報のA評価。

実習で取れなくとも、教養でAを取れないのはかなりのショックだ。


私はガクリとうなだれると、ガス欠したかのようにベッドに体を投げた。

USBを紛失したという些細で大きな失敗が、やる気をかなり削ったのだ。

意気消沈し、観念したかのように瞼を閉じれば闇の世界。


「USB……、どこで失くしたんだろ。」


それを思い出すのも億劫となってしまった私は、思考を遮断した。







しばらくすると、白い天井が見えた。

ここは白くて四角い、無機質な部屋。

その輪郭の無い白い部屋の真ん中に、更に白いベッドが置かれている。


全てが無機質だが、しかし何故か暖かい。


その源は、ベッドの上で咳をしている女の人だ。

無機質な部屋からそこだけを切り取ったように、彼女を包む空気は鮮やかだ。


私はベッドに横たわる可憐な女の人に、話しかける。



「あのね、あと50羽なの。」



私の手に乗った赤い折り鶴を見て、女の人は優しく微笑んだ。



「本当に?あと、もう少しね。
いつもありがとう。」



花のように笑う女性だ。
色鮮やかで、思わず摘み取ってしまいたいくらいに可憐。


そして、その命も花同様だった。

その笑顔はあまりにも儚すぎた。


あと50羽なのに‥‥
たった50羽なのに。



もう少しだけ、待って。
 
 
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