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恋の忘れ形見

笑えない過去

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―カスミ


それは、私がこの世で1番嫌いな名前だった。

耳にするだけで、あの日あの時の辛い記憶が鮮明に蘇ってくる‥‥。


私は白い息を漏らしながら道路を歩き、無意識に過去を振り返った。



『カスミ』
初めてその名前に嫌悪を覚えたのは、元彼の携帯を覗いてしまった時だ。


‥‥無断で覗くつもりは無かった。
だけど、お風呂に入った克哉が携帯を無造作にテーブルの上に置いて行ったから‥‥。

普段なら肌身離さず持っていて、私が横から画面を覗こうものなら眉間に皺を寄せたくらいだ。


―心配になった。


信じていたけど、私は駄目だった。

今思えば、駄目な彼女だった。


束縛して、そして喧嘩の度に泣いてばかりいた。


克哉は、泣いている私が嫌いだと言った。


『泣くな』


冷たくそう言い放たれるのを、何度も耳にしては同じことを繰り返した。


そんな関係が続いた頃、私は偶然テーブルの上に置かれた克哉の携帯を開いたのだ。

それが引き金になることも知らずに‥‥。



『カスミ』

『カスミ』

『カスミ』


カスミ、カスミ、カスミ、カスミ、カスミ、カスミカスミ‥‥。


メールの受信箱は、その女の名前でいっぱいになっていた。

内容は、まるで彼女とのメールのやり取りを見ているようだった。

送信メールには、あふれるほどのハートの絵文字。



‥‥結局、それが原因で二股は見事にバレた。

携帯を勝手に覗いたことに対して、克哉が逆ギレするのではないかと私は一応覚悟した。

だけど克哉は、赤裸々に真実を話した。
落ち着き払った声で、カスミが好きだと言ったのだ。


キレられた方がずっと良かった。

まるでその真実をいつか話そうと思っていたかのように、それは穏やかで苦しそうだったのだ。


その日、克哉と私は別れた。


そして、克哉は‥‥
『カスミ』を選んだ。



―そんな過去を思い出した。


ごくありきたりな破局だ。
ありきたりすぎて笑えない。
これがドラマのシナリオなら、私は『つまらない』って思う。

けれど、そんなつまらない破局に私は‥‥心を潰したのだ。

笑えないわよ、ホント笑えない。
 

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