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恋に堕ちる

私だけが真面目なのだろうか

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「山田さん、こっちのお野菜も食べましょうねぇ~」


私は山田さんの米粒だらけの口にサラダを運んだ。


実際にお年寄りのお世話をすることは決して苦痛なんかじゃない。むしろお年寄りが可愛いのだ。


学校の先生や学生は、よくお年寄りに対して『可愛い』という表現を使うが、これは別に馴れ馴れしい意味合いでは無い。


「はい、ありが……と」


山田さんは皺くちゃの顔を更にクシャクシャにさせて笑った。青木主任とは逆の現象だ。


そう、こんな時に私達は可愛いと思うのだ。
それは愛情からくるモノであり、お世話をする上では大切な感情だと言える。


まぁ、そうでも思わなきゃ到底やってられないんだけどね、この仕事は。


私はこの職業に対して誇りを持っているが、それに相反するように、ひねくれた気持ちに駆られるようになっていた。


介護という職業はいわゆる『3K』というヤツで、『キツイ・キタナイ・キケン』の三拍子のトリプルパンチである。


そんな大変な仕事であるが故に職員の疲労も計り知れなく、実習生や同僚にキツク当たる人も出てくる。これは仕方ないことだとは思う。


だから本来なら私みたいな半人前は、偉そうな愚痴を叩いてはいけない身分なのだ。



――だけど私には1つだけ耐えられないことがある。


それは……。



「ちょっとぉ~。林さん、言うこと聞かないのよねぇ。もう1週間近くはお風呂に入ってないのよぉ」


休憩室から毎回聞こえる会話だ。

そのほとんどが利用者であるお年寄りの愚痴なのだ。


「ほ~んと!私なんか顔を引っ掻かれて血出たんだからぁ。そん時はもう『このクソババァ!』とか思ったわよ!」


アハハハと笑い声が響く休憩室に私は入れなかった。


心が無性にズキズキと病んだからだ。


『クソババァ』?
私でさえ主任に同じ台詞をぶちまけたいところを我慢しているのに……いや、そんなことはどうでもいい。


あなた達は誰のために、この仕事をしているの……?


私はそんな想いで胸をいっぱいにさせながら休憩室の入り口で踵を返し、トイレへ駆け込んだ。

 


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