結局の所、同じこと

りすい

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「ふーん。他にはないのかしら?」

手に持っている扇をパチンと閉じる。

「お客様の御要望にあわせてと考えますとこれくらいかと。えぇお買い物をなさるお嬢様は増えてきていらっしゃいますからね。いいものはすぐに売れてしまうのですよ。」

出来れば、あからさまな黒判定の証拠が欲しいところだが、そう簡単にはいかないか。

この国では奴隷商自体は違法ではない。
国への届出や納税、奴隷の扱いに関しての規定があり、それら全てが領主の管理のもと適切に行われているのであれば問題がないとされている。
奴隷になる場合も契約がなされ、意思がない状態で一方的に奴隷として従属させられる事はないのだ。
たとえそれが犯罪奴隷だとしても自らの意思で契約をさせられるのだ。
適切に管理されている奴隷ならば、酷すぎる扱いはされないから自ら契約をするのだそうだ。

それにしても、最近のご令嬢の最先端はとんでもないお買い物らしい。とんでもない流行があったものだ。
普通の感覚の人間としては、人を1人買って帰り親に気付かれないという事にも違和感があるのだが…

違う世界の住人ね。感覚が違いすぎてよく分からないわ。


「…それだけ需要があるのなら、貴方は随分と幸せでしょうね。」

「良い出会いのお手伝いが出来ていることに誇りを持っておりますよ。」

にこにこと目を細める商館のオーナーに心の中で舌打ちをする。
私がここに派遣されるくらいだ、白とは言えない商売をしているのだろう。
このままイライラしていてはうっかりボロが出そうだ。

今回はこの辺で一人買って契約書を見て終わろう。
次回を匂わせれば、場合によっては裏メニューの案内に漕ぎ着けるかもしれないし。

「そうね。見た目が良いのも多かったし、貴方の力には期待しているわ。今日、1人にするか2人にするか悩んでるのよ。もう1回見に行ってもいいかしら。」

「承知致しました!ご案内致します。…もしまた良いものが入荷致しましたらすぐにお客様にご連絡致しますのでご安心ください。」

適度に流せる程度の我儘、かつ騙しやすそうな雰囲気、しかも1度きりでないと分かれば奴隷商も乗り気になるだろう。
にこにこと分かりやすく手を擦り合わせながら、率先して案内をしだす。

改めて案内された地下牢で、檻の中で跪き俯いたまま微動だにしない彼らに視線を巡るせる。
奴隷となると契約の元首輪をつけられ、胸元に契約紋と呼ばれる魔法による痣を付けられる。
首輪にはつけられたものの力を押さえ込んだり、思考力を奪うような機能もあるらしく、それらは全て首輪に登録された主の指示で操作可能となる。
契約紋はつけられたものの所有者を決定し、定められた契約通りに奴隷を管理する魔法だ。
よくあるのは所有者を害する事は出来ない。自害することは出来ない、といったもの。
それに背くような動きがあれば死にはしないもののとてつもない苦痛が襲うらしい。
この契約紋は内容の書き換えは可能だが消す事は出来ないのだそうだ。

彼らはどんな気持ちで契約を受け入れたのか。
なんとも言えない、苦い気持ちが溢れる。

いけない。仕事をしなくては。

見える範囲にいる人には鉄製の首輪がつけられている。先程来た際も確認したので間違いないだろう。
首輪の色に黒がない事に安堵するような、それでいて困ったような複雑な心持ちになる。

"黒の枷"と呼ばれる特殊な首輪が存在する。国で取り締まっているので、これらが再び生産されることは無いとされているが以前生産されたもので国が回収しきれなかった幾つかがまだ国内に存在している。

この黒の枷はその名の通り真っ黒な首輪だ。他の首輪と違うところは当人の意思に関係なく取り付けることが出来るという事。
契約関係なく力を奪うことが出来てしまうのだ。

当人の意志の関係ない奴隷契約がなされる。
そして、それが行われている可能性がこの商館にはあるのだ。悪質なんて言うレベルの話ではない。
もし実際にそのような事をしているのだとしたら、何としても裁きを与えなくてはいけない。

もちろん初回の客相手に黒の枷を見せるはずがない、隠しているのは当たり前だが、見つけることが出来たら確実に捉えることが出来たのも事実。

そんな非道なこと、起きていないと言うのが1番ではあるのだが…

目の前でオーナーが胡散臭い笑顔を浮かべている。
我儘なご令嬢は金払いがいいらしい。
彼女たちが黒の枷の存在を知っているかは分からないが、彼女たちが望むような見目いい奴隷が常に確保出来るとは思えない。
人の意志を無理やり曲げでもしない限りは在庫なんて用意出来ないだろう。

がやがやと廊下が騒がしくなってきたなと思っていたら、外の声が一段と大きく響いた。

「な、なによ!きゃっ!!!」

バタン!という大きな音とともに扉が吹っ飛ぶ。
すぐさま副長が前に出て私を背に隠してくれるが、状況がいまいち掴めない。

粉々に砕けた扉の破片が全て床に落ちた時、そこに座り込んでいたのは黒髪の男だった。

垂れ下がった前髪の隙間から見えた碧色に息をのむ。

そう、私はこの色を知っている。
朝、夢で見たばかりだから。
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