結局の所、同じこと

りすい

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「今日からお前は俺の下僕な!」

随分と懐かしい夢を見た。
初恋の彼にその宣言された瞬間はどんな表情をしていいものか悩んだものだ。
幼い頃我が家の領地によく遊びに来ていた幼馴染の彼の家が没落したのは何年前の話だったろうか。
もう長い事彼とは会っておらず、すっかり記憶から抜け去っていた。

彼は幼い頃から常に強気だったが、Sランクの凄腕の冒険者になったらしいという噂話を聞き妙に納得した覚えがある。

ぼんやりと記憶を辿っていた頭を無理やり起こし、仕事へ行く準備をする。

隣国との大きな戦争が終息して早10年。この国は急速に成長を進め、王宮のあり方が大きく見直された。
女性の社会進出が多く認められるようになり、嫁いで家を守る以外の生き方も好意的に受け取られるようになった。
それでもやはりまだ国の中枢は男性が多い。

それでも革新はちゃんと成果を出していた。
真面目に王宮で働いていた私も、有難いことに順調にそれなりの地位を貰えるようになったのだ。
しかし、今回私にはとんでもない指令が降りている。思い返すだけで頭が痛い。

王太子の指示により、悪質な奴隷商の摘発を行う。それは良いのだが、今回私は騎士団の副長と共に潜入捜査を行うことになったのだ。
成金我儘令嬢とその従者として、敵地に赴く事になる。

"君を宰相補佐につけたいんだよね。こういう捕物にも参加出来るって言うのは後押しになるから、ひとつ功績を作って欲しいんだ。"

にこにこと微笑んでそう宣った王太子殿下に、ただの事務官にやらせるような仕事には思えないなんて言える訳もなく、命令とあらばやるしかない。

鍛えている女騎士では成金令嬢の振りが難しいのは理解出来る。
しかし、女性の特殊部隊員だっているんだ、何も私がやる必要は全くない。
しかも指示がめちゃくちゃ雑なのだ。"ちょっと先に行って書類とか内部の様子確認しておいて!あぁ、もしうっかり動かぬ証拠抑えられるならそれで!"のみ。
王太子殿下のお役に立てるよう必死で頑張って来たが、もしかしたらついて行く相手を間違えたかもしれない。
功績を作れと言われてもただの事務員になにをやらせる気なのか。正直上手く演じられる自信もない。

いじめられっ子令嬢だったあの頃の夢を見たのは、何となく自らの命の危機を感じ取ったからなのか。
ひとつため息を付き、扉を出た。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「殿下のお戯れに付き合わされるのも、辛いですね。」

バッチリ真っ赤なドレスを着込んだ私にそう話しかけるのは騎士団副長のリーン様。
今日は成金令嬢の従者役として共に奴隷商に向かう。

「本当に…素人にやらせるなんてこれで相手方に勘づかれるような事があったらと考えるだけで胃に穴が開きそうです。」

「まぁ、正直アイリス様であれば無事に乗り越えられると思っておりますけれどね。」

「お言葉はありがたいのですが、緊張はほぐれそうにもありません…」

キリキリと痛む胃を押さえながら何度も読み込んだ資料に再び目を通す。

「こればかりはしかたないと思うしかないでしょう。…それにしても女性は衣装で随分と印象が変わるものですね。」

言われて自分のドレスを見る。
普段は制服を着込んで、メガネで、髪もきっちりとまとめている。
いつも地味な印象の私が、化粧とドレスでよくもここまで変われるものだと私自身思った。
準備をしてくれた王宮の侍女様たちの仕事に拍手を送りたい。
ちなみに、女性は~などと言っているリーン様は変装のプロでありいつも式典で見かける姿とはかけ離れた完璧な従者になっている。印象が変わるなんてレベルではなく別人だ。


「私では絶対に選ばない色ですから…潜入捜査感は薄い印象に残る色ですね。」

「逆にドレスの色ばかりが頭に残るんでしょう。我儘なご令嬢が控えめなわけがありませんから違和感もないかと。」

なるほどと頷きながら、自分のキャラクターを考える。

奴隷商で、あなたは今日から私の下僕よ!なんて言っていたらイメージ通りな見た目かも。
元の性格とは真逆のイメージはある意味ではやりやすいかもしれない。

そっと目を閉じて、移動の馬車が止まるのを待った。

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