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第173話 惚気を聞きたいっ

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 大丈夫と言った手前、トイレに行きたくなっても中々声をかけられなかった。

 予想の倍以上時間がかかっていたので、最後の方は本の内容が頭に入らなくなっていた。

 一瞬、自分の水魔法でなんとかならないかと考えたが、自分の体内の液体をどうこうするのは大変に危険な行為と言われるのでやめておいた。出てすぐにどうこうすることも考えたが、人の尊厳としてやめておいた。

 トイレを済ませて、戻ってくると端の方で研究員二人が寝かされている。

「大丈夫ですか?」

 近づくと、一人がはっとしたように息を吹き返した。まるで水中から上がったように大きく息をし始める。

「はっ……はぁっ」

 胸を抑えて苦しそうな顔をしている方も心配だ。

「リラ」

 声をかけられて振り返る。

「あちらの計測は一通り終わったようですから、石の色を戻していただいてもよろしいですか?」

 レオンから示された先には、レオンの従兄だけがいた。他は一定の距離から近づいていないのがわかる。

「従兄の方は平気なんですか?」

「ああ……あの人は、少し特殊なので。これで、魔力に対して影響がでることが証明されました」

 なんとなく、察した。

 女好きでやばい行動。それで跡取りに推されないのかと思っていたが、貴族としてそれ以上の欠陥があるのだろう。

「では、ちょっと掃除をしてきます」

 言ってから、区切られた区間に入る。

「2回目以降は、近くで見せて欲しいな」

 ドアを開けた従兄がそんなことを言う。

 中に入ると、円柱の台座の上に小指の先ほどの黒い石が乗っていた。相変わらず汚い感じがする。

「摘まみ上げず、上から触る感じで頼むよ」

 下には何か分からないがびっしりと細かい魔法陣が書かれている。

 魔法測定の間、読んでいた本は魔法陣とその性質というものだった。正直難解すぎる内容で、途中後悔して、後半はトイレにいきたいとしか考えていなかったが、これは恐ろしく複雑なもののようだ。

 言われた通り、石を持ち上げずに人差し指をそっと上に置いた。

 色の変化が見えないので十を数えてから指を離すと、下の石の色は澄んだ色に変わっていた。

「終わりました」

「そのまま、そのまましばらくそこにいて!」

 戻ろうと思ったらそう叫ばれた。

 結構待たされたので、先にトイレに行った自分を褒めたい。

 許可が出たので出るときには、レオン達も近くにいて、従兄が出した結果を一緒に睨んでいた。

「リラ様、お疲れでしょうからこちらへどうぞ。研究室内は飲食ができませんので」

 研究員の女性二人に促されて研究室を出る。すぐ近くに休憩部屋があった。お湯の出るポットがあったので、お茶を出してくれた。それにお茶菓子もある。

 一応内密に毒の確認はしておく。

 問題ないので口を付けるが、どうも案内した人たちがそわそわとしている。

「どうかされました?」

 研究員とは屋敷の侍従やメイドよりもレオンの態度が気安い感じがする。嫁に来た私に対して、微妙な感情を抱いていても不思議はない。

「……あの」

 二人がどちらから言うか無言でやり取りをした後、一人が口を開いた。

「レオン様のどこがお好きですか!」

「こらっ、言い方」

 ひとりが慌てて制した。

「すみません。貴族でもほぼ平民みたいな子で、礼儀を知らず」

「う……すみません」

 年長と若い二人の会話はコントのようだ。

「レオン様からも、伺っています。余程でない限りは構いませんよ」

 研究員は平民出身も少なくないと聞いている。私も大した生まれではないので、余程蔑まれない限りは気にしない。

「その……レオン様は長らく婚約者を持たれなかったので、研究員は色々と心配していたんです」

「それこそ、子供を産むならだれがいいかという話もしてました。あたっ」

 若い子が足を叩かれた。

「すみません……。結婚されずとも、跡取りが必要と言う話を酒の席でしただけです」

 まあ、跡取り息子には早く結婚をして次の跡取りがいたほうが家門としても安定する。

「相性を考えると炎属性の方がやはりいいでしょうか?」

 同じ属性の方が、子供ができやすいという噂は聞いたことがある。

「統計学的に、属性の違いや魔力量の違いで妊娠のしやすさが変わるわけではない、という結果が出ています。両親が同属性の場合でも、隔世遺伝で別の属性が産まれることも証明されています。属性にこだわりのある家門は、可能性を上げるために同属性の伴侶を選ぶことから、同じ属性の方が子を成しやすいという噂が出ただけです。そもそも、不妊は女性だけでなく男性由来のものも多くあるという結果がでています」

 物凄い早口で言われた。

「先輩、落ち着きましょう」

 若い方に諭されている。

「すみません……色々と思うところがありまして」

 貴族出身だとしたら、四十前くらいでここで働いているということは、色々とあったのだろう。

「研究員の中には、レオン様と結婚まではできなくとも、あわよくば跡取りを産む立場にと考えていた者は……少なからずいます。そういう馬鹿女……失礼な研究員に、いかにお二人がラブラブかを周知したいと思いまして」

 多分、若い子よりもこの先輩の方が変わっていると察した。

「そういう妄想は許してください。デージー様があれなので、ワンチャンと思う女子は多いんです」

「レオン様の異常な身持ちの固さは存じています。あ、わたくしは、最低でもダンデリオン様くらいのお歳でないと興味がわかないので安心してください」

 これは、嫁いびりかマウント的なものなのか、それとも女子会の井戸端会議なのか……。

「それで、リラ様はレオン様とはどのような出会いで? 噂では、王太子の目を盗み、逢瀬を重ねていたとか」

「レオン様と、王太子殿下の名誉に誓って、レオン様と婚約する前に一度たりとも二人でお会いしたことはありません」

「ではっ……やはり、レオン様の片思いだったんですか!」

 若い子がきゃーっと騒ぐ。

「仕える方の婚約者にときめいてたとか、萌えますっっ!」

 燃え?

 少し考えて、一種の王妃様の不治の病……ご趣味の亜種と考えることにした。

「それに関しては、私ではなくレオン様に直接伺ってください。どのように思われていたのかは存じ上げかねますから」

「リラ様はっ、リラ様は、年下の王太子よりも、その隣に立つ美男子にときめかれたのでは!」

 ぐいぐい来る若い子にちょっと引く。

 存在として認識していなかったと言うのは流石に控えた。

「ごめんなさい。そういうお話をするのは、あまり得意ではなくて」

 どこでどう噂を広げられるか分かったものではないと判断して適当にはぐらかすことにした。

 王妃様やリリアン様からの詰問の方がまだましだ。あちらは他所に情報を出さない。

「お茶、ご馳走様。測定の結果が気になるから、もう行きますね」

「ああ、最後、最後に一つっっ。リラ様は、レオン様の事、お好きですか」

 呼び止められて、苦笑いが漏れる。

「嫌いな方とは、結婚はしませんわ」

 どんな相手でも、婚約はしてきた。けれど、この結婚に関しては、私の意思でサインした。



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