上 下
143 / 225

第143話 素直になれない

しおりを挟む
 さて、恐怖の時間がやってきた。

「もうすぐ、海に出ますからね」

 色々と大変なことになっているが、レオンがとても楽しそうにしている。行きと違って、抱き着いていると安心感とは違うドキドキが出て、居心地が悪い。後、普通に腹も立つ。

「う、海に出たら、別に怖くなくなりますから! 今だけですからね」

「そうですね。今のうちに栄養を取っておきます」

 ザクロに抱き着いていればいいのではとも思ったが、ザクロからはいざという時に動けない姿勢は困りますと真顔で返された。

 右腕が痛むことは知っている。だから、あまり体重をかけないように気を使っているが、前回同様に上昇後に戻ってきたレオンに抱き着いている。そして、レオンはこんな時に右腕を怪我するなんて、両手で抱きしめたかったと文句を言っていた。

「リラ様、もう海に出ました」

 内部屋なので外の状況が分からない。だがザクロの報告で怖さがすっと薄らいだ。

 自分の能力内でなんとかなる場所に入ったのだ。

「も、もう……レオン様に縋る必要はなくなりました。人を馬鹿にしていると、いつか痛い目を見ますからね」

「痛い目は最近見たので、もう十分ですよ」

「あ……」

 腕を吊っているのを見て、言葉を失う。

 治癒魔法が使えるものがいたからよかったが、最悪切断になってもおかしくない怪我だ。痛みは強くないと言っていても、馬車での移動で揺れるたびに顔を顰めるのを堪えていたのを知っている。

 いくらにやにや顔に腹が立ったとしても、恐怖で捕まっていたのは私の方だ。

 こんな、愛想がないから歴代の婚約者は別の女性に目移りしたのだ。私が男なら、もっと可愛げのある女の子がいい。

「リラ殿が近くにいると痛みがマシになる気がするんですよ。現に、リラが抱き着いていた間は痛みなんて忘れていました」

 けが人の頼みだからと少しとった距離を戻して隣に座る。

「私には治癒魔法は使えませんよ」

「でも、リラ殿が俺の患部を保護してくれていたおかげで、悪化が免れたと言われました。どんな方法を使ったのかと随分と不思議がられていましたよ」

 あの時はかなり混乱していたのではっきりと何をどうしたとは覚えていない。

 水滴で居場所の捜索をして、レオンらしき人を見つけた。そして、明らかに熱を持った場所があったから、冷やすために保護したのだ。

 以前、モデルの女性が捻挫をしたときの応急処置と一緒だ。患部にまとわりついて、本当にわずかに流動させる。汚いので砂利はぺっと外に弾き出していた。出血は、よくわからないが、止まれと念じた気がする。

「水球の一つを消したから、あれがレオンだと確信ができたんです。そうでなければ、迷いが出て入口近くの生存者から探していたと思います」

 まだ息があった人を私は見捨てた。助かった一人を除いて、私が全力を尽くしても助けられたかは微妙だった。それだけの状況だった。ただ、崩落のすぐ後では、まだ息があったのは確かだ。

「喧嘩をする時は、お互いに魔法は使わないという約束をしたのを思い出しました。初めて、あなたと喧嘩がしたいと思いましたよ。喧嘩するくらい、長く一緒にいたかったと」

 左手で頬を撫でられた。

「口づけても?」

 親指が唇を撫でる。

「……」

 いつものように、ダメだと突っぱねる言葉がすぐには出てこなかった。

 好きになってしまった相手と触れ合いたいのは生物の本能だ。けれど理性が許可する言葉を止める。

「………」

 そっと腰を上げて、レオンが私の額に口づけをした。

「覚悟ができるまで、待ちます」

 キスされた場所を手で押さえる。絶対に顔が赤くなっていると自覚しながら、怒りの言葉すら返せない。

 機関室の確認に行くと出て行ったのを見送り、にやにやしているザクロを睨む。

「いいではないですか。素直になって、レオン様に身を預けてみては? あれだけ優しい殿方はあまりいませんよ?」

「あれは、意地が悪いともいうのよ」

「私からも、王妃様には婚姻だけは先に済ませてしまう事はお伝えします。未だに、レオン様が幸運待ちだと思い、婚約破棄を想定して素直になれないので、次に進むためには名実ともに契約書にサインが必要だと」

「……」

 レオンとの婚約後は幸運どころか問題続きだ。まだ、レオンの妹夫婦が無事に王座に付けるとも決まっていない。もし、そうなってもそれがソレイユ家のためになるかもわからない。

「私の力は、聖女様発見で尽きてしまったのよ」

 これ以上ない幸運に費やされたのだとしたら理解もできる。

「以前も飛行船で言いましたが、レオン様はリラ様といるといつも幸せそうです。私には、運命の人がどんなものか理解はできませんが、レオン様にとってはリラ様がそうで、その方に出会えたという幸運があった。そう考えればよろしいのでは?」

 ザクロが、そんな無理やりな事を言う。

「私みたいなのが運命の相手なんて、そんな可哀そうな事は言わないで欲しいわ」

「リラ様の、そういう拗らせているところを可愛らしいと思いますが、そろそろ素直になられたほうがいいですよ。酔っぱらった時は、あんなに素直でしたのに」

「あの時……何があったの」

 酔っぱらったのは覚えている。無論、酒を飲むときはとても注意をしていた。

 準男爵の爵位を得てエールを飲んで、うっかり公爵令息にエールをぶちまけた時だって記憶がある。女性が酔っぱらうのは危険な行為だと自覚があるから量の管理はしているのだ。

 なのに、なんで酔っぱらってしまったのか……。ザクロがいたからまだよかったが、そうでなければ無礼なことをしていたかもしれない。

 レオンがそんな状況で襲うとは思わないが、私が迫る可能性だってある。

「ひたすら、レオン様に頭を撫でさせていました」

「………」

「後、レオン様の事を褒めて、可愛い人と結婚して欲しいけど、寂しいから嫌だと言っていた気も……」

「う、嘘でしょう」

「さあ、どうでしょう」

「よく、王妃様に解雇されないわね」

 メイドがこんな調子で話すことは本来許されない。家によったら追い出すかもしれない。

「……王妃様にこのような態度を取ったことはございません。王妃様は、陛下の前では素直な方ですから。必要はないのです。それに、助言が必要だと思った時はお伝えしているだけでございますよ」

「くっ、確かに、あなたは優秀だと思います。少しばかり意地が悪いけれど」

「ありがとうございます。レオン様と同様の評価を頂けるほど信用頂けたとは。お仕えしたかいがありました」

 口が減らないメイドがにこやかに意地の悪い返しをした。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

処理中です...