上 下
136 / 225

第136話 よくない兆候

しおりを挟む
 糞みたいに魔力を使ったはずだが、魔力枯渇には程遠かった。魔力量は残っていても、魔法を使う集中力が切れたというほうが多分正しい。

 使った魔法量は、多分限界を超えていたはずだが、魔力増幅する石に私の魔力が触れて、勝手に増えたようだ。

 まあ、よくわからない。

 助かった三人とレオンの様態は安定しているが、移動はまだ難しいと判断された。あと一週間ほどはこちらに滞在して、行きよりも長い日数をかけて街に戻る予定だ。

 最初に救助に手を挙げてくれた少年は、セラフィナが既に保護をしている。奴隷の子かと思ったが、叔父の家に住んでいる少年で、妹のために鉱山で働いていたらしい。両親が亡くなり、他に身寄りがなかったが、その叔父も中々に評判の悪い男だったそうだ。

 約束通り、妹も一緒だという。

 私を助けたことでその子供にも危害が加わる可能性もあったが、セラフィナが保護したので、大丈夫だろう。今の彼女は英雄のように扱われているそうだ。ソレイユ家の侍従にも確認へ行ってもらったが、問題はなさそうだとのことだ。

 あの少年のおかげで、多分魔力暴走にならなかった。誰一人、手を貸そうとしなかったら、私はブチ切れていたと思う。

 セラフィナから、魔力枯渇を起こした後で難しいとは思うが、遺体の捜索を手伝ってほしいと頼まれた。一体か二体見つけた後、魔力枯渇を起こしたように倒れたふりをしてくれれば問題ないとのことだった。

 レオンを助けるときの私の態度はかなり反感を買っているらしいが、生き埋めにされた婚約者がいたのだから錯乱しても不思議はないし、自ら手を差し伸べなかったのだから仕方ないという方向に世論を持っていくためのパフォーマンスが必要だとの事だ。

 警護がつく中、土に魔力で作った水を含ませ、掘り返しやすくして捜索を手伝ってきた。まだ余力はあったが、セラフィナから苦しそうに倒れるように指示されたのでそれに従って倒れてまた病院に戻ってきた。

 その後は無理が祟って死にかけたということにしたいから病院から出るなと言われて暇である。

 色々な事が何とかなっているが、一つ大きな問題が残っている。

 これは、尾を引きそうな、とても不味い問題だ。正直言って解決策が分からないし、一番私にとってはよくない。セラフィナでも対応できないだろう。

 これまでの婚約者との関係は、恋仲になろうと努力したのは最初の婚約者だけだった。それも別の女性が現れて破談になった。あの時は流石に少しへこんだ。それがあったからだろう。婚約者とは家のための結婚準備期間でしかないと割り切り出した。あまりにも婚約破棄をされ続け、そのうち婚約破棄されるから、生活分の仕事はして過ごそうと考えるようになった。

 だから、私にとって婚約者は、少しの間暮らす家の人くらいの扱いなのだ。

 決して、色恋が絡むこともなく、むしろ強要されたら警戒し、煩わしいと思う。

 自分でも、それが自己防衛だということは理解している。実際、それは身を守るのにも心を守るのにも役に立ってきた。

 だから、どれだけ優しくされても、どれだけ尊重されても、レオンにときめくことも、恋愛感情を持つこともあってはならないと考えていた。

 最初の婚約者は、努力はしたが恋愛までは行かなかった。口づけをしたが、正直よくわからなかったし、好きかと言われれば、一応好きと言えと言われれば言える、そんな程度だった。

 それでも、婚約破棄はショックだったのだ。

 もし、本当に好きになってしまった相手から、婚約者から、別れを告げられたら、きっと辛いだろう。だから、私はレオンを好きにならないと決めていた。

 だから、これは大きな問題に他ならない。

 そして、解決策は一つしかなかった。

「婚約者に死なれては、慰謝料も何もないからです」

 レオンが少し回復して、座って食事をとれるようになってから、できるだけすました顔で言う。レオンからは改めて礼を言われた後での言葉である。

 自分でも、可愛げの欠片もないと自覚している。

「確かに、それについては契約書に書いていませんでした。戻ったら、その場合も慰謝料を払うように変更しましょう」

「い、いりません」

 あっさりと返されて、強く返してしまう。

「でも、将来を考えると、そういうことを含めて考えて置いた方がいいでしょう」

「っ」

 レオンが先に死ぬことを考えただけで胸が痛くなる。

「そんな顔はしないでください。死地から戻ったばかりです。まだしばらくは旅に出る予定はありません」

「そうしてください」

 レオンはまだ、素敵な女性と出会ってもいないのだ。そんな状況で死んではあまりにも可愛そうだ。

 そう、レオンに見合う女性が見つかったら、無駄に優しいレオンが気兼ねなく私と婚約破棄できるように、もっと嫌なところを前面に出しておいた方がいい。

「まあ、こんなことがあったのです。もう私と婚約すれば幸運が訪れるなんて馬鹿な迷信は消えるでしょう。これ以上婚期を遅らせる前に、レオン様もご結婚を真剣に考えられた方がいいのでは」

「もちろん、真剣に考えています。戻ってから、シーモア卿と交渉をするつもりでしたが、リラがその気でよかったです」

「そうですね。今の後見人はシーモア伯爵ですから、おじいさまにも許可を頂くほうが後々揉めずに済みますね」

 やはり、こんな大怪我までして死にかけたのだ。私といても価値がないと理解してくれたらしい。

 私の感情に気づいたら、優しいレオンは婚約破棄がやりにくくなるだろう。だから、早い方がいい。

「リリアン様と王妃様には私から話しておきます。婚姻の届だけは先に出させてもらいましょう。不備を指摘されたとはいえ、婚約関係であったのは事実ですし、一年と言うのも、少しまけてもらいましょう。結婚式に関しては、女性方で話し合って、じっくり準備期間を設けてもらっても構いませんから」

「……えっと、誰と、結婚されるのですか」

「リラ・ライラック準男爵とですが」

 当たり前に返される。

 レオンはたまに会話を噛み合わせないことがあるが、今まさにレオンと会話が噛み合っていない。

「いえ、私といてもレオン様には幸運が訪れませんから、戻り次第婚約破棄を」

「うっ」

 急にレオンが右腕を抑える。

「リラ殿は、俺の不幸を自分の責任の様に言いながら、その責任を取るつもりはないのですね」

「いえ、その……婚約破棄の慰謝料は、多くなくていいです」

 なくてもいいと言いかけたが、人間金がないと困ることはよく知っている。

「俺の右腕として生きてはくれないのですか?」

「……」

 レオンが素敵な女性とその子供と生活する中、執務だけ私が手伝う姿を想像して、胸が苦しくなる。

「婚約破棄をした方と、生活するつもりは、ありません」

「婚約破棄はしないですし、婚姻をむしろ早めたいと言っているんです。そもそも、リラ殿は俺が死にかけていると知って、必死に助け出そうとするくらいには愛着を感じてくれているのでしょう? 結婚を無理強いすることに、すこし後ろめたさを抱いていましたが、想いが同じであれば、遠慮する意味はありませんから」

「………」

 はっきりと言い切られ、恨めしくて睨んでしまう。

「ふっ、そんなかわいい顔をするのは反則ですよ」

 無事だった左手が伸びて、頬に触れる。親指がそっと唇に触れた。

「リラが届けてくれた水球もこうやって撫でてあげたんですよ」

「……」

 口の上手い男に碌な奴はいない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

聖人の番である聖女はすでに壊れている~姉を破壊した妹を同じように破壊する~

サイコちゃん
恋愛
聖人ヴィンスの運命の番である聖女ウルティアは発見した時すでに壊れていた。発狂へ導いた犯人は彼女の妹システィアである。天才宮廷魔術師クレイグの手を借り、ヴィンスは復讐を誓う。姉ウルティアが奪われた全てを奪い返し、与えられた苦痛全てを返してやるのだ――

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

処理中です...