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第105話 交渉

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 特に、体に変化はない。

 魔力量も特に変わりない。

 魔法だと、魔力が吸われて減ると思うが、減る量が少なすぎてわからないだけの可能性もある。

 魔法石については勉強したが、サイズだけでなく純度によっても貯められる魔法量が変わる。小さな石だから魔法量が少ないとはいえない。

「基本、傍若無人な人ですが、ああいった事をされるのは初めてです」

「婚約者を前に不貞行為を働くようなことですか?」

 レオンが目に見えて不機嫌に返した。下の立場の相手でも基本丁寧に接するというのに、珍しい。

「あの指輪に何らかの意味があったのだと」

「求婚以外にですか?」

「……ジェイド国王は、王妃にと娘を紹介する貴族たちに何かを試すと聞いたことがあります。詳しくは口を閉ざされて聞くことはできませんでしたが……」

 リリアン様も正式に聖女と認定されるための何かがあったはずだ。そういうものがこの国にもあるのか。

「リラ殿は、それを勝手に試された上に、合格したと?」

 苛立たしくレオンが返す。

「特に深く考えず、触ってしまったのは軽率でした」

「……今後は、気を付けてください」

 珍しく苦言を呈される。

 重い空気のまま、しばらくして晩餐の席に案内された。

「レオン様……、私から婚約破棄をすることはありませんから、安心してください」

 向かう間、エスコートをするレオンに声を潜めて言っておく。

 見下ろしたレオンが眉を顰める。

「そうだといいですが」

「………」

 その言い方が懐かしいと言えばいいのか。

 悪い婚約者ばかりではなかったが、疎ましがられたり、給与がいらない使用人と考えるものもいた。私の爵位からすれば、公爵家の跡取りであるレオンのこれまでの対応の方が、おかしかったのだ。

 そのあとは無言のまま、晩餐の席に着いた。普通よりも席の間隔が離れていて、入ってきたここの国の王様は、なぜか私の前に座った。







 晩餐用の部屋には、三つの黒く変わった魔石を配置した。

 部屋に入ると、ピリついた空気が流れている。

 ブルームバレーには聖女がいる。それは昔から聞いていたことだ。最近になって聖女が発見されたことは知らせがきている。そして、ソレイユ公爵家の息子が王太子の元婚約者と婚約したという噂も。

 普通は体調を崩すレベルの淀みになっているはずだが、ブルームバレー国の客人は行儀よく座って待っていた。ぴりついた空気はあるが、顔色は悪くない。そして、予定の淀みほど濁りがない。

 それに驚きはない。

「今日はルビアナ国の贅を尽くした料理だ。気に入ってもらえるといいが」

 メイド姿ではないリラ・ライラックに言葉を向ける。

「楽しみにしております」

 先ほどと違う、完ぺきな作り笑いでリラが返す。

「魔法石の話ですが、現在は他国との交渉はどのように? こちらとしては転売の考えはありませんが、他国はどうそれを保証しているのですか」

 レオン・ソレイユが不躾に話を切り出す。

 仕方ないので付き合ってやる。

 魔法石の輸出の打ち切りは、表面上は傲慢に見えるだろう。だが、仕方のないことだ。流行病よりも面倒な状況が、起きているのだ。

 でなければ、王自らが物乞いのような真似をして、藁に縋ったりはしない。

「ブルームバレー国に対しては特別な措置をしてやってもいい」

 ある程度の交渉が進む中、食事を終えたころに切り出す。

 元々ゲルフォルト・カクテルの手紙が来た時点で、魔法石の輸出は最低限許可してやるつもりだった。恩人の恩人だと言う相手を無碍にするほど恩知らずではない。だが、こちらにも事情がある。

「特別な措置?」

 不機嫌が隠しきれていない相手に頷く。

「リラに頼みたい仕事がある。なに、単純な作業だ。その作業の数だけ、ブルームバレー国へ魔法石を売ろう。他国と違い、再販売に対する規制もかけない。どうだ?」

「お断りいたします」

 他国の王を前にして不機嫌を隠せない男が、迷いなく断る。リラ・ライラックの婚約者は嫉妬深いのか独占欲が強いらしい。

「ならば、ブルームバレー国との魔法石の取引は実施しない」

 レオン・ソレイユが口を開く前にリラがレオンの方を一度見た。

「国王陛下……わたくしに頼みたい作業の内容がわからなければ、流石にお受けできませんわ」

 この環境で平然としている者は初めて見た。

「魔力の提供だ」

 正確ではないが、嘘ではない情報を与える。

「魔力だけでしたら、私でも役目は果たせるでしょう」

 魔力量に自信があるらしいレオンが申し出る。

「必要なのは、水属性だ。これ以上詳しい話は国家機密になる」

 水属性が必要と聞けば、いくつかの想像はできるだろう。

「ならば、他に水属性のものを……」

 提案に手を振って退ける。

「どこにでもいる水魔法を使えるものでいいなら、特例を出すわけがないだろう」

「私が同行してもいいのであれば」

「機密だと言っただろう」

 自国では知らないが、ここではソレイユ公爵家に王族に楯突けつ権力はないと、素気無く返す。

「いくつか、条件がございます」

 対照的に、微笑むリラが続ける。

「魔法石の種類やサイズはこちらで選ばせていただきます。こちらが欲しい品質のものを売ってくれる商人が見つからなければ、国として支援をお願いいたします。それと、機密は守る代わりに、私の手に負えない……身の危険を感じた場合は誰に対してであろうと、魔法の行使を咎めないとお約束ください」

 自分の身の安全は自分で守れるという自身があるのだろう。

「ああ……。いいだろう。新しい鉱脈から出た魔法石であっても用意しよう」

「価格に関して、あまりにも市場価格と離れた請求はされないようにお願いいたします。国費が有限であることは、国王陛下であればご理解いただけるかと思います」

 場合によってはそれを使って数を渋ろうと狡い考えをしていたのを見透かされ苦笑いが漏れる。

「リラ殿……」

 勝手に話を進める婚約者にレオンが咎めるような声をかける。

「レオン様。危険があっても対処はできます。今回は王命があってきたことです」

「……だが」

 不快感で顔を歪めている。その程度で済んでいると言うべきか。

 別の国の使者で試したとき、怒鳴り散らして出て行った。無論、交渉内容は今とは違ったが。

「……メイドを付けることはご許可を。無論、機密を守れる者をつけますので」

「ああ、いいだろう」

 内心で、そのメイドが無事でいられる保証はないがと呟く。


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