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第72話 公爵家の男たちの秘密の趣味

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「申し訳ありませんでしたっっ」

 クララがまた泣きそうな顔になっている。

「びっくりはしたけれど、大丈夫よ。テーブルクロスが汚れただけだし、公爵様もお怒りではなかったわ」

 普通ならば、テーブルクロスから滴って下まで流れていただろうが、少しだけ魔法を使って留めておいた。魔法で完全処理をしてもよかったが、些細な事で魔法を使うのは品がよくないとされている。実際は某クズのよう魔法が使えない貴族の考えた逃げ口上なのだろうが、礼節には習った方が無難だ。

「むしろ、あの失敗でリラ殿に対して好印象を与えられたと思います」

 レオンが真面目な顔でそういう。

「クララ……食事をとってきていいわ。レオン様と少しお話があるから、ゆっくりでいいから」

「わ、わかりました。あ……こ、こちらは先にお返ししておきます。失くしてしまいそうなので」

 クララが髪止めを外して差し出す。

 これまでの頑張りを評して、あげたものだが、どこかで絶対なくすだろうし、盗まれる可能性も感じている。

「……じゃあ、一緒にしまっておきましょう。たまにお揃いをつけましょう」

 今渡して無くすより退職時に祝いの中に入れる方がいいだろう。わたしとて宝石の管理が嫌でメイド長に任せたくらいだ。小さくとも宝石、メイドが個人で管理するのは気を遣うだろう。

 高い宝石のネックレスなんて付けているだけで肩が凝るので髪をどけて外そうとすると、慣れた手つきでレオンに外された。

「エメラルドも似合っていましたが、やはりイエローダイアモンドもつけていただきたいですね。指輪も作り損ねてしまいまたし、折角なのでそちらで作りましょうか……」

「似合う色を身に付けたほうがいいのでは?」

「イエローダイアモンドもきっと似合うと思います」

 黄色はレオンの色という印象が強い。それを身に着けるのは、まだ、気恥ずかしい。

 宝石箱に二つを直し、クララを昼食に向かわせる。

 ダンデリオン・ソレイユ公爵について確認しておかなければならないことがある。

「少し確認があるので座っていただけますか?」

 お茶を用意する間、どう切り出そうかと考える。だが、もしも問題があるならば確認しておかないと対策が取れない。

 お茶を置いてから、前に腰掛ける。

「……率直にお聞きします」

 色々と考えたが、遠回しに聞きようがない。

「公爵様は、成人前のような少女が好きなのですか。あまりにも、クララを見ていました」

 レオンが、私を気に入ってもらうために公爵にメイドのクララを差し出すつもりだとは考えたくないが、幼い少女にしか興味を持てない殿方がこの世にいるのだ。鑑賞だけならばちょっと気持ち悪いだけだが、手を出すなら別だ。

「………」

 レオンが、とても困った顔をした。

「クララの身に危険があるわけではありません」

 レオンが短いため息をついて、続けた。

「父が、母たちの関係を問題視していないという話はしましたよね」

 第一夫人と第二夫人が恋人関係であることは聞いている。そして、それを公爵が許容していると。

 幼い少女が好きならば、本妻たちはどうでもいいということだろうか。貴族には、跡取りさえ産まれれば、後は互いに好きにする事もある。

 そんなことを考える中、レオンが言いにくそうにしている。

「……あの人は、女性同士が楽しく過ごしているのを見るのが好きなのです」

「………はい?」

 クララを変な目で見ているのではないかと心配したら、変な話が出てきた。

 婦人の中には、男性同士の恋愛小説を隠れて読む方がいる。階級や派閥が明らかに違うのに、機密の茶会をしている理由がそういう愛好家だからということもある。

 逆に、殿方は少女たちだけが登場する日常的で牧歌的な小説を嗜む方が一定数いる。嫁姑争いに、場合によっては嫁同士の争い、さらに貴族令嬢の言葉のキャットファイトを考えればそういったファンタジーへ逃避し魅力を感じるのもわからなくはない。

 ただ、あの渋い紳士を代表したような顔で?

「実際、リラ殿を気に入ってもらうためにクララを利用したのは認めます。ですが、父は母上を愛していますし、母さん……私の産みの親といちゃついていることも非常に有益なものとして鑑賞しています。なので、母たちの関係は我が家……父には趣味と実益を兼ねたものなのです」

「私は……クララを可愛いとは思いますが、恋愛感情などはないですよ」

「それを強制することも、関係が壊れたとしても、評価が下がることもないと思います。無論、酷い扱いをすれば別でしょうがリラ殿はそのような事をなさらないでしょう。父から詳しく聞いたわけではないのですが、女性や少女たちの純真さを見たいのだと」

 色々と変わってはいるが、いいご家庭で育ったのだと考えていた。実際、いい家庭ではあると思うが、かなり変わっている。

「……実害のない人様の趣味をとやかくは言いません。クララが密かに呼ばれるようなこともないならばよかったです。そういえば……レオン様のご趣味はなんですか? 今更ながら、ちょっと心配になってきました」

 ふと、不安になった。

 いや、レオンのご両親の関係性も趣味も、他人に害が加わるものではない。問題で言えば実家の方が百倍有害だ。

 色々話をするようになったが、レオンの趣味を聞いたことがない。

「趣味は特にはありません」

 当たり前の顔で返された。

「何か好きな事も? カードが好きだとか、食事とか……実は編み物を密かに嗜んでいるとか」

「リラ殿に興味を持ってもらえたのはとても嬉しいです。普通に食事がおいしければ嬉しいですし、紳士の交流としてカードも嗜みますが、特にはないです。幼いころから、公爵になるための教育もありましたし、マリウス様の世話……遊び相手などもしていましたから」

 私は、レオンのことをどこかで恵まれて育ち、何一つ不自由をしたことのない人だと考えていた。けれど、趣味の一つもないと言うのは人としてどうなのか。

 私の趣味は、生きるために学んだこと、始めたことだが、色々とある。趣味というか、技術を維持したいとも言えるが。好きでやるようになっていることだ。

「……ああ、でも最近は時間を作ってそれに費やしたいと思うものができましたよ」

「それはよかったです」

 別に趣味がなくても楽しい人生はあるだろうが、何にも興味がないのかと思ってしまった。

「聞いても問題のないものですか?」

「………」

 レオンが私の淹れたお茶をおいしそうに飲み、微笑みかけてくる。

「どうも我が家は人に執着しやすいようです。これまでは、私にはそういう相手はいなかったのですが、自分も血は争えなかったのでしょう」

「………そう、ですか」

 ここでレオンが誰に執着しているか、聞くほど馬鹿ではない。

「ところで、王宮にはお礼も兼ねて挨拶に行かないといけませんね」

 自分から聞いたが、話題を変える。

「そうですね。日の調節をしておきます。今後は、私が直接言わない限りは私と一緒に移動してください」

「あと……ゲスもとい兄にどうやって私を連れて行ったのかを確認してください。目が覚めたら縛られていたので、何らかの方法で眠らされたのだと思います。対処法を考えないといけませんから」

「わかりました」

 直接問いただしてもいいのだが、正直関わりたくない。

「保養を兼ねて、どこかへ行きましょうか」

 唐突にレオンがそんなことを言う。

「お仕事があるのでは?」

「領地視察もしなくてはなりませんでしたから」

 慈しむような気遣うような視線が何とも居心地が悪い。

 すぐに婚約破棄は外聞が悪いのでもうしばらくは我慢するが……、はやく収まる場に納まって欲しい。

 勘違いをして、馬鹿を見るのはごめんだ。

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