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第30話 新しい滞在先

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 いつものことだ。一回増えたところで大して変わらない。

 ただ今回は家に連れ戻されることはなく、身一つで生活することになったくらいだ。

 とりあえず、翌朝一番にお金を降ろした。リリアン様への手紙と婚約破棄の書類をしたためた。シーモア卿の法律事務所の受付に渡してそのまま旅に出ることにした。

 どこか農村地の田舎へ行けば、水魔法が使えればすぐに雇ってもらえるだろうと考えていたが、街を出る前にモリンガ男爵夫人に遭遇してしまった。

 デザインの提供や披露目会の話を持ち掛けたのはこちらからなので、しばらく首都から離れることを伝えた。結果として、モリンガ男爵夫人の屋敷へ招かれ、囲われることになった。

「リラ様、どうでしょう。前よりも少し布を多く使ってみましたの」

 モリンガ男爵夫人が改良したマネキンに着せたドレスの裾を広げて問いかける。

 ちょっと、誘拐されたと言いたいくらい強引だったが、宿をとるお金が浮いたし、仕事も手に入ったので、しばらくはこのままでいいかと思っている。

「貴族向けは、これくらいが精一杯ですね。でも以前にも増して美しいフォルムに仕上がっていると思います」

 針子の工房が隣接している建物で今は暮らしている。モリンガ男爵夫人が首都での生活にも使用している屋敷で、郊外にある。男爵家なので一等地ではないが、敷地は広い。あえて屋敷の敷地内に工房を作ることで、デザインなどの情報漏洩にも努めているのだろう。

「そういっていただけて良かったですわ。リラ様は色々な階級の文化をご存じなので、わたくしにとっても勉強になります。男爵家が公爵家と付き合うのは、色々と困ることも多いですから」

 下は商家の準男爵、上は王族までとそれはもう幅広い婚約遍歴がある。

 貴族と一括りにしても、階級によって文化がある。屋敷によっても習慣が違うので、上位貴族の屋敷に入る場合はそれらも気を付けなければならない。ただ御呼ばれしたお茶会と、服を売るのでは意味が違う。

「伯爵クラスのパトロンもおられるので、あまり上を目指さないのも戦略の一つですよ」

「……野心もなく、商売をしたくはありませんわ」

 彼女が準男爵の娘だと聞いて、納得した。困窮気味の男爵家に嫁いで、商売によって傾いた家計を立て直したようだ。一度男爵とも会ったが、どう見ても力関係は夫人の方が強そうだった。むしろ、そうでなければ彼女を繋ぎ留められなかったろう。

「お披露目会には多くの貴族令嬢を呼んでおりますの。でも、お披露目と言っても、マネキンでは味気ないので、実際に従業員に服を着せてみようかと考えていますの」

「それは、面白いですね」

 貴族によっては体系と同じマネキンを作らせることも少なくない。店が新作を紹介するのは基本的には各屋敷にもっていって行うか、貴族が店に行く。

 店に行くのは下級貴族が多いが、暇を持て余した有閑マダムは気分転換を兼ねて出歩くこともある。

 令嬢を集めてと言うのは余程大きな店でないと行わない。それもどちらかというと美術館のような扱いで、期間の間に展示される新作ドレスを見に来るというものだ。

「折角人に着せて並べるなら、実際に歩かせて動的な魅力を見せるのもよいでしょう。演劇のような形で、時間を決めて行ってもいいかと思います。それと、もし可能であれば平民から美しい体系の娘を探して雇い入れてもいいと思います。高級娼婦に頼むという手もありますが、劇団の花娘などに協力してもらってもいいかもしれませんね。それ以外の平民には、レースで顔を隠させることでより服を見てもらえるかと」

 スリットの入った服は、歩いているときこそ美しい。

「素晴らしいですが、平民では優雅な動きができないのでは?」

「私ですら学べば身に付きましたから、どうせ時間があるので練習を見ましょうか?」

「ええ!」

 モリンガ男爵夫人のいいところは、即決即断で迷いがないところだ。

 三日後には、五人ほどの平民の少女が集められた。多くは針子の娘やその知り合いだ。

 背の高さや体系はそろっていないが、売り込み戦略としてはいいだろう。

 基本の歩き方を指導して、習得できたものから個別に体系を生かした動作の指導をした。生成りのドレスを着て、スカートの裾捌きも教えていく。

 食事の作法などがないとはいえ、歩くだけでも中々大変だ。貴族的であり、だがあくまでも服を美しく見せるための動きでなければならない。


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