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第26話 運命の出会い、もしくは

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 リラ・ライラック男爵令嬢への最初の印象は、人形のようだと言うものだった。

 王太子であるマリウス様よりも七つほど年上で、俺の三つ下。家格からして、全く王太子の婚約者として釣り合っていなかった。

 確かに、顔はいいし、スタイルも抜群で、男爵家にしては立ち居振る舞いも上級貴族のようではあった。

 婚約理由は聖女だからなのではないかと噂されていたが、婚約後数カ月で本物の聖女様が発見された。

 万が一にも害が及ばぬよう、リリアン様がリラと接触しないように王宮として注意していた。そのはずなのに、リリアン様がリラに懐いてしまったのは一種の運命だったのではないかと思っている。

 リラは自分が座るはずだった王太子の妻の席、ひいては王妃の座を奪う少女に対して、親身になり、心のケアをできる唯一の存在になっていた。それを見て、俺はリラが婚約破棄の後、不当な目に遭うことを避けてあげたくなってしまった。

 幸い、両親からはもう誰でもいいからとりあえず婚約者を決めるように急かされていた。リラからも憎からず思われていると感じていた。王太子の後ろに控える俺に対しても時折気遣いをしてくれていたと感じていたのだ。特に多くを話すことはないが、微笑み返してくれていた。

 まさか、存在をその他大勢としか認識されていなかったとは思っていなかったのが正直なところだ。今思い返すととても恥ずかしい。

 何せ、年頃の貴族女性から言い寄られ、見合い話が来るのは当たり前で、未婚の女性のほとんどは俺との結婚を望んでいると思っていた。無論、俺の魅力というよりは、未来の公爵夫人の座がそれだけ魅力のあるものだと理解していた。だが、それを抜きにしても、モテているという自惚れがあったのだろう。

 リラが王太子だけでなく、何度となく婚約と破棄を繰り返されている事。まだ詳しい理由はわからないが、リラにとっては俺との婚約も婚約破棄になる予定のものなのだ。シーモア卿の助言でリラのこれまでの言動の意味は理解はできた。

 リラは勤勉で、格上だけでなく格下でも気遣うことのできる優しい人であること、何よりも、公爵夫人の座に何の興味もないこと、それなのに、義務だけは果たそうとしてくれるところ。好ましいところを上げればキリがなくなっている。

 十二度の婚約破棄歴には驚いたが、それらと同じ扱いにならないよう。これからはこれまで以上に仲を深めることを秘かに誓った。

 手を繋ぐだけでも互いに気恥ずかしくなってしまったが、エスコートの時と違って、リラにより近くなれた気がした。

 本来であれば逃げられないように、できるだけ早く結婚してしまいたいが、リラが信頼を置くシーモア卿の助言は受け入れるべきだと考えている。婚約から一年後に、リラと婚姻届けを出して、その後、一緒に結婚式の計画を立てていこう。

「……まだ、婚約を公表はしたくないので、別でサロンに入る形でもよろしいですか?」

 リラがどこか気恥ずかしそうに問う。

 婚約破棄の件を聞けば、もしもを考えてしまうのは仕方がないだろう。

「わかりました……中に入った後は、共に行動しますよ? 王宮で顔見知りだったのは事実ですから、そう言えば、怪しまれることもないでしょう」

 声を大にして公表したいが、リラは屋敷に連れて行ってすぐに毒を盛られた。既に敵がいる状況だが、さらに増やす必要はない。無論、毅然と公表した方がリラにとって利益がありそうならばそうする。

「……わかりました」

 リラから手を離されて、名残惜しいと思いつつも握っていた手をこちらも離した。

「機会があればリラ殿の演奏を聞かせてください」

「お聞かせするほどの腕ではないですよ」

 そういった後、リラが先にサロンへ向かった。少し遅れてから中へ入ることにする。

 リラが好きなものはまだ多く知らない。今日は、クリームのケーキよりもタルト系、特にナッツが好きなようだと言うことは感じ取れた。それに茶の香りにも随分と感心していたので、同じものを公爵家でも飲めるようには手配しようと思う。

 本人は素直に教えてくれないので、一つずつ、観察して確かめるのも悪くはない。

 少しだけ待って、中へ入る。

 今日の音楽サロンは上級貴族が参加していないものだが、無理を言って見学を頼んだ。ここならば、まだ爵位を継いでいなくとも、公爵家の子息である俺がいればリラに危害を加えられるものはいないだろう。

 できれば、リラを婚約者として紹介したいが、リラの気持ちが少しでもこちらに向くまでは我慢しよう。

 中に入って早々、リラを探す。

 辺りを見回して、それほど時間がかからずにリラを見つけた。女性としては背が高いので見つけやすい。自分も背は低くない方なので、並んでもリラに恥をかかせることはない。これまでは身長など気にしなかったが、親に感謝しなければならない。

「り……」

「レオン様!」

 リラを呼ぼうとして、間近から声をかけられて視線を下げた。背が低い令嬢だったため、遠くを見ていたので視界に入っていなかった。

 その時、背筋に電流が流れるような、ぞわりとした感覚がよぎる。

 目の前にいた令嬢の黄色い髪から目が離せない。

 彼女を見ているだけで、多幸感に包まれた。そうか、これは愛しいという感情か。そんな言葉が腑に落ちる。

 マリウス様がリリアン様を見た時に、運命を感じたといっていた。きっと、今の俺の感じているそれと似たものだろう。

 一歩足が前に出て、抱きしめたいという衝動に駆られた時、目端に薄紫の花が映り込んだ。わずかに視線を上げると、緑の瞳と目が合った。

 微笑んでいるような顔とは裏腹に、何かをあきらめたような顔をしている。それを見た時、胃が裏返るような吐き気が襲う。それなのに多幸感が続いていた。

 何かがおかしい。

 身を屈め、口元を抑えた時、あたりから悲鳴がした。自分でも感じるほどの熱さが身を包む。

「………っ」

 魔力暴走だ。

 必死に、無意識に垂れ流した魔力を身に留める。

 炎属性の魔法は、他の属性とは比べものならないほど危険度の高いものだ。幼少期から、危険を伴う訓練をしてきた。こんな、不意に魔力暴走を起こすようなことは、今まで一度もない。

 カーテンに火が燃え移り、血の気が引く。最悪を想定した時、一瞬ですべての火が鎮火した。出した炎を消すことはできても、燃え移った火までは消せない。誰かが消火したのだ。

 カーテンも、誰かのドレスに燃え移った火も全てが消え、目の前にいた令嬢に至っては、水の膜が間に立ち塞がっていた。それを突き抜けて、それが俺に抱き着いた。

 この令嬢が水魔法を使ったのか……。

「ああ、レオン様! 大丈夫ですか」

 無遠慮に腕を回す相手を見て、何の確証もないが違うと思った。無駄なく、そして完璧に火を消し、周囲への被害を抑えるには魔力だけでなく繊細な魔法の扱いがいる。それも、一瞬の迷いもなく、魔法を発動できなければならない。

 顔を上げると、それができそうな相手と目が合った。だが、その相手はすぐに背を向けて立ち去ろうとしていた。

「リラっ。リラ! 待ってくれ」

 多幸感は霧散し、今は恐怖と絶望が胸に沸く。

 俺は魔力暴走を起こし、リラに救われた。だが、何故そんな事態になったのかが理解できなかった。


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