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第15章 巡り廻って

292:物語の終わり

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 中原の三大国の一角を担うカラディナ共和国と、新たに勃興しカラディナを凌駕するほどに成長した聖王国。その互いの首都から遠く離れた両国の国境沿いに、多くの兵士達が屯していた。

 両国の精鋭とも言える互いの兵士達は、若干の緊張感を保ちながらも互いに寄り添うように陣を張り、行軍の疲れを癒している。時折聖王国軍の陣内から大量の物資を積んだ荷馬車がカラディナ軍へと向かい、疲労困憊のカラディナ軍兵士達は疲れ切った体に鞭打って、荷馬車に積まれている食料を下ろし、仲間達へと配っていた。



 聖王国軍の中心付近に一張りの大きな天幕が張られ、中では複数の男女がテーブルを囲んで顔を突き合わせていた。席につく男女の背後には複数の副官や書記官が控え、厳粛な空気が漂う中、天幕の中で最も年若く、最も上座に座る黒髪の女性が口を開く。

「ロザリア様が永き眠りに就かれるまでに、あと5年。その間、素質が働かなくなる時間が少しずつ増え、ロザリア様の眠りと共に、この世界から素質が永遠に失われます」
「「「…」」」

 美香の言葉を聞き、ジャクリーヌ・レアンドル、ジェローム・バスチェをはじめとするカラディナの面々は、皆一様に息を呑む。

「ジャクリーヌ様、ジェローム様、ご安心下さい。まだ私達には、5年の猶予が残されております。この時間を無駄にせず、国を挙げて素質の無い世界に適した体制を整えれば、十分に乗り越えられる試練だと、信じております。これから、素質の無い世界を迎えるに当たって乗り越えなければならない課題と、その計画をご説明いたします。…テオドール様、よろしくお願いします」
「御意」

 美香に指名されたテオドールは一礼すると席を立ち、日頃のいい加減な態度を捨て、ジャクリーヌ達に礼儀正しく説明を始める。ジェロームは顎に手を当て、テオドールの説明を聞きながら頷きを繰り返し、やがて得心した表情で口を開いた。

「…なるほど。素質の無い世界に必要なインフラを整えながら経済を活性化させ、民に新しい職種の経験を積む機会を提供するのですな?」
「その通りです、ジェローム殿。これは、陛下がお生まれになられた世界では、ごく一般的に行われた政策だそうです」

「ロザリア」に極太の釘を刺されたジェロームだったが、テオドールの計画を聞いて瞳を輝かせる。再度お灸を据えられたら敵わないので大っぴらな事をするつもりはないが、大規模な公共事業と経済政策は「六柱」の利益にも繋がるので、ジェロームはテオドールの計画に諸手を挙げ賛意を表明した。「六柱」の賛同を得た美香はジェロームに頷き、ジャクリーヌへと視線を転じる。

「ジャクリーヌ様、中原各国に向けてロザリア様の神託を公表するため、教会内の取り纏めをお願いします。それと、セント=ヌーヴェル王国及び南部諸小国につきましても早急に情報を共有し、足並みを揃える必要がございます。各国への取次ぎと参集も、お願いできますでしょうか」
「畏まりました、陛下。お任せ下さい。半年後を目途に各国代表を参集いたしますので、誠に恐れ入りますが、陛下にも御臨席いただけますでしょうか」
「はい、喜んでお伺いさせていただきます」

 ジャクリーヌは美香に向かって恭しく一礼すると、ヴェルツブルグで新任された三人の枢機卿のうち、唯一の生き残りとなった一人へと目を向け、頷き合う。彼はこの会議に臨むため、フリッツやテオドールと共にヴェルツブルグからこの地を訪れていた。ヴェルツブルグとカラディナ、両教会の代表が和解した事を確認した美香は内心で安堵し、言葉を続ける。

「医療の分野につきましては、先ほど申し上げました通り、各国から選抜した代表団を大草原へと派遣し、エルフの指導の下で技術を培う事といたします。この件につきましては、エルフの皆様のご協力なくして成立いたしません。この様な形でお願いする運びとなり、誠に申し訳ございませんが、中原の未来のためご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。――― セレーネ様」

 そう答えて美香が一礼し、続けてテーブルを囲む面々から一斉に頭を下げられたセレーネは、ガラス人形を思わせる秀麗な顔に強張った笑みを浮かべ、口の端を引き攣らせた。



 な、何で私なんかが、こんな場違いな所に一人で居るわけぇぇぇぇぇ!?



 セレーネは救いを求めて背後を振り返るが、愛する隻腕の男も、彼女を姉と慕う銀の女の姿も見当たらない。この天幕の中で最も年上で、最も幼い容姿を持つ彼女は、椅子の上で小さな体をより一層縮こまらせ、太腿の間に両手を差し込んだまま、俯き加減でボソボソと口ずさんだ。

「…え、えっと…ティグリ族 族長グラシアノの娘、セレーネは、代表団の受け入れを表明します。み、皆さん、よろしくお願いします…」
「ありがとうございます、セレーネ様。西誅と言う巨大な不幸を経て、なお受け入れを表明下さいましたセレーネ様、並びにエルフの皆様の広い度量に、此処に居る一同、中原を代表し心より御礼申し上げます」

 再びテーブルを囲む面々に深々と一礼され、セレーネは椅子に置かれた愛玩人形のように、テーブルの端を見つめたまま動かなくなった。



 ***

「もぉぉぉぉぉ!トウヤさんってば、何で一緒に来てくれないんですかぁ!?」

 会議が一段落し、美香やジェローム達が自国の関係者と協議を始めると、セレーネは席を立って天幕の外へと飛び出した。彼女は天幕の隣に停車しているボクサーのフロントからよじ登ると、車上で胡坐を掻いてペットボトルに口をつける柊也に詰め寄る。

「お?もう終わったのか、セレーネ?」
「小休止ですよ。でも、大草原に関する話は終わりましたから、もう居なくてもいいですよね?」

 セレーネの追及を無視し、柊也が素知らぬ顔でコーラのペットボトルを差し出すと、セレーネは剥れ顔でペットボトルを受け取りながら尋ねる。だがセレーネの期待は裏切られ、柊也は頭を振って否定した。

「いや、悪いが最後まで話を聞いて来てくれ」
「だから、何でトウヤさん達は同席しないんですか!?」
「私にも、その理由をお聞かせ願いませんか?」

 セレーネに続いて下から女の声が聞こえ、柊也が声のした方を覗き込むと、天幕から出てきたジャクリーヌと目が合った。ジャクリーヌはボクサーの脇に佇み、車上の柊也に向かって尋ねる。

「ジョーカー…いえ、トウヤ殿。あなたは、この会議の立役者であり、陛下に匹敵するキーパーソンです。そのあなたが何故この会議に加わろうとせず、傍観を決め込んでいるのですか?」
「俺は、バランスブレイカーだからな」

 ジャクリーヌの質問に柊也は事もなげに答え、発言の真意を図りかね秀麗な眉を顰めるジャクリーヌから視線を外すと、真向かいに座って生肉のスライスを口に運ぶシモンを眺めながら、言葉を続ける。

「確かに俺の持つ力は抜きん出ており、その気になれば中原に大きな影響を及ぼせるだろう。だがそれは言わば『伝家の宝刀』であり、本来使ってはいけない力なんだ。であれば、中原のどの勢力にも加担せず、中立を守るためにも、この会議を聞き、発言するわけにはいかない。そういう事だ」
「それと私が会議に出席する事に、何の関係があるんですか?」

 セレーネがペットボトルを傾けながら質問すると、柊也はペットボトル越しに見えるセレーネに穏やかな笑みを向ける。

「これから中原は素質の無い世界に迎えるにあたって、一枚岩にならなければならない。そのための調停役、どの勢力とも公平な距離を保てるオブザーバーが必要だ。それを、君達エルフに託したいんだ」
「私達に、ですか?」
「ああ。それに、これはエルフの存続にも関わって来る。中原が一枚岩になる以上、その動向を知っておかなければ、不測の事態が起きた時に身を守る事ができない。中原と常に関わっていれば関係悪化の兆候を察知し、先手を打つ事もできるからな」
「そういう理由があったんですね…。トウヤさん、ありがとうございます!」

 納得したセレーネはペットボトルから口を離して可愛らしい息を吐くと、柊也に向かって晴れやかな笑顔を見せる。柊也は目の前で花開いた笑顔を眩しそうに眺め、やがてジャクリーヌへと視線を転じた。

「と言うわけで、この会議が終わったら、俺はセレーネと共に大草原に帰るよ。後はあんたが上手く取り纏めてくれるだろうし、六柱の面々も大人しく協力してくれるだろうよ」
「ロザリア様にあれだけ睨まれて、流石のジェローム殿も肝が冷えたようですわ」

 つい先ほどまで同じ陣営に属し共闘していた相手とは言え、「六柱」のやり様に何か思うところがあったのだろう。ジャクリーヌがクスクスと笑っている。やがて彼女は表情を改め、姿勢を正した。

「…できればもう少し友好的な形でお会いしたかったところですが、トウヤ殿、色々とお世話になりました。強大な力を持つあなたが分別のある御方で、本当に感謝しております」
「俺はもう、中原に首を突っ込むつもりはないからな。…ジャクリーヌさん、中原と古城の事を、よろしく頼みます」
「お任せ下さい。これまでの無礼と過ちを償い、中原の平和と陛下のために、尽くさせていただきます」

 ジャクリーヌはそう答えると、車上の柊也に向かって一礼する。その姿は、愛娘の恩師に感謝する母親のように、慈しみに溢れていた。



 ***

「…え?先輩、また、居なくなっちゃうんですか?」

 泣きそうな表情でそう尋ねた美香を宥めすかし、その夜に催されたささやかな酒宴の席で、異変は起きた。



「…ぅ…」
「シモン?」

 珍しく食の進まなかったシモンが突然口元を押さえ、天幕の外へと飛び出していく。慌てて柊也が後を追い、木に寄り掛かっているシモンの背中をさすっていると、やがて彼女は胃の中の物を吐き出した。

「…はぁ…はぁ…」
「大丈夫か、シモン?」
「シモンさん…もしかして…」

 遅れて追いかけてきたセレーネが目を瞠り、シモンが口元を腕で拭う。

「…先月から、生理が来てないんだ…」
「…え?」

 思わず間の抜けた声を上げた柊也の目の前でシモンが振り返り、柊也の胸を掴んで揺さぶりながら、泣き笑いの表情を浮かべた。



「――― 赤ちゃん!私とあなたの赤ちゃん!…私、私、ママになるんだ!」
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