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第12章 終焉
227:終戦
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ハヌマーン軍は、コルネリウス隊とユリウス隊に前後を挟まれた格好で、ラディナ湖西岸に向けて街道を西進する。後ろを守るユリウス隊とハヌマーン軍の間は大きく開いていたが、前方を守るコルネリウス隊とハヌマーン軍の間には100名程の小集団が形成され、その中では50名の人族と50頭のハヌマーンが左右に分かれ、1台の馬車と1挺の輿を半円状に取り囲んでいた。
西へと伸びる街道を進む馬車の窓から美香が身を乗り出し、青空を指差して口を開く。
「空」
「〇□× △&%%」
屈強なハヌマーン達が担ぐ輿の上に身を横たえた聖者が、美香の指差す先を目で追いながら呟く。その言葉を耳にした美香は、ふんふんと頷きながら指を動かし、大きな白い雲を指差す。
「雲」
「〇□× \@△$」
「ほうほう」
後に続く聖者の言葉に分かったようなふりをしながら、美香は今度は聖者を指差して口を開く。
「ゴマちゃん」
「ゴマチャン」
「そうそう」
聖者の答えに美香が大きく頷き合格点を与えると、聖者は毛で覆われた顔に満面の笑みを浮かべる。馬車に同乗するレティシアとオズワルドが呆気に取られる中、二人は馬車と輿に揺られながら、思い思いに口ずさんだ。
「ゴマちゃぁん」
「ゴマチャァン」
やがて美香は再び車窓から身を乗り出し、両手をかざして指折り数えると、聖者も両手をかざして数え始め、二人は馬車と輿に揺られながら、各々の言葉で指を数えていた。
***
「うぎぎぎぎぎ…」
「@□\$$$$$$…」
美香が顔を真っ赤にしながら歯を食いしばり、渾身の力を腕に籠める。美香の向かいには聖者が座って歯を剥き出しにして唸り声を上げており、二人の間には木箱が置かれ、二人は木箱に肘をついて手を握り合ったまま震えている。
やがて、ゆっくりと美香の腕が聖者の腕に圧し掛かり、ついに木箱の上に聖者の手の甲が触れると、美香は諸手を上げ、飛び上がって喜んだ。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!ゴマちゃんに勝ったぁぁぁぁぁ!」
「ミカ、凄い凄い!」
「□×〇%&& ×*\〇$$$△$%%%%%…」
傍らで様子を見守っていたレティシアが立ち上がって美香と二人できゃいきゃいとハイタッチを繰り返し、向かいに座る聖者は俯き、悔しそうに顔を歪める。二人の対戦を見守っていたハヌマーンと人族、双方が喝采を上げる中、聖者の供回りを務めるひと際大きなハヌマーンが、美香の前に躍り出た。
「サーリア〇$! □×△$$ &*〇△\\\ +△#%%%〇$ △□!」
サーリア様!是非、某と一戦、願いたい!
「いや、ちょっと待って!私、死んじゃうから!」
目の前に差し出された筋骨隆々の剛腕と歯を剥き出しにした肉食獣の顔に、美香の顔が引き攣る。すると、美香を突き飛ばすように割って入ったゲルダが木箱の上に剛腕を乗せ、ハヌマーンに対し獰猛な笑みを浮かべた。
「アンタ、アタシが相手になってやるよ。かかって来な」
「〇□*$ %□□△$!」
ちょこざいな!
ハヌマーンはゲルダの顔を見て鼻で笑い、二人はがっぷりと腕を掴む。二人の隆々とした剛腕にみるみる血管が浮き上がり、木箱が軋みを上げる。そして、そのまま1分程膠着状態が続いた後。
「グオアァァァァァァァァァァッ!」
「□×%%$ 〇□**&$▽!?」
ゲルダの雄叫びとともに天頂を向いていた拳が一気に90度回転し、木箱が割れて対戦相手がもんどりを打つ。美香が慌てて対戦相手に駆け寄る中、ゲルダが立ち上がって勢い良く拳を上げた。
「っシャアァァァァァァァァァァッ!コルネリウス様!酒持って来てよ、酒!」
「ちょっと、ゲルダさん!やり過ぎだって!…汝に命ずる。彼の者に生の息吹を与え、安らぎと癒しを齎せ」
「□△×&&% サーリア〇$…」
かたじけない、サーリア様…。
対戦相手のハヌマーンが腕の痛みに顔を顰めつつ、サーリア様の温もりを腕に感じて、目尻を下げる。周囲の男どもがやんややんやと喝采を上げる姿を眺めながら、ユリウスが苦虫を噛み潰した。
「あの虎野郎、好き勝手言いやがって…後でお灸を据えておかないと…」
「ユリウス、馬鹿野郎」
「は?」
突然の叱責に、ユリウスが声の出所へと顔を向ける。ユリウスの視線の先では、コルネリウスが、まるで遊園地を目の前にした子供の様に、ギラついた笑みを浮かべている。
「あんなふざけた事、酒も無しにやってられるか。…おい、酒保が抱える酒を全部出せ」
「か、閣下?」
困惑の目を向けるユリウスの前で、コルネリウスは傍にあった荷車から酒瓶を掴むと、肩に担いで喧騒の輪の中へと歩いて行った。
こうして半月余り街道に沿って歩き続けた一行はラディナ湖西岸へと到達し、ついに中原とガリエルの地とを隔てる防御線へと辿り着いた。
***
高く澄んだ青空の中を小鳥達が高らかな囀りを奏でながら飛び回り、木々は新緑に満たされ、燦々と輝く太陽の光を浴びて、緑に輝いている。
青々とした草木に覆われ、石造りの塔が点在する草原の中で、美香は背後にハヌマーン達を従えた聖者と、別れの挨拶を交わしていた。
「それじゃぁ、ゴマちゃん。気をつけて帰ってね」
「サーリア〇$ □×$$〇 *@×△◇ \%%〇×$ &**□%&$〇 ÷〇□\\…」
気軽に手を振る美香に対し、聖者をはじめとするハヌマーン達は皆跪き、サーリア様との別れを惜しんでいる。多くのハヌマーン達が男泣きする中、聖者が涙を流しながら、身振り手振りで必死に何かを伝えようとした。
「□△÷&& ××$〇□ *▽ □\\%〇#$△ □$%+ サーリア〇$ &〇□$$&…」
「え?何、ゴマちゃん?」
美香は聖者の言葉に耳を傾けるが、なかなか言いたい事が分からない。美香は聖者の手の動きをじっと見つめていたが、聖者が手を前に突き出し、掌を上に向けて揃えたのを見て、思い至った。
「…あ、形見が欲しいのかな?…んー…」
聖者の意図を察した美香は唇に指を当てて上を向きながら考え、やがて両の手を打ち鳴らすと、傍らに佇むコルネリウスに尋ねる。
「コルネリウス様、小刀と、あと何か紐をいただけませんか?」
「ミカ」
「あ、ありがとう、レティシア」
美香の言葉を聞いたレティシアが小物入れから細い紐を取り出し、コルネリウスが小刀を差し出す。二人から受け取った美香は右手で小刀を持ち、左の首筋に添える。
そして、左耳の後ろから伸びる一房の髪を左手で摘まむと、小刀を薙いで切り払った。
「…はい、ゴマちゃん。これでいい?」
「□×○○$% サーリア〇$ &\\〇△! □〇%&& $× △*〇@$▽% サーリア〇$ *×□〇$& □#…!」
美香は、左手に残った一房の艶やかな黒髪を手際良く紐で括ると、勢い良く頷きを繰り返す聖者の両掌に載せる。聖者は喜色を露わにして掌に載せられた美香の髪を恭しく押し戴くと、慎重に供回りの者に預け、再び両手を目まぐるしく動かしながら、まくし立て始めた。コルネリウス達が注目する中、美香は顎に指を当てて聖者の手の動きを眺めていたが、聖者の指が円を描いた後に地面を指差したのを見ると、口を開く。
「…うーん…此処より、ハーデンブルグの方が良いんじゃないかな…?」
「え、ちょ」
美香の発言を聞いたレティシアが口を挟もうとするのを余所に、美香は北東方向を指差し、次いで3本の指で横棒を引いた後に下を指す。それを見た聖者が頷いたのを見て、美香も満足そうに頷き返した。
「□〇▽&& サーリア〇$ ▽%$* @△$%&〇〇 □×$」
「うん、じゃ、また来年ね」
「「「え?」」」
コルネリウス達が目を白黒させる中、美香が右手を差し出すと、聖者は跪いて恭しく押し戴き、顔を寄せ手の甲に歯を立てる。そして、再び立ち上がった聖者は輿の上に身を横たえ、屈強な供回りがそれを担ぎ上げた。
「じゃぁ、ゴマちゃん、気を付けて。またね」
「□$$×△ **〇□&▽$ サーリア〇$ $□\÷△ *%」
手を振る美香の前で供回りの者達が背中を向け、聖者の乗る輿が段々と遠ざかって行く。聖者は輿の上に身を横たえたまま、美香に向かっていつまでも手を振り続けていた。
「…ミカ。あのハヌマーンは、何と?」
ハヌマーン達が森の中へと消え、美香が手を下ろしたのを見計らって、コルネリウスが尋ねる。美香はコルネリウスの顔を見て、口を開く。
「来年の今日、またハーデンブルグで会いましょう、って」
「君は、ハヌマーンの言葉が分かるのか?」
目を剥くような勢いで問い質すコルネリウスに、美香は唇に人差し指を立て、片目を瞑りながら無邪気に微笑んだ。
「脳筋の勘です」
***
「×□%$$@ □〇△%%& サーリア〇$ \〇△%%& $〇* ガリエル〇$ %&&÷△…?」
聖者様、サーリア様をガリエル様の許にお連れしなくて、本当に良かったのですか?
故郷へと通ずる道を辿り、森の中を進む一行の中で、一頭のハヌマーンが聖者に尋ねる。聖者は輿の上からそのハヌマーンの顔を一瞥すると、簡単に言い放った。
「□×$% *□$○○\」
「%$?」
馬鹿者。
は?
聖者は身を起こし、質問者に説明する。
「□×@** サーリア〇$ 〇△##%*□ +△ \&&〇□* □%%&$ □$ *▽$&&…」
「%%〇 #$」
サーリア様は、人族として生まれ変わられた。であれば、此度のサーリア様には、人族としての幸せを満喫していただこう。ガリエル様には誠に申し訳ないが、記憶のないサーリア様をお連れしても、お互い不幸になる。そう申し上げ、今しばらく御辛抱いただこう。
はっ。
頭を下げるハヌマーンに聖者は頷き、輿から身を乗り出して付け加える。
「*×△▽$%% %&〇□ ÷@△$$ □□$×□&%% @◇ &\\ ×□%$$@ ▽×〇$」
「「「%$?」」」
それとな、お前達。これからは私の事を、聖者とは呼ぶな。
は?
突然の言葉に、話を振られたハヌマーンはおろか、輿を担ぐ屈強な男達まで足が止まり、一行は森の中で急停止する。周囲の者から注目を浴びた聖者は、輿の上で得意気に笑う。
「□〇△%%& ▽× ゴマチャン @$%%□\!」
これからは、ゴマチャンと呼べ!
静まり返った森は、直後、大勢のハヌマーン達の歓声に包まれた。男達は皆拳を掲げ、サーリア様から授かった聖者の新たな名を繰り返し唱和する。
「「「ゴマチャン〇$ □\\△%! サーリア〇$ □\\△%!」」」
ゴマチャン様、万歳!サーリア様、万歳!
輿を担ぐ男達も飛び跳ね、聖者は輿の上で宙を舞いながら歓呼の声に耳を傾け、鼻を高くする。
こうして、中原暦6625年ガリエルの第4月から翌6626年ロザリアの第1月にかけて行われた、ゴマちゃん一世一代の南征の役が、終わりを告げる。
ゴマちゃんが率いた兵力は、ハヌマーンが延べ108,573頭と、ロックドラゴン24頭。このうち、生きて故郷へと戻れたハヌマーンの数は、ゴマちゃん直率の1,304頭の他には、「ロザリア」の追撃を免れ自力で帰還した6,192頭の、僅か7,496頭。
史上最大規模で行われたハヌマーンの大攻勢は、甚大な損害を被りながらも、初めてサーリア様の消息を掴むという、これまでで最大の成果を齎す事になった。
***
「…さ、ミカ。そろそろ皆の許へと戻ろう。急いでヴェルツブルグに帰還しないと、やらねばならぬ事が沢山ある」
「はい、わかりました」
オズワルド達が一足先に踵を返す中、コルネリウスが美香の肩を叩き、帰還を促した。ハヌマーン達が消えた森を最後まで眺めていた美香は、コルネリウスの言葉に頷くと、先を歩くレティシアを追って駆け出そうとする。だが、美香は足元の草に足を取られ、膝をついてしまった。
「あっ!」
「あ、おい、ミカ、大丈夫か!?」
コルネリウスが草の上で四つん這いになった美香の許へ慌てて駆け寄ると、片膝をつき、心配そうな面持ちで様子を窺う。美香が目の前で雑作もなく起き上がり、膝立ちのまま手を叩くのを認めたコルネリウスは、安堵の息をついて窘めた。
「駄目ではないか、ミカ。足元に気をつけねば」
「は、はい。申し訳ありません、コルネリウス様」
先に立ち上がったコルネリウスの苦言が頭上から降り注ぎ、美香は頭を下げながら、差し伸べられたコルネリウスの手を取って立ち上がる。そして膝についた草を払いのけると顔を上げ、目の前でしかめ面をするコルネリウスを見て、はにかむように笑った。
「コルネリウス様、なんか、まるで私のお父さんみたいですね」
「…」
「…コルネリウス様?」
目の前で俯いたまま動かなくなったコルネリウスを見て、美香が首を傾げる。やがて、美香の目の前でコルネリウスが下を向いたまま震え始め、彼は耳まで真っ赤にしながら、地面に向かって口を開いた。
「…ミ…ミカ…一生ものの頼みがある…」
「…え?」
「…この私を、…ち…『父』と、呼んでくれないか…?」
「…」
「…」
二人の間を、新緑の清々しい風が吹き抜ける。二人の空を、小鳥達が高らかな囀りを奏で、駆け抜けて行く。
少女は、目の前で俯いたまま震えている剛毅な男を暫く見つめた後、躊躇いがちに口を開いた。
「…え、えっと…お父さん…」
「…ぐぉぉぉぉぉぉ…!」
少女が口を開いた途端、男は横を向き、無骨な掌を顔に押し当てた。男は目を剥き、真っ赤になった顔には血管が浮き上がり、顔を押さえた右手はまるで自らの頭蓋を割るかの如く軋みを上げている。
「え、ちょっと、お父さん!?落ち着いて!?血管が切れちゃう!」
「…ぉぉぉぉぉ…!」
狼狽する少女の声が新たな刺激を齎し、男は新緑の広がる草原の真ん中で顔を真っ赤にしながら、自ら招いた愉悦に浸り続ける。
こうして当代随一の名将と言われるエーデルシュタイン王国最後の大将軍は、少女のあざとい甘言の前にあえなく屈し、篭絡された。
西へと伸びる街道を進む馬車の窓から美香が身を乗り出し、青空を指差して口を開く。
「空」
「〇□× △&%%」
屈強なハヌマーン達が担ぐ輿の上に身を横たえた聖者が、美香の指差す先を目で追いながら呟く。その言葉を耳にした美香は、ふんふんと頷きながら指を動かし、大きな白い雲を指差す。
「雲」
「〇□× \@△$」
「ほうほう」
後に続く聖者の言葉に分かったようなふりをしながら、美香は今度は聖者を指差して口を開く。
「ゴマちゃん」
「ゴマチャン」
「そうそう」
聖者の答えに美香が大きく頷き合格点を与えると、聖者は毛で覆われた顔に満面の笑みを浮かべる。馬車に同乗するレティシアとオズワルドが呆気に取られる中、二人は馬車と輿に揺られながら、思い思いに口ずさんだ。
「ゴマちゃぁん」
「ゴマチャァン」
やがて美香は再び車窓から身を乗り出し、両手をかざして指折り数えると、聖者も両手をかざして数え始め、二人は馬車と輿に揺られながら、各々の言葉で指を数えていた。
***
「うぎぎぎぎぎ…」
「@□\$$$$$$…」
美香が顔を真っ赤にしながら歯を食いしばり、渾身の力を腕に籠める。美香の向かいには聖者が座って歯を剥き出しにして唸り声を上げており、二人の間には木箱が置かれ、二人は木箱に肘をついて手を握り合ったまま震えている。
やがて、ゆっくりと美香の腕が聖者の腕に圧し掛かり、ついに木箱の上に聖者の手の甲が触れると、美香は諸手を上げ、飛び上がって喜んだ。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!ゴマちゃんに勝ったぁぁぁぁぁ!」
「ミカ、凄い凄い!」
「□×〇%&& ×*\〇$$$△$%%%%%…」
傍らで様子を見守っていたレティシアが立ち上がって美香と二人できゃいきゃいとハイタッチを繰り返し、向かいに座る聖者は俯き、悔しそうに顔を歪める。二人の対戦を見守っていたハヌマーンと人族、双方が喝采を上げる中、聖者の供回りを務めるひと際大きなハヌマーンが、美香の前に躍り出た。
「サーリア〇$! □×△$$ &*〇△\\\ +△#%%%〇$ △□!」
サーリア様!是非、某と一戦、願いたい!
「いや、ちょっと待って!私、死んじゃうから!」
目の前に差し出された筋骨隆々の剛腕と歯を剥き出しにした肉食獣の顔に、美香の顔が引き攣る。すると、美香を突き飛ばすように割って入ったゲルダが木箱の上に剛腕を乗せ、ハヌマーンに対し獰猛な笑みを浮かべた。
「アンタ、アタシが相手になってやるよ。かかって来な」
「〇□*$ %□□△$!」
ちょこざいな!
ハヌマーンはゲルダの顔を見て鼻で笑い、二人はがっぷりと腕を掴む。二人の隆々とした剛腕にみるみる血管が浮き上がり、木箱が軋みを上げる。そして、そのまま1分程膠着状態が続いた後。
「グオアァァァァァァァァァァッ!」
「□×%%$ 〇□**&$▽!?」
ゲルダの雄叫びとともに天頂を向いていた拳が一気に90度回転し、木箱が割れて対戦相手がもんどりを打つ。美香が慌てて対戦相手に駆け寄る中、ゲルダが立ち上がって勢い良く拳を上げた。
「っシャアァァァァァァァァァァッ!コルネリウス様!酒持って来てよ、酒!」
「ちょっと、ゲルダさん!やり過ぎだって!…汝に命ずる。彼の者に生の息吹を与え、安らぎと癒しを齎せ」
「□△×&&% サーリア〇$…」
かたじけない、サーリア様…。
対戦相手のハヌマーンが腕の痛みに顔を顰めつつ、サーリア様の温もりを腕に感じて、目尻を下げる。周囲の男どもがやんややんやと喝采を上げる姿を眺めながら、ユリウスが苦虫を噛み潰した。
「あの虎野郎、好き勝手言いやがって…後でお灸を据えておかないと…」
「ユリウス、馬鹿野郎」
「は?」
突然の叱責に、ユリウスが声の出所へと顔を向ける。ユリウスの視線の先では、コルネリウスが、まるで遊園地を目の前にした子供の様に、ギラついた笑みを浮かべている。
「あんなふざけた事、酒も無しにやってられるか。…おい、酒保が抱える酒を全部出せ」
「か、閣下?」
困惑の目を向けるユリウスの前で、コルネリウスは傍にあった荷車から酒瓶を掴むと、肩に担いで喧騒の輪の中へと歩いて行った。
こうして半月余り街道に沿って歩き続けた一行はラディナ湖西岸へと到達し、ついに中原とガリエルの地とを隔てる防御線へと辿り着いた。
***
高く澄んだ青空の中を小鳥達が高らかな囀りを奏でながら飛び回り、木々は新緑に満たされ、燦々と輝く太陽の光を浴びて、緑に輝いている。
青々とした草木に覆われ、石造りの塔が点在する草原の中で、美香は背後にハヌマーン達を従えた聖者と、別れの挨拶を交わしていた。
「それじゃぁ、ゴマちゃん。気をつけて帰ってね」
「サーリア〇$ □×$$〇 *@×△◇ \%%〇×$ &**□%&$〇 ÷〇□\\…」
気軽に手を振る美香に対し、聖者をはじめとするハヌマーン達は皆跪き、サーリア様との別れを惜しんでいる。多くのハヌマーン達が男泣きする中、聖者が涙を流しながら、身振り手振りで必死に何かを伝えようとした。
「□△÷&& ××$〇□ *▽ □\\%〇#$△ □$%+ サーリア〇$ &〇□$$&…」
「え?何、ゴマちゃん?」
美香は聖者の言葉に耳を傾けるが、なかなか言いたい事が分からない。美香は聖者の手の動きをじっと見つめていたが、聖者が手を前に突き出し、掌を上に向けて揃えたのを見て、思い至った。
「…あ、形見が欲しいのかな?…んー…」
聖者の意図を察した美香は唇に指を当てて上を向きながら考え、やがて両の手を打ち鳴らすと、傍らに佇むコルネリウスに尋ねる。
「コルネリウス様、小刀と、あと何か紐をいただけませんか?」
「ミカ」
「あ、ありがとう、レティシア」
美香の言葉を聞いたレティシアが小物入れから細い紐を取り出し、コルネリウスが小刀を差し出す。二人から受け取った美香は右手で小刀を持ち、左の首筋に添える。
そして、左耳の後ろから伸びる一房の髪を左手で摘まむと、小刀を薙いで切り払った。
「…はい、ゴマちゃん。これでいい?」
「□×○○$% サーリア〇$ &\\〇△! □〇%&& $× △*〇@$▽% サーリア〇$ *×□〇$& □#…!」
美香は、左手に残った一房の艶やかな黒髪を手際良く紐で括ると、勢い良く頷きを繰り返す聖者の両掌に載せる。聖者は喜色を露わにして掌に載せられた美香の髪を恭しく押し戴くと、慎重に供回りの者に預け、再び両手を目まぐるしく動かしながら、まくし立て始めた。コルネリウス達が注目する中、美香は顎に指を当てて聖者の手の動きを眺めていたが、聖者の指が円を描いた後に地面を指差したのを見ると、口を開く。
「…うーん…此処より、ハーデンブルグの方が良いんじゃないかな…?」
「え、ちょ」
美香の発言を聞いたレティシアが口を挟もうとするのを余所に、美香は北東方向を指差し、次いで3本の指で横棒を引いた後に下を指す。それを見た聖者が頷いたのを見て、美香も満足そうに頷き返した。
「□〇▽&& サーリア〇$ ▽%$* @△$%&〇〇 □×$」
「うん、じゃ、また来年ね」
「「「え?」」」
コルネリウス達が目を白黒させる中、美香が右手を差し出すと、聖者は跪いて恭しく押し戴き、顔を寄せ手の甲に歯を立てる。そして、再び立ち上がった聖者は輿の上に身を横たえ、屈強な供回りがそれを担ぎ上げた。
「じゃぁ、ゴマちゃん、気を付けて。またね」
「□$$×△ **〇□&▽$ サーリア〇$ $□\÷△ *%」
手を振る美香の前で供回りの者達が背中を向け、聖者の乗る輿が段々と遠ざかって行く。聖者は輿の上に身を横たえたまま、美香に向かっていつまでも手を振り続けていた。
「…ミカ。あのハヌマーンは、何と?」
ハヌマーン達が森の中へと消え、美香が手を下ろしたのを見計らって、コルネリウスが尋ねる。美香はコルネリウスの顔を見て、口を開く。
「来年の今日、またハーデンブルグで会いましょう、って」
「君は、ハヌマーンの言葉が分かるのか?」
目を剥くような勢いで問い質すコルネリウスに、美香は唇に人差し指を立て、片目を瞑りながら無邪気に微笑んだ。
「脳筋の勘です」
***
「×□%$$@ □〇△%%& サーリア〇$ \〇△%%& $〇* ガリエル〇$ %&&÷△…?」
聖者様、サーリア様をガリエル様の許にお連れしなくて、本当に良かったのですか?
故郷へと通ずる道を辿り、森の中を進む一行の中で、一頭のハヌマーンが聖者に尋ねる。聖者は輿の上からそのハヌマーンの顔を一瞥すると、簡単に言い放った。
「□×$% *□$○○\」
「%$?」
馬鹿者。
は?
聖者は身を起こし、質問者に説明する。
「□×@** サーリア〇$ 〇△##%*□ +△ \&&〇□* □%%&$ □$ *▽$&&…」
「%%〇 #$」
サーリア様は、人族として生まれ変わられた。であれば、此度のサーリア様には、人族としての幸せを満喫していただこう。ガリエル様には誠に申し訳ないが、記憶のないサーリア様をお連れしても、お互い不幸になる。そう申し上げ、今しばらく御辛抱いただこう。
はっ。
頭を下げるハヌマーンに聖者は頷き、輿から身を乗り出して付け加える。
「*×△▽$%% %&〇□ ÷@△$$ □□$×□&%% @◇ &\\ ×□%$$@ ▽×〇$」
「「「%$?」」」
それとな、お前達。これからは私の事を、聖者とは呼ぶな。
は?
突然の言葉に、話を振られたハヌマーンはおろか、輿を担ぐ屈強な男達まで足が止まり、一行は森の中で急停止する。周囲の者から注目を浴びた聖者は、輿の上で得意気に笑う。
「□〇△%%& ▽× ゴマチャン @$%%□\!」
これからは、ゴマチャンと呼べ!
静まり返った森は、直後、大勢のハヌマーン達の歓声に包まれた。男達は皆拳を掲げ、サーリア様から授かった聖者の新たな名を繰り返し唱和する。
「「「ゴマチャン〇$ □\\△%! サーリア〇$ □\\△%!」」」
ゴマチャン様、万歳!サーリア様、万歳!
輿を担ぐ男達も飛び跳ね、聖者は輿の上で宙を舞いながら歓呼の声に耳を傾け、鼻を高くする。
こうして、中原暦6625年ガリエルの第4月から翌6626年ロザリアの第1月にかけて行われた、ゴマちゃん一世一代の南征の役が、終わりを告げる。
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***
「…さ、ミカ。そろそろ皆の許へと戻ろう。急いでヴェルツブルグに帰還しないと、やらねばならぬ事が沢山ある」
「はい、わかりました」
オズワルド達が一足先に踵を返す中、コルネリウスが美香の肩を叩き、帰還を促した。ハヌマーン達が消えた森を最後まで眺めていた美香は、コルネリウスの言葉に頷くと、先を歩くレティシアを追って駆け出そうとする。だが、美香は足元の草に足を取られ、膝をついてしまった。
「あっ!」
「あ、おい、ミカ、大丈夫か!?」
コルネリウスが草の上で四つん這いになった美香の許へ慌てて駆け寄ると、片膝をつき、心配そうな面持ちで様子を窺う。美香が目の前で雑作もなく起き上がり、膝立ちのまま手を叩くのを認めたコルネリウスは、安堵の息をついて窘めた。
「駄目ではないか、ミカ。足元に気をつけねば」
「は、はい。申し訳ありません、コルネリウス様」
先に立ち上がったコルネリウスの苦言が頭上から降り注ぎ、美香は頭を下げながら、差し伸べられたコルネリウスの手を取って立ち上がる。そして膝についた草を払いのけると顔を上げ、目の前でしかめ面をするコルネリウスを見て、はにかむように笑った。
「コルネリウス様、なんか、まるで私のお父さんみたいですね」
「…」
「…コルネリウス様?」
目の前で俯いたまま動かなくなったコルネリウスを見て、美香が首を傾げる。やがて、美香の目の前でコルネリウスが下を向いたまま震え始め、彼は耳まで真っ赤にしながら、地面に向かって口を開いた。
「…ミ…ミカ…一生ものの頼みがある…」
「…え?」
「…この私を、…ち…『父』と、呼んでくれないか…?」
「…」
「…」
二人の間を、新緑の清々しい風が吹き抜ける。二人の空を、小鳥達が高らかな囀りを奏で、駆け抜けて行く。
少女は、目の前で俯いたまま震えている剛毅な男を暫く見つめた後、躊躇いがちに口を開いた。
「…え、えっと…お父さん…」
「…ぐぉぉぉぉぉぉ…!」
少女が口を開いた途端、男は横を向き、無骨な掌を顔に押し当てた。男は目を剥き、真っ赤になった顔には血管が浮き上がり、顔を押さえた右手はまるで自らの頭蓋を割るかの如く軋みを上げている。
「え、ちょっと、お父さん!?落ち着いて!?血管が切れちゃう!」
「…ぉぉぉぉぉ…!」
狼狽する少女の声が新たな刺激を齎し、男は新緑の広がる草原の真ん中で顔を真っ赤にしながら、自ら招いた愉悦に浸り続ける。
こうして当代随一の名将と言われるエーデルシュタイン王国最後の大将軍は、少女のあざとい甘言の前にあえなく屈し、篭絡された。
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お嬢様という言葉が彼女以上に似合う人間を僕はこれまて見たことがないような女性。
そのうえ、服の上からでもわかる圧倒的な巨乳。
そんな憧れの家庭教師・・・遠野栞といちゃいちゃラブラブにセックスをするだけの話。
ヒロインは丁寧語・敬語、年上家庭教師、お嬢様、ドMなどの属性・要素があります。
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