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第12章 終焉
216:南部の抵抗(2)
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――― そして、コルネリウス・フォン・レンバッハとヴィルヘルム・フォン・アンスバッハは、その光景を目にする。
アンスバッハ家の正門前に立ちはだかり、岩塊を撒き上げるロックドラゴン。そのロックドラゴンの頭部の左右を、突如、轟音とともに漆黒の太い帯が横切った。黒帯は瞬く間に正門の右から左へと駆け抜け、コルネリウス達の視界から消え去ったが、ロックドラゴンの頭部はその黒帯に引き摺られる様にひしゃげ、崩壊し、血を撒き散らしながら千切れ飛び、黒帯の後を追うように正門の左へと消えていく。ロックドラゴンの岩塊は、慣性に流されるように左手前へと雪崩を打ち、正門の左の柱とハヌマーン達をなぎ倒し、地響きを立てながら左へと転がった。
そして、半壊した正門の右側から、無数の黒い礫が左へと駆け抜け、瞬く間にコルネリウス達の視界から消え去ると、何頭ものハヌマーン達が血肉を撒きながら左へと吹き飛び、礫の後を追ってこれまたコルネリウス達の視界から消え去っていく。
こうして再び静寂が訪れ、正門の前で大量の血を流しながら動きを止めた頭のないロックドラゴンの姿を、コルネリウス達と、異変に気付いて背後を振り返ったハヌマーン達が、呆然と眺め、硬直していた。
「お…おおおおっ!」
我に返ったコルネリウスが後ろを向いたままのハヌマーン達へと突撃し、その首を斬り飛ばす。その姿を見た麾下の兵士達も慌ててコルネリウスの後を追い、機先を制されたハヌマーン達は次々に斬り伏せられる。やがて、敷地内に立つハヌマーンがいなくなり、コルネリウス達が息を整えていると、正門の右から、また一頭のハヌマーンが血飛沫を上げながら正門の左へと吹き飛び、その後を追うように一人の大柄な男が血濡れの短槍を片手に、敷地内へと飛び込んで来た。
「ヴィルヘルム様!ご無事で!」
この世界では珍しい黒髪と黒目を持つ男は、ヴィルヘルムの姿を認めると緊張の度合いを緩め、ヴィルヘルムの許へと駆け寄る。その男の姿を見たヴィルヘルムは、執事に肩を預けたまま、目を瞠った。
「…オズワルド殿!?一体、何故、こんな所に!?」
「話は後です、ヴィルヘルム様!今は急ぎ退避を!」
大柄な男がヴィルヘルムを宥めていると、男の後を追うように三人の女性が正門から駆け込んで来た。そのうちの一人は大柄な虎獣人であり、追走する金髪の少女は貴族令嬢と思しき気品を兼ね備えている。そしてコルネリウスは、虎獣人に横抱きに抱えられた黒髪の少女の姿を認めた途端、驚きの声を上げた。
「ミカ殿!?いつ、ヴェルツブルグに!?」
コルネリウスに名を呼ばれた少女は、虎獣人に抱えられたまま、気怠そうな顔に力のない笑みを浮かべた。
「コルネリウス様、ヴィルヘルム様、ごめんなさい、こんな格好で…今ちょっと、手足が動かなくって…」
「おお…ミカ殿…御使い様…」
美香の姿を認めたヴィルヘルムは、肩を支えていた執事を振り払うとよろよろと美香の許へと駆け寄り、涙混じりの声を上げる。
「ミカ殿…この老骨なぞのためにわざわざ力をお使いになられて…おいたわしや…」
「そんな事を仰らないで下さい、ヴィルヘルム様。間に合って良かったです」
美香が穏やかな笑みを浮かべながら、ヴィルヘルムに手を伸ばす。その、小刻みに震え力の入らない右手をヴィルヘルムは恭しく押し戴くと、涙を流しながら手の甲に口づけをした。
ヴィルヘルムが日頃の穏やかで泰然とした態度をかなぐり捨て、狼狽と感涙を臆面もなく曝け出す姿を、コルネリウスは呆然と眺めていたが、そのコルネリウスの許に金髪の少女が駆け寄り、泥と埃に塗れた姿で恭しく一礼する。
「ご無沙汰しております、コルネリウス様。フリッツ・オイゲン・フォン・ディークマイアーの娘、レティシアでございます。一昨年の北伐以来、ご挨拶にお伺いもせず、誠に申し訳ございません」
「…おお、レティシア殿か!ご無沙汰しておる!フリッツ殿はご壮健か?」
「お蔭をもちまして」
「そうか、それは良かった」
コルネリウスは深々と頭を下げるレティシアの姿に束の間の安らぎを覚えるが、すぐに表情を引き締める。
「レティシア殿、積もる話もあろうが、全て後にしよう。貴方の知っている事を、全て教えてくれるか?」
「残念ながら、私共が申し上げられる事はほとんどございません。明確に言える事は、少なくとも数万のハヌマーンと十頭以上と推測されるロックドラゴンの前に王城は陥落、北部は制圧された、という事だけでございます」
「陛下…」
レティシアの報告を聞いたコルネリウスは爪が食い込むほど強く握りしめた拳を震わせ、大きく顔を歪めた唇の端から血が滲む。レティシアは、大聖堂の中で起きた事をコルネリウスに伝えなかった。ロザリアが齎した真実は、この破局の前では何の意味もなさない。レティシアはコルネリウスの内心の葛藤を敢えて無視し、進言する。
「コルネリウス様、僭越ながら申し上げます。コルネリウス様の武名をもって南部に居る兵を糾合し、逆撃の態勢を整えて下さい。北部は奪われましたが、南部を救う手立ては、まだ残されております」
「何だと!?本当か、レティシア殿!?」
「ええ」
驚愕の表情を浮かべるコルネリウスにレティシアは頷き、ゲルダに抱えられた美香に顔を向ける。
「…彼女が、きっとハヌマーンらを追い払ってくれます」
「ミカ殿が…本当か?」
「はい」
コルネリウスは、レティシアの視線を追って美香へと目を向ける。二人の視線の先では、まるで互いの老若が逆転した様相が繰り広げられ、ヴィルヘルムが動揺を露わにして美香の体調を気遣い、美香が苦笑交じりの笑みを浮かべ、宥めていた。コルネリウスは視線をレティシアに戻すが、レティシアは答えず、ただ慈しみの表情を浮かべ、美香を見つめている。
「…わかった、レティシア殿。貴方の進言に従おう」
「ありがとうございます、コルネリウス様」
コルネリウスの言葉を聞き、レティシアが頭を下げる。ゲルダが美香を横抱きに抱えたまま、二人の許へと歩み寄って来た。
「コルネリウス様、道中のハヌマーンを頼めるかい?ロックドラゴンは、ミカが片付けるから。…ミカ、後、何発いける?」
ゲルダが腕を揺すると、半目になっていた美香の目がゆっくりと開く。
「1…単発なら2発、いけるかな…ふわぁ…」
「眠いのか?ミカ」
「うん…瞼が凄く重くって…」
腕の中で大きな欠伸をする美香に、ゲルダが珍しく柔らかい笑みを浮かべる。
「いいよ、寝てて。ロックドラゴンが来たら、起こすから」
「…うん…ごめんね、ゲルダさん…」
ゲルダの気遣いに、美香は目を閉じながら礼を述べ、すぐに小さな寝息を立て始める。ゲルダは、ヴィルヘルムともに近づいて来たオズワルドに、静かに美香を預けた。
「オズワルド、ミカを頼む。アタシはヴィルヘルム様を連れて行くからさ」
「わかった」
「かたじけない、ゲルダ殿」
「気にしないでいいよ、ヴィルヘルム様」
頭を下げるヴィルヘルムにゲルダが闊達に笑い、ヴィルヘルムを軽々と抱え上げる。コルネリウスは、オズワルドの腕の中で寝息を立てる美香に歩み寄り、起こさないよう小さな声を掛けた。
「…ミカ殿、ありがとう。貴方は今や、我々の最後の希望の光だ」
そして、コルネリウスは顔を上げると一同を見渡し、重々しく宣言する。
「我々はこれより南部へと向かい、首都に駐留する兵団との合流を目指す。何としてでも南部で態勢を整え、首都を奪還するぞ!」
「「「はい!」」」
コルネリウスの言葉に一行は威勢良く頷き、コルネリウスの手勢を中核とする100名程の集団が通りへと飛び出し、南部へと駆け出して行く。
彼らが背を向けた北の彼方で、王城を形作る尖塔がまた一つ、劫火の中に崩れ去っていった。
アンスバッハ家の正門前に立ちはだかり、岩塊を撒き上げるロックドラゴン。そのロックドラゴンの頭部の左右を、突如、轟音とともに漆黒の太い帯が横切った。黒帯は瞬く間に正門の右から左へと駆け抜け、コルネリウス達の視界から消え去ったが、ロックドラゴンの頭部はその黒帯に引き摺られる様にひしゃげ、崩壊し、血を撒き散らしながら千切れ飛び、黒帯の後を追うように正門の左へと消えていく。ロックドラゴンの岩塊は、慣性に流されるように左手前へと雪崩を打ち、正門の左の柱とハヌマーン達をなぎ倒し、地響きを立てながら左へと転がった。
そして、半壊した正門の右側から、無数の黒い礫が左へと駆け抜け、瞬く間にコルネリウス達の視界から消え去ると、何頭ものハヌマーン達が血肉を撒きながら左へと吹き飛び、礫の後を追ってこれまたコルネリウス達の視界から消え去っていく。
こうして再び静寂が訪れ、正門の前で大量の血を流しながら動きを止めた頭のないロックドラゴンの姿を、コルネリウス達と、異変に気付いて背後を振り返ったハヌマーン達が、呆然と眺め、硬直していた。
「お…おおおおっ!」
我に返ったコルネリウスが後ろを向いたままのハヌマーン達へと突撃し、その首を斬り飛ばす。その姿を見た麾下の兵士達も慌ててコルネリウスの後を追い、機先を制されたハヌマーン達は次々に斬り伏せられる。やがて、敷地内に立つハヌマーンがいなくなり、コルネリウス達が息を整えていると、正門の右から、また一頭のハヌマーンが血飛沫を上げながら正門の左へと吹き飛び、その後を追うように一人の大柄な男が血濡れの短槍を片手に、敷地内へと飛び込んで来た。
「ヴィルヘルム様!ご無事で!」
この世界では珍しい黒髪と黒目を持つ男は、ヴィルヘルムの姿を認めると緊張の度合いを緩め、ヴィルヘルムの許へと駆け寄る。その男の姿を見たヴィルヘルムは、執事に肩を預けたまま、目を瞠った。
「…オズワルド殿!?一体、何故、こんな所に!?」
「話は後です、ヴィルヘルム様!今は急ぎ退避を!」
大柄な男がヴィルヘルムを宥めていると、男の後を追うように三人の女性が正門から駆け込んで来た。そのうちの一人は大柄な虎獣人であり、追走する金髪の少女は貴族令嬢と思しき気品を兼ね備えている。そしてコルネリウスは、虎獣人に横抱きに抱えられた黒髪の少女の姿を認めた途端、驚きの声を上げた。
「ミカ殿!?いつ、ヴェルツブルグに!?」
コルネリウスに名を呼ばれた少女は、虎獣人に抱えられたまま、気怠そうな顔に力のない笑みを浮かべた。
「コルネリウス様、ヴィルヘルム様、ごめんなさい、こんな格好で…今ちょっと、手足が動かなくって…」
「おお…ミカ殿…御使い様…」
美香の姿を認めたヴィルヘルムは、肩を支えていた執事を振り払うとよろよろと美香の許へと駆け寄り、涙混じりの声を上げる。
「ミカ殿…この老骨なぞのためにわざわざ力をお使いになられて…おいたわしや…」
「そんな事を仰らないで下さい、ヴィルヘルム様。間に合って良かったです」
美香が穏やかな笑みを浮かべながら、ヴィルヘルムに手を伸ばす。その、小刻みに震え力の入らない右手をヴィルヘルムは恭しく押し戴くと、涙を流しながら手の甲に口づけをした。
ヴィルヘルムが日頃の穏やかで泰然とした態度をかなぐり捨て、狼狽と感涙を臆面もなく曝け出す姿を、コルネリウスは呆然と眺めていたが、そのコルネリウスの許に金髪の少女が駆け寄り、泥と埃に塗れた姿で恭しく一礼する。
「ご無沙汰しております、コルネリウス様。フリッツ・オイゲン・フォン・ディークマイアーの娘、レティシアでございます。一昨年の北伐以来、ご挨拶にお伺いもせず、誠に申し訳ございません」
「…おお、レティシア殿か!ご無沙汰しておる!フリッツ殿はご壮健か?」
「お蔭をもちまして」
「そうか、それは良かった」
コルネリウスは深々と頭を下げるレティシアの姿に束の間の安らぎを覚えるが、すぐに表情を引き締める。
「レティシア殿、積もる話もあろうが、全て後にしよう。貴方の知っている事を、全て教えてくれるか?」
「残念ながら、私共が申し上げられる事はほとんどございません。明確に言える事は、少なくとも数万のハヌマーンと十頭以上と推測されるロックドラゴンの前に王城は陥落、北部は制圧された、という事だけでございます」
「陛下…」
レティシアの報告を聞いたコルネリウスは爪が食い込むほど強く握りしめた拳を震わせ、大きく顔を歪めた唇の端から血が滲む。レティシアは、大聖堂の中で起きた事をコルネリウスに伝えなかった。ロザリアが齎した真実は、この破局の前では何の意味もなさない。レティシアはコルネリウスの内心の葛藤を敢えて無視し、進言する。
「コルネリウス様、僭越ながら申し上げます。コルネリウス様の武名をもって南部に居る兵を糾合し、逆撃の態勢を整えて下さい。北部は奪われましたが、南部を救う手立ては、まだ残されております」
「何だと!?本当か、レティシア殿!?」
「ええ」
驚愕の表情を浮かべるコルネリウスにレティシアは頷き、ゲルダに抱えられた美香に顔を向ける。
「…彼女が、きっとハヌマーンらを追い払ってくれます」
「ミカ殿が…本当か?」
「はい」
コルネリウスは、レティシアの視線を追って美香へと目を向ける。二人の視線の先では、まるで互いの老若が逆転した様相が繰り広げられ、ヴィルヘルムが動揺を露わにして美香の体調を気遣い、美香が苦笑交じりの笑みを浮かべ、宥めていた。コルネリウスは視線をレティシアに戻すが、レティシアは答えず、ただ慈しみの表情を浮かべ、美香を見つめている。
「…わかった、レティシア殿。貴方の進言に従おう」
「ありがとうございます、コルネリウス様」
コルネリウスの言葉を聞き、レティシアが頭を下げる。ゲルダが美香を横抱きに抱えたまま、二人の許へと歩み寄って来た。
「コルネリウス様、道中のハヌマーンを頼めるかい?ロックドラゴンは、ミカが片付けるから。…ミカ、後、何発いける?」
ゲルダが腕を揺すると、半目になっていた美香の目がゆっくりと開く。
「1…単発なら2発、いけるかな…ふわぁ…」
「眠いのか?ミカ」
「うん…瞼が凄く重くって…」
腕の中で大きな欠伸をする美香に、ゲルダが珍しく柔らかい笑みを浮かべる。
「いいよ、寝てて。ロックドラゴンが来たら、起こすから」
「…うん…ごめんね、ゲルダさん…」
ゲルダの気遣いに、美香は目を閉じながら礼を述べ、すぐに小さな寝息を立て始める。ゲルダは、ヴィルヘルムともに近づいて来たオズワルドに、静かに美香を預けた。
「オズワルド、ミカを頼む。アタシはヴィルヘルム様を連れて行くからさ」
「わかった」
「かたじけない、ゲルダ殿」
「気にしないでいいよ、ヴィルヘルム様」
頭を下げるヴィルヘルムにゲルダが闊達に笑い、ヴィルヘルムを軽々と抱え上げる。コルネリウスは、オズワルドの腕の中で寝息を立てる美香に歩み寄り、起こさないよう小さな声を掛けた。
「…ミカ殿、ありがとう。貴方は今や、我々の最後の希望の光だ」
そして、コルネリウスは顔を上げると一同を見渡し、重々しく宣言する。
「我々はこれより南部へと向かい、首都に駐留する兵団との合流を目指す。何としてでも南部で態勢を整え、首都を奪還するぞ!」
「「「はい!」」」
コルネリウスの言葉に一行は威勢良く頷き、コルネリウスの手勢を中核とする100名程の集団が通りへと飛び出し、南部へと駆け出して行く。
彼らが背を向けた北の彼方で、王城を形作る尖塔がまた一つ、劫火の中に崩れ去っていった。
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