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第12章 終焉

203:突入

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中原暦6626年ロザリアの第1月 戦況


 ハーデンブルグから東へ伸び、ラディナ湖の東を抜けてヴェルツブルグへと通ずるきた街道。その始点とも言えるヴェルツブルグの北東門を斜め見る形で、1頭のロックドラゴンが居座っていた。彼の耳には門の向こう側から聞こえてくる断末魔や地響きさえも入らず、ただ目の前で開け放たれた北東門をじっと眺めている。北東門の前には幾つかの死体が転がっているが、彼の前に立ち塞がる者は一切いない。ただ、北東門は彼の巨体から見てあまりにも小さく、せいぜい彼の頭ぐらいしか入りそうになかった。

 熟慮しているのか、それとも呆けているだけなのか、傍目では判別がつかない格好で彼は微動だにしていなかったが、やがて彼は大きな口を開き、地面から撒き上がった石礫が次第に岩塊へと成長していく。

 岩塊が成長しきるまでのんびりと構えていた彼だったが、これまでと反対側の方向から聞こえて来た地響きに興味を引かれ、口を大きく開けたまま、左を向く。彼の左目に映った光景は、土煙を撒き上げて近づいて来る彼に似た図体を持つ四角い塊と、白煙を引きながら彼へと飛翔する細長い物体だった。

 細長い物体は物凄い速度で彼の視界を横切り、彼の胴体へと吸い込まれる。そして、彼の胴体はみるみる膨れ上がり、彼の視界は、内側から広がる熱と痛みが脳みそに到達する前に大きく揺らぎ、反転し、暗転した。



 ***

 セレーネの操縦するボクサーは、爆散して血肉や石礫を撒き散らすロックドラゴンの脇をすり抜け、北東門へと突入する。ボクサーは、ロックドラゴンの血肉を浴び、死体を踏み潰してみるみる赤黒く染まりながらも、その動きは止まることなく、ヴェルツブルグの石造りの建物が建ち並ぶ街中へと躍り出た。絶えず振動する車内で、レティシアが声を上げる。

「セレーネさん!この道を南に突き進んで、突き当たりを左です!そこに、ロザリア教の大聖堂があります!」
「わかりました、レティシアさん!」

 車内で柊也がパンツァーファウスト3を取り出し、そのパンツァーを受け取ったシモンが上部ハッチからもう一度顔を出す。二人のやり取りが終わったのを認め、美香が柊也に問い掛けた。

「先輩、今このタイミングで突入して、本当に大丈夫なんですか?いくら日本の武装が使えると言っても、万単位のハヌマーンが相手ですよ?」
「ああ、むしろこのタイミングで突入しなければ、マズい。ハヌマーンより先にロザリアに接触できれば、何とかなる。原始的なハヌマーンがロザリアを破壊できるとは思わないが、建物を潰されて接触できなくなる事が、最悪なんだ」

 七人を乗せたボクサーは、ヴェルツブルグの東部を南北に貫く大通りを爆走する。途中、何頭ものハヌマーンが大通りに飛び出してくるが、セレーネは意に介さず、ボクサーは次々とハヌマーンを撥ね、轢き潰して行く。

 やがて、目の前にロックドラゴンの岩山の様な背中が姿を現わした。ロックドラゴンはボクサーの存在に気づかず、ボクサーに背を向けたまま、大通りを南に進んでいる。セレーネは操縦桿を左に切り、大通りのど真ん中を塞ぐロックドラゴンと建物の隙間にボクサーを捻じ込んだ。建物に沿って建ち並ぶ木造の屋台がボクサーによって粉々に砕かれ、悲鳴を上げる。

「〇×□\\ □×$$# △〇+$!?」
「×□△△ %%〇$ □◇##□!」

 ロックドラゴンの横合いから追い越してきたボクサーに、囮のハヌマーン達が誰何の声を上げるが、ボクサーは構わずハヌマーン達を次々に撥ねる。追い抜きざま、後ろを向いたシモンがパンツァーファウスト3を構えてトリガーを引くと、パンツァーは白煙を引いてロックドラゴンの頭部に命中し、ロックドラゴンは赤い花火を盛大に咲かせながら動きを止めた。

「セレーネさん、此処を左です!」
「はい!」

 ボクサーが突き当たりを左に曲がると、そこは通りとは思えないほど幅の広い空間が広がり、その空間の終着点に巨大な建物が横たわっていた。ゴシック建築を思わせる重厚な建物だが、全体として建築様式に似合わない楕円形を模した多角形を描いている。中央にはいくつもの尖塔が束ねられるような太い塔が天空へと伸びており、それを見た柊也が思わず呟いた。

「…こりゃ、ロザリアのドームを、丸ごと覆っているな」

 大聖堂の前には数十頭のハヌマーン達がたむろしており、背後から突入してくるボクサーに気づき、雄叫びを上げる。

「×〇□**△ ×〇$$\ 〇□%%$!?」
「△×□ 〇〇□ &&〇□!」
「%%〇 #$!」
「%%〇 #$!」

 ボクサーの上部に備え付けられた自動操縦の12.7mm重機関銃が咆哮し、ハヌマーンの雄叫びが悲鳴へと変わる。重機関銃の隣から身を乗り出したシモンがM4カービンを撃ち放ち、ボクサーは瞬く間にハヌマーンを駆逐し、大聖堂の前を制圧した。車体上部で重機関銃とシモンが周囲の掃討を続ける中、後部ハッチが開き、短槍を構えたオズワルドが外へと飛び出す。

「ゲルダさん」
「何だい?シュウヤ」

 オズワルドに続いて外へと飛び出したゲルダが、柊也に呼び止められる。後ろを向くと、柊也が見えない右腕で持っているのであろう、ゲルダの見た事のない形状のハルバードが宙に浮いていた。

「向こうの武器だから使い勝手は悪いだろうけど、ないよりマシだ。使ってくれ」
「いや、助かるよ、シュウヤ。有難く使わせてもらうよ」

 ゲルダが人懐っこい笑みを浮かべて、ハルバードを受け取る。ハーデンブルグで美香を見送りに来て、そのままヴェルツブルグまで来てしまったため、護身用の短槍を持っていたオズワルドと異なり、ゲルダは無手だった。柊也はオズワルドにもバックラーを手渡し、シルフにメインシステムへの誘導を命令すると、一行を見渡して指令する。

「前衛はシモンとオズワルドさん!殿しんがりはセレーネとゲルダさん!古城とレティシア様は俺の隣だ!『シルフ』の誘導に従い、ロザリアの許に向かうぞ!」
「「「了解!」」」
「「「はい!」」」

 七人はボクサーを乗り捨て、柊也を中心に幅の狭い六角形を形成し、大聖堂へと通ずる石段を駆け上がり、突入して行った。



 大聖堂の中は、血の臭いが充満していた。壮麗な建物の至る所に人族の遺体が転がり、血だまりができている。動いている人族は一人もおらず、一行はシルフが放つ黄色い光を頼りに、遺体や血だまりを避けながら前へと進む。

「…うぅ…」

 レティシアの顔が蒼白になり、走りながら口元を抑える。彼女は一行の中で、この様な凄惨な光景に最も耐性がなかった。その様子に気づいた柊也が位置を入れ替わり、レティシアを六角形の中心に据える。レティシアと並走する美香が気遣った。

「大丈夫、レティシア?もう少し、我慢して」

 美香の気遣いに、レティシアが口元を抑えながらコクコクと頷く。レティシアの前方ではシモンがM4カービンを構え、乱射と言って差し支えないほど、間断ない弾幕を張る。物音を聞いて前方から押し寄せるハヌマーン達は、柊也とシモンの一斉掃射を浴び、次々と斃れていく。

「〇×□○○ $$%△\ □&&!」
「フゥッ!」

 横合いから飛び出してくるハヌマーンをオズワルドがバックラーでいなし、短槍を突き込む。オズワルドと並走するシモンもカービンをばら撒きつつ、足技を駆使してハヌマーンを蹴り倒し、喉元を踏み砕いた。

「□〇××$ %%〇& □#△▽**〇 \〇!」
「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」
「×□@@& \@□% ▽$$〇×!」
「通すわけがないだろっ!」

 後方から追い縋るハヌマーンに対し、セレーネがセミオートで次々にヘッドショットを決め、脇道から押し寄せるハヌマーンに美香がファイアボールを見舞う。火達磨になってのた打ち回る仲間の影から躍り出たハヌマーンを、ゲルダが両断する。

 柊也達の前に、ハヌマーンが次々と現れ、雄叫びを上げて押し寄せて来るが、絶える事のない弾幕と鉄壁とも言える武闘の前に為す術もなくひれ伏していく。

 シルフに先導された七人は、激しい戦闘を繰り広げながらも速度を緩めることなく、やがてゴシック調の石造りの柱から金属質な壁へと変化した通路を、駆け抜けて行った。



「此処だ!中に居るハヌマーン達を掃討しろ!」

 柊也の指令の下、中へと突入した一行の前に、広い空間が姿を現わした。柊也とシモンは中に踊り込むと、M4カービンを構え、中に居るハヌマーンに向けて掃射する。

「〇×□$$ \\〇□ $%〇@ **+〇!」
「&&&&&&&&&&&〇\&&&&…%&&&…!」

 広場に居た数頭のハヌマーン達は、壁に向かって原始的な武器を繰り返し振り下ろしていたが、背後から押し寄せた銃弾を背中に受け、悲鳴を上げて斃れる。柊也は休む間もなく後ろを振り返り、美香と二人で魔法を詠唱した。

「汝に命ずる。汝は螺旋を描く、炎の舞踊者なり。その四肢をもって彼の者の手を取り、抱き、共に舞え。さすれば彼の者は汝の熱き抱擁に心惑い、身を焦がすであろう」
「汝に命ずる。汝は螺旋を描く、炎の舞踊者なり。その四肢をもって彼の者の手を取り、抱き、共に舞え。さすれば彼の者は汝の熱き抱擁に心惑い、身を焦がすであろう」
「汝に命ずる。氷を纏いて大いなる巌を成し、彼の者の前にそびえ立て」
「□□△\〇 %%&〇□ @□×△▽ &&&!」

 二人の詠唱によって部屋へと通ずる通路に二つのファイアストームが連なり、その手前にアイスウォールが立ち塞がる。アイスウォールの向こうで、炎に撒かれたハヌマーンの悲鳴が上がる。

「古城、セレーネ。入口付近に扉のスイッチがないか、確認してくれ」
「「はい」」

 柊也とシモンが入口に向けてカービンを構える中、美香とセレーネが入口付近の壁に近づく。やがて、美香が扉の開閉スイッチを探り当て、入口は金属質の扉によって塞がれた。

「…ふぅ…」
「レティシア、大丈夫?」
「はぁ…はぁ…はぁ…」

 扉が閉まり危険が去った事を認めた柊也がカービンを下ろし、一行は思い思いの体勢で息を整える。柊也は床にへたり込み、美香にもたれ掛かりながら肩で息をしているレティシアの許へと歩み寄り、レモン果汁の入った炭酸水を取り出した。

「レティシア様、これでも飲んで下さい」
「あ、ありがとうございます、シュウヤ殿…」
「ありがとうございます、先輩」

 未だ顔色の良くないレティシアが力なく頷き、炭酸水に口をつける。柊也は美香や他のメンバーにも飲み物を渡すと、スポーツドリンクのペットボトルを取り出し、飲み始めた。

「「「…」」」

 柊也、シモン、セレーネの三人が寛ぎ、レティシアが一息つく中、美香、オズワルド、ゲルダの三人は飲み物を手にしたまま、きょろきょろと周囲を見渡す。広場は、全周に渡って金属質で円筒形の壁に覆われ、天井が見当たらない。上を見上げると数十mに渡って広い空間が広がり、ステンドグラスに彩られた窓を持つ、ゴシック調の屋根に覆われていた。美香は見上げていた視線を下ろし、柊也に尋ねる。

「…先輩…此処が…?」
「ああ」

 柊也の言葉に引き寄せられる様に、レティシア、オズワルド、ゲルダの視線が柊也へと向かう。四人の視線を一身に浴びた柊也は、無感動に答えた。



「――― 此処が、ロザリアのメインシステムだ」
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