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第11章 劫火
197:北の守護神
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「とりあえず、こちらはそんな感じだ。古城、お前の方はどうだったんだ?」
空白の2年半を一通り語り終えた柊也が、美香側の状況を尋ねる。柊也の質問に美香が口を開く前に、オズワルドが話し始めた。
「…正直に言って、君に対する恨み言しか出てこない。実は君が取った行動の皺寄せが、全てミカに来たようなものなのだ」
「ん?どういう事だ?」
オズワルドの渋い表情を見て柊也が目を瞬かせ、オズワルドが説明を続ける。
「君が西誅軍を敗退させた事で、エーデルシュタイン王家の後継者争いが勃発したんだ。リヒャルト殿下が抑留されている間にクリストフ殿下が国内を押さえ、新たに王太子となった。それに対し、リヒャルト殿下は残存の西誅軍を率いてエーデルシュタインに攻め入って内乱となり、エーデルシュタインは大きく国力を損なった。国内は後継者争いにばかり目が行き、ハーデンブルグは孤立無援になったんだ」
「…まあ、そうなるわな」
オズワルドの説明を聞いて柊也が頷き、その姿を見たオズワルドが眉を顰める。
「…もしかして、知っていたのか?」
「リヒャルト殿下を抑留した時点で、争いが起きる事までは読めていたよ。と言うより、俺がそう仕向けたようなものだからな」
「何故!?」
オズワルドの追及に、柊也は悪びれもせず答える。
「大草原にもう一度攻め入らせないためだよ。一方的に叩きのめしただけでは、リベンジに来る恐れがあるからな。クリストフに恩を売って、芽を摘みたかったんだ」
「…やっぱこの人、孔明だ…」
柊也の答えに、美香が恨めし気な目を向ける。柊也は美香の感想をスルーし、オズワルドに質問した。
「って言うか、此処までお膳立てしておいたのに、もしかして、まだ決着がついていないのか?」
「その通りだ、シュウヤ殿。昨年末にオストラ近郊で両軍が戦い、大きな犠牲を払ってクリストフ殿下が勝利した。だが、リヒャルト殿下はクリストフ殿下の手を逃れ、残存兵力を率いてカラディナ国内に逗留している。どうもカラディナが裏で手を回しているようでな、今やエーデルシュタインは深刻な兵力不足に悩み、国内西部は機能不全に陥っている」
「マジか。クリストフは傑物だと聞いていたんだが、実は無能だったのか?」
柊也の辛辣な感想に、オズワルドが大きな溜息をつく。
「…リヒャルト殿下が予想以上に敢闘したのと、カラディナの横槍のせいだな。何にせよ国内はガタガタで、ハーデンブルグは中央の支援が得られず、ガリエルに対し単独で立ち向かわざるを得なくなった。…そこに、ハヌマーンの大攻勢が来たんだ」
オズワルドが口を噤むと、車内に重苦しい雰囲気が漂う。柊也だけが他人事とばかりに、無遠慮に静寂を裂いた。
「ハヌマーンの規模は?」
「三波合計で50,000以上、それにロックドラゴンのおまけつきだ。ほとんど北伐の意趣返しと言わんばかりの押し寄せ方だったよ」
「シモン、ロックドラゴンって?」
柊也の質問に、シモンが答える。
「S級と呼ばれる、この世界で最強の魔物だ。ストーンウォールを身に纏った鎧竜で防御が硬く、我々には手も足も出ない。鈍重なのが救いだが、『厄災』と呼ばれるだけあって、ロックドラゴンが来たら我々は嵐が過ぎ去るのを待つように息を潜めるしかないんだ」
オズワルド達の目の前で、柊也とシモンの二人が言葉を交える。しかし、二人は重苦しい雰囲気に呑まれない。
「ふーん…、パンツァーで抜けるか?」
「多分、抜ける。ブレスの溜めが長い分、アースドラゴンより与し易いかもしれない」
「なら、いいか。深く考えなくて」
「「「え?」」」
あまりにも軽い会話にオズワルド達が目を瞬かせ、やがて美香がおずおずと尋ねる。
「…えっと、先輩…ロックドラゴン、どうにかなっちゃうの?」
「コレと同じだよ。試してみないとわからないが、対戦車兵器を使えば、どうにかなるだろ」
「…ずっこい」
柊也がボクサーを小突きながら答え、あまりの軽い言いように美香が口の先を窄めた。
「とりあえず、ロックドラゴンは脇に置いておこう。50,000のハヌマーンに攻め寄られて、どうしたんだ?」
「頼むから、そんな気軽に脇に置かないでくれ…」
あまりの認識の落差に、オズワルドががっくりと項垂れたまま、説明を続ける。
「三波合計で50,000のハヌマーンに対し、ハーデンブルグは中央の支援が得られず、近隣からかき集めて、やっと7,000。ロックドラゴンを止める事もできず、我々はなす術もなくハーデンブルグが陥落するのを、指を咥えて待つしかなかった…。
…それをミカが、一人で覆したんだ…。
…彼女は、『ロザリアの槍』『地母神の鉄槌』と呼ばれる彼女にしか使えない魔法を唱え、ただ一人でハヌマーンを撃退した。彼女の魔法はたった一発で地形をも変え、幾万にも及ぶハヌマーンとロックドラゴンを消し去った。そして、その魔法と引き替えに彼女は何度も死に瀕し、その後も長い間寝たきりとなったんだ」
「長い間って、どのくらいだ?」
「えぇと…ひぃ、ふぅ、みぃ…」
オズワルドの説明を聞いた柊也に目を向けられ、美香は上を向いて指折り数える。
「…昨年頭からこっち、足掛け6ヶ月は寝込んでますね」
「え?何その、メガンテ」
「メガンテ言うな」
恐らくは美香の魔法を最も的確に表現した単語が柊也の口から飛び出し、美香がツッコミを入れる。その二人の漫才を恨めしそうに眺めながら、オズワルドの説明が続く。
「王家から見放され、ミカ一人の手によって命を救われたハーデンブルグの市民達は彼女を現人神と讃え、フリッツ様をはじめとする領主達でさえもミカに対し一生を懸けても返せないほどの恩義を感じている。いわばエーデルシュタイン北部一帯は、今回の件で精神的にはミカの下で自立してしまったんだ。それに気づいたクリストフ殿下が北部の離反を防ぎ、かつ傾いた威信と国力の回復にミカを利用しようと求婚し、それに北部が反発した結果が、先ほどのアレだ」
「なるほど…」
「ちょっと、オズワルドさん!いくら何でも、それは言い過ぎじゃないですか!?」
オズワルドの説明を聞いた柊也が納得する一方、美香がオズワルドの説明を否定する。それに対し、今度はレティシアが話に割り込んだ。
「決して誇張じゃないわよ、ミカ。あなた、知ってる?ハーデンブルグが陥落した時に備え、あなたを守護してエーデルシュタインから脱出する親衛部隊を編成していたのだけれども、すでに2個大隊出来上がっていたわよ?」
「え、マジで?」
「ええ。しかもその半数は、すでにあなたに剣を捧げているんじゃないかしら?」
「すげぇな、古城。クリストフも真っ青な求心力じゃないか」
あんぐりと口を開け、目が点になっている美香にレティシアが冷静に答え、柊也が感心する。やがて美香は口を開けたまま、両手で頭を抱えた。
「…ちょっと、待ってよ…。私、社会人はおろか、大学も卒業してない小娘なんだよ?何で皆、そんな小娘にポイポイと剣を捧げちゃうのぉ?」
「ほとんど、夜の街灯に群がる蛾の群れだな」
「その例え、全然嬉しくなぁぁぁぁぁいっ!」
車内で少女の叫び声をたなびかせながら、ボクサーは爆走していた。
***
「初めまして。エルフ八氏族の一つ、ティグリ族 族長グラシアノの娘、セレーネです。皆さん、よろしくお願いします」
「「「…」」」
途中でシモンと操縦を交代したセレーネが美香達の前で自己紹介し、深々と頭を下げる。だが、四人はセレーネの顔に釘付けのまま口を開け、固まっていた。
「…あ、あの、何か私、失礼な事しましたか?」
「…あ、いや、すまない、こちらこそ失礼した」
四人の視線を一身に受け、いたたまれなくなったセレーネがおずおずと尋ね、我に返ったオズワルドが慌てて口を開く。各々が自己紹介を始める中、美香もそれに加わりつつ、内心で唖然とする。
ちょ、ちょっと。シモンさんも凄い美人だけど、この娘も何でこんなに凄いの!?
美香が初めて目にするエルフの少女は、まるで妖精の如き透き通った美しさを漂わせていた。その華奢で慎ましやかな肢体は生々しい意味での肉質とは無縁で、ガラス人形の様な幻想的な輝きを放っている。黄金色の髪が周囲を飾るその眉目は、絶世とも言えるシモンと甲乙つけがたいほど秀麗で、しかも美香やレティシアと同世代の様に見えながらまるで湧き水の如き清らかさを漂わせ、何らやましい事がないのにも関わらず美香は思わず自分に引け目を感じてしまう。それでありながら彼女からは、無理矢理花を咲かせられたかのような背徳的な艶が垣間見え、見る者に対して、ガラス人形を壊したくなる様な黒い誘惑を振り撒いていた。
「ちょ、ちょっと先輩。シモンさんと言い、セレーネさんと言い、あんな凄い美人を何処で引っかけたんですか?」
「引っかけただなんて、人聞きの悪い。どちらも成り行きで命を助けただけだ」
手で衝立を立てて小声で尋ねる美香に対し、柊也が心外な顔つきで答える。二人の会話を小耳に挟んだゲルダが美香の体を眺め、舌なめずりをしながら答えた。
「安心おし、ミカ。あそこまで透き通っていると、眩しすぎて食指が立たん。アンタくらいの生々しさが、アタシには一番だね」
「そんな評価、しなくていいから!」
「私も、あなたの体の方が好きよ、ミカ」
「ちょっ!?」
耳元でレティシアに囁かれ、美香が顔を真っ赤にして飛び上がる。絶えず揺れるボクサーの中で動き回る美香達を諫めるかのように、柊也が宣言した。
「とりあえず情報交換も終わったし、皆大人しく座っていてくれ。中央軍は撒いたが、追い付かれないようもっと距離を稼いでおきたい。日が落ちるまで、このままヴェルツブルグへと進もう」
ハーデンブルグを発ってすでに2時間が経過し、中央軍はすでに影も形も見えない。ボクサーは早くもライツハウゼンを通過し、ヴェルツブルグに向かって南へと転進しつつあった。
空白の2年半を一通り語り終えた柊也が、美香側の状況を尋ねる。柊也の質問に美香が口を開く前に、オズワルドが話し始めた。
「…正直に言って、君に対する恨み言しか出てこない。実は君が取った行動の皺寄せが、全てミカに来たようなものなのだ」
「ん?どういう事だ?」
オズワルドの渋い表情を見て柊也が目を瞬かせ、オズワルドが説明を続ける。
「君が西誅軍を敗退させた事で、エーデルシュタイン王家の後継者争いが勃発したんだ。リヒャルト殿下が抑留されている間にクリストフ殿下が国内を押さえ、新たに王太子となった。それに対し、リヒャルト殿下は残存の西誅軍を率いてエーデルシュタインに攻め入って内乱となり、エーデルシュタインは大きく国力を損なった。国内は後継者争いにばかり目が行き、ハーデンブルグは孤立無援になったんだ」
「…まあ、そうなるわな」
オズワルドの説明を聞いて柊也が頷き、その姿を見たオズワルドが眉を顰める。
「…もしかして、知っていたのか?」
「リヒャルト殿下を抑留した時点で、争いが起きる事までは読めていたよ。と言うより、俺がそう仕向けたようなものだからな」
「何故!?」
オズワルドの追及に、柊也は悪びれもせず答える。
「大草原にもう一度攻め入らせないためだよ。一方的に叩きのめしただけでは、リベンジに来る恐れがあるからな。クリストフに恩を売って、芽を摘みたかったんだ」
「…やっぱこの人、孔明だ…」
柊也の答えに、美香が恨めし気な目を向ける。柊也は美香の感想をスルーし、オズワルドに質問した。
「って言うか、此処までお膳立てしておいたのに、もしかして、まだ決着がついていないのか?」
「その通りだ、シュウヤ殿。昨年末にオストラ近郊で両軍が戦い、大きな犠牲を払ってクリストフ殿下が勝利した。だが、リヒャルト殿下はクリストフ殿下の手を逃れ、残存兵力を率いてカラディナ国内に逗留している。どうもカラディナが裏で手を回しているようでな、今やエーデルシュタインは深刻な兵力不足に悩み、国内西部は機能不全に陥っている」
「マジか。クリストフは傑物だと聞いていたんだが、実は無能だったのか?」
柊也の辛辣な感想に、オズワルドが大きな溜息をつく。
「…リヒャルト殿下が予想以上に敢闘したのと、カラディナの横槍のせいだな。何にせよ国内はガタガタで、ハーデンブルグは中央の支援が得られず、ガリエルに対し単独で立ち向かわざるを得なくなった。…そこに、ハヌマーンの大攻勢が来たんだ」
オズワルドが口を噤むと、車内に重苦しい雰囲気が漂う。柊也だけが他人事とばかりに、無遠慮に静寂を裂いた。
「ハヌマーンの規模は?」
「三波合計で50,000以上、それにロックドラゴンのおまけつきだ。ほとんど北伐の意趣返しと言わんばかりの押し寄せ方だったよ」
「シモン、ロックドラゴンって?」
柊也の質問に、シモンが答える。
「S級と呼ばれる、この世界で最強の魔物だ。ストーンウォールを身に纏った鎧竜で防御が硬く、我々には手も足も出ない。鈍重なのが救いだが、『厄災』と呼ばれるだけあって、ロックドラゴンが来たら我々は嵐が過ぎ去るのを待つように息を潜めるしかないんだ」
オズワルド達の目の前で、柊也とシモンの二人が言葉を交える。しかし、二人は重苦しい雰囲気に呑まれない。
「ふーん…、パンツァーで抜けるか?」
「多分、抜ける。ブレスの溜めが長い分、アースドラゴンより与し易いかもしれない」
「なら、いいか。深く考えなくて」
「「「え?」」」
あまりにも軽い会話にオズワルド達が目を瞬かせ、やがて美香がおずおずと尋ねる。
「…えっと、先輩…ロックドラゴン、どうにかなっちゃうの?」
「コレと同じだよ。試してみないとわからないが、対戦車兵器を使えば、どうにかなるだろ」
「…ずっこい」
柊也がボクサーを小突きながら答え、あまりの軽い言いように美香が口の先を窄めた。
「とりあえず、ロックドラゴンは脇に置いておこう。50,000のハヌマーンに攻め寄られて、どうしたんだ?」
「頼むから、そんな気軽に脇に置かないでくれ…」
あまりの認識の落差に、オズワルドががっくりと項垂れたまま、説明を続ける。
「三波合計で50,000のハヌマーンに対し、ハーデンブルグは中央の支援が得られず、近隣からかき集めて、やっと7,000。ロックドラゴンを止める事もできず、我々はなす術もなくハーデンブルグが陥落するのを、指を咥えて待つしかなかった…。
…それをミカが、一人で覆したんだ…。
…彼女は、『ロザリアの槍』『地母神の鉄槌』と呼ばれる彼女にしか使えない魔法を唱え、ただ一人でハヌマーンを撃退した。彼女の魔法はたった一発で地形をも変え、幾万にも及ぶハヌマーンとロックドラゴンを消し去った。そして、その魔法と引き替えに彼女は何度も死に瀕し、その後も長い間寝たきりとなったんだ」
「長い間って、どのくらいだ?」
「えぇと…ひぃ、ふぅ、みぃ…」
オズワルドの説明を聞いた柊也に目を向けられ、美香は上を向いて指折り数える。
「…昨年頭からこっち、足掛け6ヶ月は寝込んでますね」
「え?何その、メガンテ」
「メガンテ言うな」
恐らくは美香の魔法を最も的確に表現した単語が柊也の口から飛び出し、美香がツッコミを入れる。その二人の漫才を恨めしそうに眺めながら、オズワルドの説明が続く。
「王家から見放され、ミカ一人の手によって命を救われたハーデンブルグの市民達は彼女を現人神と讃え、フリッツ様をはじめとする領主達でさえもミカに対し一生を懸けても返せないほどの恩義を感じている。いわばエーデルシュタイン北部一帯は、今回の件で精神的にはミカの下で自立してしまったんだ。それに気づいたクリストフ殿下が北部の離反を防ぎ、かつ傾いた威信と国力の回復にミカを利用しようと求婚し、それに北部が反発した結果が、先ほどのアレだ」
「なるほど…」
「ちょっと、オズワルドさん!いくら何でも、それは言い過ぎじゃないですか!?」
オズワルドの説明を聞いた柊也が納得する一方、美香がオズワルドの説明を否定する。それに対し、今度はレティシアが話に割り込んだ。
「決して誇張じゃないわよ、ミカ。あなた、知ってる?ハーデンブルグが陥落した時に備え、あなたを守護してエーデルシュタインから脱出する親衛部隊を編成していたのだけれども、すでに2個大隊出来上がっていたわよ?」
「え、マジで?」
「ええ。しかもその半数は、すでにあなたに剣を捧げているんじゃないかしら?」
「すげぇな、古城。クリストフも真っ青な求心力じゃないか」
あんぐりと口を開け、目が点になっている美香にレティシアが冷静に答え、柊也が感心する。やがて美香は口を開けたまま、両手で頭を抱えた。
「…ちょっと、待ってよ…。私、社会人はおろか、大学も卒業してない小娘なんだよ?何で皆、そんな小娘にポイポイと剣を捧げちゃうのぉ?」
「ほとんど、夜の街灯に群がる蛾の群れだな」
「その例え、全然嬉しくなぁぁぁぁぁいっ!」
車内で少女の叫び声をたなびかせながら、ボクサーは爆走していた。
***
「初めまして。エルフ八氏族の一つ、ティグリ族 族長グラシアノの娘、セレーネです。皆さん、よろしくお願いします」
「「「…」」」
途中でシモンと操縦を交代したセレーネが美香達の前で自己紹介し、深々と頭を下げる。だが、四人はセレーネの顔に釘付けのまま口を開け、固まっていた。
「…あ、あの、何か私、失礼な事しましたか?」
「…あ、いや、すまない、こちらこそ失礼した」
四人の視線を一身に受け、いたたまれなくなったセレーネがおずおずと尋ね、我に返ったオズワルドが慌てて口を開く。各々が自己紹介を始める中、美香もそれに加わりつつ、内心で唖然とする。
ちょ、ちょっと。シモンさんも凄い美人だけど、この娘も何でこんなに凄いの!?
美香が初めて目にするエルフの少女は、まるで妖精の如き透き通った美しさを漂わせていた。その華奢で慎ましやかな肢体は生々しい意味での肉質とは無縁で、ガラス人形の様な幻想的な輝きを放っている。黄金色の髪が周囲を飾るその眉目は、絶世とも言えるシモンと甲乙つけがたいほど秀麗で、しかも美香やレティシアと同世代の様に見えながらまるで湧き水の如き清らかさを漂わせ、何らやましい事がないのにも関わらず美香は思わず自分に引け目を感じてしまう。それでありながら彼女からは、無理矢理花を咲かせられたかのような背徳的な艶が垣間見え、見る者に対して、ガラス人形を壊したくなる様な黒い誘惑を振り撒いていた。
「ちょ、ちょっと先輩。シモンさんと言い、セレーネさんと言い、あんな凄い美人を何処で引っかけたんですか?」
「引っかけただなんて、人聞きの悪い。どちらも成り行きで命を助けただけだ」
手で衝立を立てて小声で尋ねる美香に対し、柊也が心外な顔つきで答える。二人の会話を小耳に挟んだゲルダが美香の体を眺め、舌なめずりをしながら答えた。
「安心おし、ミカ。あそこまで透き通っていると、眩しすぎて食指が立たん。アンタくらいの生々しさが、アタシには一番だね」
「そんな評価、しなくていいから!」
「私も、あなたの体の方が好きよ、ミカ」
「ちょっ!?」
耳元でレティシアに囁かれ、美香が顔を真っ赤にして飛び上がる。絶えず揺れるボクサーの中で動き回る美香達を諫めるかのように、柊也が宣言した。
「とりあえず情報交換も終わったし、皆大人しく座っていてくれ。中央軍は撒いたが、追い付かれないようもっと距離を稼いでおきたい。日が落ちるまで、このままヴェルツブルグへと進もう」
ハーデンブルグを発ってすでに2時間が経過し、中央軍はすでに影も形も見えない。ボクサーは早くもライツハウゼンを通過し、ヴェルツブルグに向かって南へと転進しつつあった。
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