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第10章 エミリア
182:新たな門出(1)
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「あ、すまない、リアナ」
「い、いえ…」
リアナとコレットの蟠りが解れ、久しぶりに明るい雰囲気の中で出発の準備を進めていた一行だったが、途中ミゲルの手がリアナの体に触れ、リアナは反射的に身を引いて身構えてしまう。それを見たコレットは沈痛な表情を浮かべながらリアナの許へと駆け寄り、リアナの腕を取って気遣った。
「リアナ、大丈夫かい?無理しなくて良いんだからね…ゴメンよ、リアナ」
「う、ううん。コレットさんのせいじゃないから、そんなに気に病まないで…」
そのまま暫くの間、馬車の前で互いを労わり合う二人だったが、やがてリアナが躊躇いがちに口を開く。
「あ、あの、コレットさん…」
「何だい、リアナ?」
「…良かったら、私と一緒に、馬車に乗ってくれませんか?」
「え、大丈夫なのかい?リアナ」
コレットは、自分の手を握りしめたまま俯きがちなリアナを見て、驚きの声を上げる。それに対しリアナは、コレットの肩のあたりを見つめたまま、おどおどとした様子で答えた。
「うん、まだ男の人は怖くて…。でも、コレットさんなら、多分大丈夫…」
その答えを聞いたミゲルは、両手を上げて降参し、顔を上げたコレットに向かって穏やかに頷く。
「暫くの間、リアナの事は、お前に任せるよ。コレット、リアナと仲直りできて良かったな」
「ああ、任せておくれよ、ミゲル。モノの森に到着するまでの間、リアナは私がしっかりと面倒を見るからさ」
コレットは明るい笑顔を浮かべながらミゲルに向けて親指を立てると、リアナの肩に手を回し、馬車へと乗り込んで行った。
***
馬車に乗ったリアナは、鬱積した感情が堰を切って流れ出たかのように喋り始め、コレットはそのリアナの様変わりした姿に驚きと喜びを覚え、二人は止めどもない会話に花を咲かせていた。二人の話題は最初モノの日常の出来事に集中していたが、コレットの家事に対する万能ぶりが知れると、やがて料理をはじめとする家事相談会へと変化した。
「…え、それじゃコレットさんの故郷では、リリアの芋の粉をわざわざ水に溶いて使うんですか?」
「そうなんだ。あの粉を水に溶くと、好い塩梅のトロみが出てね。甘辛く煮詰めると素材と良く絡んで味が馴染むんだ」
「へぇ…ね、コレットさん。帰ったら、私に作り方を教えてくれませんか?」
「ああ、勿論。あの料理は、モニカもエリカも大好物だからね。しょっちゅう食卓に乗っているから、リアナも今度ウチに食べにおいでよ」
「はい!帰ったら、すぐにでもお邪魔しますね!」
コレットが食事に誘うと、リアナは目を輝かせて頷き、喜びを表す。そのリアナの屈託のない笑顔を見て、コレットは胸中に湧き上がる熱い想いが涙腺に伝わるのを、必死に押し留めた。その努力は意図せずリアナの手を握る手へと伝わり、リアナもそれに呼応するかのようにしっかりと手を握り返し、二人は北へと向かう馬車の中で手を繋いだまま、いつまでも話し続けていた。
***
「…お、お許し下さい…お許し下さい…お願っ…!」
「リアナ!リアナ!しっかりしな!」
「…ぁ…」
冷たく湿ったおぞましい闇の中で藻掻き苦しんでいた体が揺さぶられ、暗い沼に沈んでいたリアナの心が暖かい手によって引き上げられる。不快な脂汗から逃れるようにリアナが目を覚ますと、漆黒の闇の中でランタンの光を受けて淡く輝くコレットの顔が、目の前に浮かび上がった。周囲を見渡すと、辺り一面の草原が漆黒の闇に覆われ、離れた場所で闇に抗うかのように揺らめく焚火を取り囲んで、男達が横になっている。
「…コレット…さん…」
「大丈夫かい、リアナ?随分うなされていたけど…」
「…」
コレットの気遣わしげな表情を見たリアナは、彼女を心配させまいと頷くが、体に纏わりつく夢の残滓がリアナを暗黒へと引き摺りこみ、リアナは思わず身震いをする。すると、その姿を見たコレットがリアナに寄り添うように身を横たえると、リアナの背中に手を回して優しく擦り始めた。リアナは背中に伝わる温もりに身を委ね、コレットの豊かな胸元に顔を埋めるように蹲り、小さく呟く。
「…コレットさん、お願い…もうちょっとだけ、こうしていても好い?」
「ああ、大丈夫だよ、リアナ。何だったら、一晩中こうしていてあげるからね」
「…うん…ありがとう…コレットさん…」
リアナはコレットの胸元に顔を埋めたまま嬉しそうに頷き、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
***
「…ちょ、ちょっと、コレットさん。コレ、ホントに好いんですか?」
「大丈夫だよ、リアナ。ほら、遠慮しないで」
「…」
地面に座り込んだリアナがコレットに恐る恐る再考を促すも、コレットは闊達な笑みを浮かべ、リアナの懸念を一蹴する。向かい合う二人の間にはミゲルが居て、不貞腐れたような顔をしながら、コレットの方を向いて座っていた。ミゲルはリアナに背を向けて胡坐をかき、両手はコレットの手に取られ、前方に突き出されている。
「ミゲルの両手は、私がしっかりと抑えておくから。これなら、アンタに悪さなんか出来やしないよ」
「う、うん…」
「コレット、お前は俺を何だと思っているんだ…」
仏頂面をするミゲルを余所に、リアナは恐る恐る手を伸ばし、ミゲルの肩に手を乗せる。そのままリアナは少しの間ミゲルの肩に手を乗せていたが、ミゲルが首を曲げて骨を鳴らすと慌てて手を引っ込めた。
「ちょっと、ミゲル。アンタ一体何やっているんだい。リアナが怖がっているじゃないか」
「首の一つぐらい、鳴らしたっていいじゃないか…」
「あ、いや、コレットさん。今のは、私がちょっとびっくりしただけだから。ミゲル様にそこまで言わなくても…」
二人の動きを見たコレットが眉を顰め、ミゲルが不機嫌になる。その空気を敏感に感じ取り、リアナが割って入って場を和ませようとした。
そうして何度かリアナのリハビリに挑戦していたコレットだったが、リアナが疲れた様子を見せるとミゲルの手を下ろし、リアナの許に駆け寄って膝をつく。
「今日は、これくらいにしておこうか。よく頑張ったね、お疲れ様」
「ううん。コレットさん、ありがとう。ミゲル様も、ありがとうございました」
リアナはコレットが近づくと安心した様に息を吐き、腕を伸ばしてコレットの手を取る。コレットはリアナに寄り添って座ると、腕を組みながら尋ねた。
「しかしリアナ。これはちょっと、根が深そうだね。ミゲルでも駄目だとは…。それとも、他の男が良いかい?触りたい男が居たら、遠慮しないで私に言いな。連れて来てあげるから」
「ちょ、ちょっと、コレットさん!?そういうんじゃなくて…!」
コレットは挑発的な笑みを浮かべると、腕を組んだままリアナの脇腹を小突く。リアナが顔を赤らめ慌てて否定する中、ミゲルは体よく使い捨てられた置物の如く、二人に背を向けて胡坐をかいたまま、苦虫を嚙み潰していた。
こうして一行は、リアナの心を解きほぐしながら北上を続け、2週間に渡る旅路の末、ついにモノの森へと到着した。
***
扉を開けると、モノの森の中を漂う青と緑の匂いが、馬車の中に雪崩れ込んできた。コレットは馬車を降り、すでに懐かしさを覚えるようになった匂いを胸いっぱいに吸い込むと、振り返って馬車に向かって手を差し伸べる。
「さ…リアナ、おいで」
「う、うん…」
リアナは幾分臆病になりながらもコレットの手を取り、恐る恐る馬車を降りる。そして、目の前に広がる光景をしばし呆然とした風に見惚れ、やがて森に誘惑されたかのようにフラフラと前に歩き出した。
そこには、リアナが繰り返し夢に見た光景が広がっていた。天空を支えるかのように乱立する巨大な木々と、その枝の間から射し込む光の帯。素朴で温かな丸太小屋と、小鳥と山羊の賑やかな合唱。そして本当に僅かに、森の中に佇む、100人程のモノの女性達。
「…リアナ!」
一人の女性が、リアナの名を呼ぶ。その女性は、リアナの母ではなかった。親しい友人でもなかった。ただ、リアナと顔見知りと言うだけの、たまに挨拶を交わす程度の知り合いだった。その女性が目に涙を浮かべ、唇を戦慄かせながら駆け寄って来る。
「…おばさん!」
名前を呼ばれたリアナは、ただの知り合いというだけの女性の許に駆け寄ると、その胸元へと飛び込み、激しく泣きじゃくる。
「おばさん!…ただいま!…ただいま!」
「お帰り、リアナ!よく帰って来てくれた!よく頑張ったね…」
女性は泣きじゃくるリアナを力いっぱい抱きしめ、歓喜の涙を流す。その姿を見た他の女性達も一斉にリアナの許へと駆け寄り、嗚咽混じりの労りの声を上げる。
「お帰り、リアナちゃん!帰って来れて、良かった…本当に良かった…」
「リアナさん、お帰りなさい!」
その女性達の中にリアナの見知った顔は、ほとんどいない。母の姿も、妹の姿も、仲の良い幼馴染も、誰一人いない。だけど、その知らない女性達が皆一様にリアナの許へと駆け寄り、彼女の帰還を我が事の様に喜び、涙を流している。リアナは赤の他人の中で誰彼となく抱き合い、泣きじゃくった。
その咽び泣く女達の集団を、男達は遠巻きに眺めながら、目に涙を浮かべていた。彼らはリアナの身を気遣い、怯えさすまいとリアナに近づこうとしなかったが、女達の集団を取り囲んで円を描き、円の中心から広がる歓喜の声に引き摺られ、鼻を啜っていた。
「「リアナさん!」」
「…双子ちゃん!」
女性達の中を掻き分ける様に入ってきた二人の少女の姿を認め、リアナは膝をついて、少女達に向かって手を広げた。モニカとエリカはリアナの胸元へ飛び込み、しがみ付いて泣きじゃくる。
「お帰りなさい、リアナさん!」
「リアナさん!無事に会えて、良かったよぉ…」
「ただいま、双子ちゃん…モノの愛らしい双子ちゃん…」
リアナはモニカとエリカの二人に顔を寄せ、頬ずりをしながら声をかける。
「私、双子ちゃんのおかげで帰って来れたよ…双子ちゃん達のお姉さんのおかげで、帰って来れたんだよ…。双子ちゃん…お姉さんを助けてくれて、ありがとう…」
「…え?」
「コレットさんが…?」
「ええ、そうよ。これもみんな、あなた達のお姉さんのおかげ…」
涙まみれの双子の顔を見てリアナはにっこりと頷き、二人の肩に手を置いたまま立ち上がる。そして、背後へと振り返って、女性達の集団から離れて佇むコレットへと目を向ける。
「…コレットさん…」
リアナは双子の肩から手を離すと、女性達の輪を抜け、コレットの許へとゆっくりと近づいて行った。
「…リアナ、良かったね…」
コレットは、貰い泣きした目を擦りながら、近づいて来るリアナに笑顔を向ける。リアナはコレットの前に佇むと、涙に塗れた、眩いばかりの笑みを浮かべた。
「…コレットさん、私の事を助けてくれて、ありがとう。私の心を救ってくれて、ありがとう。あなたが居なかったら、私の心は、あそこで死んでいたかも知れない。私は、あなたが居たからこそ、笑ってモノの森へと帰って来れたんです…」
そして、リアナは胸元で両手を組んで目を閉じると、珊瑚の様に桃色に輝く唇を開き、誓いの言葉を贈った。
「…だから、コレットさん…私は親愛と感謝の心を籠めて、この誓いをあなたに捧げます…。
――― 私、クラウディオの娘 リアナは、コレットさんを姉と定め、生涯変わらぬ愛を捧げる事を、サーリア様に誓います」
「…リアナ…」
コレットは、目の前で自分に捧げられたサーリアの誓いに、しばし呆然とする。1年近くもの間人族に繰り返し辱めを受け、心に深い傷を負ったはずのリアナが、同じ人族の自分の事を姉と呼んでくれる。種族の垣根を超えた親愛の念を最も神聖な形で差し出され、コレットの胸元から湧き上がる熱い想いが、涙腺を伝って外へと流れ出る。
「…ありがとう、リアナ…、そこまで私の事を慕ってくれて…」
コレットは溢れ出る涙を拭いながら笑みを浮かべ、抑えきれない喜びを形にすべく、豊かな胸元の前で両手を組み、滲む涙を押し流して目を閉じた。
「…そこまで私の事を慕ってくれるなら、私もちゃんと応えないとね…。
――― 私、ラ・セリエのコレットは、クラウディオの娘 リアナを妹と定め、生涯変わらぬ愛を捧げる事を、サーリア様に誓います」
「…コレットさん!」
誓いの言葉を終えたコレットが目を開くと、そこには色鮮やかな笑顔が、華開いていた。リアナは両手を組んだまま目を見開き、珊瑚の様に鮮やかな唇が喜びに震えている。目の前に広がる満面の笑顔を見たコレットは慈しみの笑みを浮かべ、両手で顔を抑えて驚きの表情を浮かべる双子の姿を視界の隅に捉えながら、リアナに向かって両手を広げる。
「おいで、リアナ。これからも、よろしくね」
「コレットさん!」
コレットが両手を広げると、リアナは歓喜のあまり目を潤ませながら、コレットの胸元へと飛び込む。そしてリアナはコレットの豊かな胸元に顔を埋め、両腕を背中に回して激しく掻き抱きながら、歓びの声を上げた。
「…はい!はい!これから二人で、幸せな家庭を築きましょう、お姉様!」
「…あれ?」
自分の想定とは異なる、場違いな桃色の空気を嗅ぎ取り、コレットは自分の胸元に顔を埋めるリアナの肩を掴んで、恐る恐る声をかける。
「…リアナ?…お姉様って…?」
「お姉様…」
顔を上げたリアナは、俯きがちな顔を薄っすらと桜色に染め、ほっそりとした指を立ててコレットの胸元に「の」の字を描きながら、はにかむ。
「…私、元々、男の人って苦手で…その上あんな恐ろしい目に遭って…もう幸せな家庭なんて持てないかと思ったけど…、でも、お姉様となら、きっと…」
「ちょ、ちょっと、リアナ…」
「なぁに、お姉様?」
とんでもない思い違いに気づいたコレットは、慌ててリアナを質そうと声をかけるが、陶然とした笑みを浮かべるリアナの顔を見た途端、ある事に思い至る。
――― 私、ラ・セリエのコレットは、リアナを傷つける事があれば即座に自害する事を、サーリア様に誓います。
…あれ?これ、もしかして、詰んでない?
血の気の引く音を聞いたコレットは、リアナを抱えたまま、救いを求めてミゲルを見る。しかしミゲルは、頭痛に悩まされるかの如くこめかみに手を当てたまま、苦々しい声で呟いた。
「…サーリア様への誓いは、命を賭けて守るべき神聖なものだ。…コレット、潔くリアナを幸せにしろ」
「ちょ、ちょっと待って、ミゲ…」
「お姉様…」
慌ててミゲルに振り返ろうとしたコレットだったが、リアナの手がコレットの後頭部を押さえ、コレットは強引に引き戻された。甘い吐息を纏った珊瑚色の唇が、正面を向いたコレットに迫り来る。
「愛してます、お姉様…」
「待っ、リア…んむぅ!」
コレットは弁明する間もなく唇を塞がれ、リアナは溢れる想いを舌に乗せて、サーリアの誓いに縛られ抵抗できないコレットへと送り込む。
そうして生涯の誓いを交わし、晴れて一つとなった二人の門出を祝うかのように、小鳥達が高らかな囀り声を上げながら、二人の間を駆け抜けて行った。
「い、いえ…」
リアナとコレットの蟠りが解れ、久しぶりに明るい雰囲気の中で出発の準備を進めていた一行だったが、途中ミゲルの手がリアナの体に触れ、リアナは反射的に身を引いて身構えてしまう。それを見たコレットは沈痛な表情を浮かべながらリアナの許へと駆け寄り、リアナの腕を取って気遣った。
「リアナ、大丈夫かい?無理しなくて良いんだからね…ゴメンよ、リアナ」
「う、ううん。コレットさんのせいじゃないから、そんなに気に病まないで…」
そのまま暫くの間、馬車の前で互いを労わり合う二人だったが、やがてリアナが躊躇いがちに口を開く。
「あ、あの、コレットさん…」
「何だい、リアナ?」
「…良かったら、私と一緒に、馬車に乗ってくれませんか?」
「え、大丈夫なのかい?リアナ」
コレットは、自分の手を握りしめたまま俯きがちなリアナを見て、驚きの声を上げる。それに対しリアナは、コレットの肩のあたりを見つめたまま、おどおどとした様子で答えた。
「うん、まだ男の人は怖くて…。でも、コレットさんなら、多分大丈夫…」
その答えを聞いたミゲルは、両手を上げて降参し、顔を上げたコレットに向かって穏やかに頷く。
「暫くの間、リアナの事は、お前に任せるよ。コレット、リアナと仲直りできて良かったな」
「ああ、任せておくれよ、ミゲル。モノの森に到着するまでの間、リアナは私がしっかりと面倒を見るからさ」
コレットは明るい笑顔を浮かべながらミゲルに向けて親指を立てると、リアナの肩に手を回し、馬車へと乗り込んで行った。
***
馬車に乗ったリアナは、鬱積した感情が堰を切って流れ出たかのように喋り始め、コレットはそのリアナの様変わりした姿に驚きと喜びを覚え、二人は止めどもない会話に花を咲かせていた。二人の話題は最初モノの日常の出来事に集中していたが、コレットの家事に対する万能ぶりが知れると、やがて料理をはじめとする家事相談会へと変化した。
「…え、それじゃコレットさんの故郷では、リリアの芋の粉をわざわざ水に溶いて使うんですか?」
「そうなんだ。あの粉を水に溶くと、好い塩梅のトロみが出てね。甘辛く煮詰めると素材と良く絡んで味が馴染むんだ」
「へぇ…ね、コレットさん。帰ったら、私に作り方を教えてくれませんか?」
「ああ、勿論。あの料理は、モニカもエリカも大好物だからね。しょっちゅう食卓に乗っているから、リアナも今度ウチに食べにおいでよ」
「はい!帰ったら、すぐにでもお邪魔しますね!」
コレットが食事に誘うと、リアナは目を輝かせて頷き、喜びを表す。そのリアナの屈託のない笑顔を見て、コレットは胸中に湧き上がる熱い想いが涙腺に伝わるのを、必死に押し留めた。その努力は意図せずリアナの手を握る手へと伝わり、リアナもそれに呼応するかのようにしっかりと手を握り返し、二人は北へと向かう馬車の中で手を繋いだまま、いつまでも話し続けていた。
***
「…お、お許し下さい…お許し下さい…お願っ…!」
「リアナ!リアナ!しっかりしな!」
「…ぁ…」
冷たく湿ったおぞましい闇の中で藻掻き苦しんでいた体が揺さぶられ、暗い沼に沈んでいたリアナの心が暖かい手によって引き上げられる。不快な脂汗から逃れるようにリアナが目を覚ますと、漆黒の闇の中でランタンの光を受けて淡く輝くコレットの顔が、目の前に浮かび上がった。周囲を見渡すと、辺り一面の草原が漆黒の闇に覆われ、離れた場所で闇に抗うかのように揺らめく焚火を取り囲んで、男達が横になっている。
「…コレット…さん…」
「大丈夫かい、リアナ?随分うなされていたけど…」
「…」
コレットの気遣わしげな表情を見たリアナは、彼女を心配させまいと頷くが、体に纏わりつく夢の残滓がリアナを暗黒へと引き摺りこみ、リアナは思わず身震いをする。すると、その姿を見たコレットがリアナに寄り添うように身を横たえると、リアナの背中に手を回して優しく擦り始めた。リアナは背中に伝わる温もりに身を委ね、コレットの豊かな胸元に顔を埋めるように蹲り、小さく呟く。
「…コレットさん、お願い…もうちょっとだけ、こうしていても好い?」
「ああ、大丈夫だよ、リアナ。何だったら、一晩中こうしていてあげるからね」
「…うん…ありがとう…コレットさん…」
リアナはコレットの胸元に顔を埋めたまま嬉しそうに頷き、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
***
「…ちょ、ちょっと、コレットさん。コレ、ホントに好いんですか?」
「大丈夫だよ、リアナ。ほら、遠慮しないで」
「…」
地面に座り込んだリアナがコレットに恐る恐る再考を促すも、コレットは闊達な笑みを浮かべ、リアナの懸念を一蹴する。向かい合う二人の間にはミゲルが居て、不貞腐れたような顔をしながら、コレットの方を向いて座っていた。ミゲルはリアナに背を向けて胡坐をかき、両手はコレットの手に取られ、前方に突き出されている。
「ミゲルの両手は、私がしっかりと抑えておくから。これなら、アンタに悪さなんか出来やしないよ」
「う、うん…」
「コレット、お前は俺を何だと思っているんだ…」
仏頂面をするミゲルを余所に、リアナは恐る恐る手を伸ばし、ミゲルの肩に手を乗せる。そのままリアナは少しの間ミゲルの肩に手を乗せていたが、ミゲルが首を曲げて骨を鳴らすと慌てて手を引っ込めた。
「ちょっと、ミゲル。アンタ一体何やっているんだい。リアナが怖がっているじゃないか」
「首の一つぐらい、鳴らしたっていいじゃないか…」
「あ、いや、コレットさん。今のは、私がちょっとびっくりしただけだから。ミゲル様にそこまで言わなくても…」
二人の動きを見たコレットが眉を顰め、ミゲルが不機嫌になる。その空気を敏感に感じ取り、リアナが割って入って場を和ませようとした。
そうして何度かリアナのリハビリに挑戦していたコレットだったが、リアナが疲れた様子を見せるとミゲルの手を下ろし、リアナの許に駆け寄って膝をつく。
「今日は、これくらいにしておこうか。よく頑張ったね、お疲れ様」
「ううん。コレットさん、ありがとう。ミゲル様も、ありがとうございました」
リアナはコレットが近づくと安心した様に息を吐き、腕を伸ばしてコレットの手を取る。コレットはリアナに寄り添って座ると、腕を組みながら尋ねた。
「しかしリアナ。これはちょっと、根が深そうだね。ミゲルでも駄目だとは…。それとも、他の男が良いかい?触りたい男が居たら、遠慮しないで私に言いな。連れて来てあげるから」
「ちょ、ちょっと、コレットさん!?そういうんじゃなくて…!」
コレットは挑発的な笑みを浮かべると、腕を組んだままリアナの脇腹を小突く。リアナが顔を赤らめ慌てて否定する中、ミゲルは体よく使い捨てられた置物の如く、二人に背を向けて胡坐をかいたまま、苦虫を嚙み潰していた。
こうして一行は、リアナの心を解きほぐしながら北上を続け、2週間に渡る旅路の末、ついにモノの森へと到着した。
***
扉を開けると、モノの森の中を漂う青と緑の匂いが、馬車の中に雪崩れ込んできた。コレットは馬車を降り、すでに懐かしさを覚えるようになった匂いを胸いっぱいに吸い込むと、振り返って馬車に向かって手を差し伸べる。
「さ…リアナ、おいで」
「う、うん…」
リアナは幾分臆病になりながらもコレットの手を取り、恐る恐る馬車を降りる。そして、目の前に広がる光景をしばし呆然とした風に見惚れ、やがて森に誘惑されたかのようにフラフラと前に歩き出した。
そこには、リアナが繰り返し夢に見た光景が広がっていた。天空を支えるかのように乱立する巨大な木々と、その枝の間から射し込む光の帯。素朴で温かな丸太小屋と、小鳥と山羊の賑やかな合唱。そして本当に僅かに、森の中に佇む、100人程のモノの女性達。
「…リアナ!」
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「…おばさん!」
名前を呼ばれたリアナは、ただの知り合いというだけの女性の許に駆け寄ると、その胸元へと飛び込み、激しく泣きじゃくる。
「おばさん!…ただいま!…ただいま!」
「お帰り、リアナ!よく帰って来てくれた!よく頑張ったね…」
女性は泣きじゃくるリアナを力いっぱい抱きしめ、歓喜の涙を流す。その姿を見た他の女性達も一斉にリアナの許へと駆け寄り、嗚咽混じりの労りの声を上げる。
「お帰り、リアナちゃん!帰って来れて、良かった…本当に良かった…」
「リアナさん、お帰りなさい!」
その女性達の中にリアナの見知った顔は、ほとんどいない。母の姿も、妹の姿も、仲の良い幼馴染も、誰一人いない。だけど、その知らない女性達が皆一様にリアナの許へと駆け寄り、彼女の帰還を我が事の様に喜び、涙を流している。リアナは赤の他人の中で誰彼となく抱き合い、泣きじゃくった。
その咽び泣く女達の集団を、男達は遠巻きに眺めながら、目に涙を浮かべていた。彼らはリアナの身を気遣い、怯えさすまいとリアナに近づこうとしなかったが、女達の集団を取り囲んで円を描き、円の中心から広がる歓喜の声に引き摺られ、鼻を啜っていた。
「「リアナさん!」」
「…双子ちゃん!」
女性達の中を掻き分ける様に入ってきた二人の少女の姿を認め、リアナは膝をついて、少女達に向かって手を広げた。モニカとエリカはリアナの胸元へ飛び込み、しがみ付いて泣きじゃくる。
「お帰りなさい、リアナさん!」
「リアナさん!無事に会えて、良かったよぉ…」
「ただいま、双子ちゃん…モノの愛らしい双子ちゃん…」
リアナはモニカとエリカの二人に顔を寄せ、頬ずりをしながら声をかける。
「私、双子ちゃんのおかげで帰って来れたよ…双子ちゃん達のお姉さんのおかげで、帰って来れたんだよ…。双子ちゃん…お姉さんを助けてくれて、ありがとう…」
「…え?」
「コレットさんが…?」
「ええ、そうよ。これもみんな、あなた達のお姉さんのおかげ…」
涙まみれの双子の顔を見てリアナはにっこりと頷き、二人の肩に手を置いたまま立ち上がる。そして、背後へと振り返って、女性達の集団から離れて佇むコレットへと目を向ける。
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コレットは、貰い泣きした目を擦りながら、近づいて来るリアナに笑顔を向ける。リアナはコレットの前に佇むと、涙に塗れた、眩いばかりの笑みを浮かべた。
「…コレットさん、私の事を助けてくれて、ありがとう。私の心を救ってくれて、ありがとう。あなたが居なかったら、私の心は、あそこで死んでいたかも知れない。私は、あなたが居たからこそ、笑ってモノの森へと帰って来れたんです…」
そして、リアナは胸元で両手を組んで目を閉じると、珊瑚の様に桃色に輝く唇を開き、誓いの言葉を贈った。
「…だから、コレットさん…私は親愛と感謝の心を籠めて、この誓いをあなたに捧げます…。
――― 私、クラウディオの娘 リアナは、コレットさんを姉と定め、生涯変わらぬ愛を捧げる事を、サーリア様に誓います」
「…リアナ…」
コレットは、目の前で自分に捧げられたサーリアの誓いに、しばし呆然とする。1年近くもの間人族に繰り返し辱めを受け、心に深い傷を負ったはずのリアナが、同じ人族の自分の事を姉と呼んでくれる。種族の垣根を超えた親愛の念を最も神聖な形で差し出され、コレットの胸元から湧き上がる熱い想いが、涙腺を伝って外へと流れ出る。
「…ありがとう、リアナ…、そこまで私の事を慕ってくれて…」
コレットは溢れ出る涙を拭いながら笑みを浮かべ、抑えきれない喜びを形にすべく、豊かな胸元の前で両手を組み、滲む涙を押し流して目を閉じた。
「…そこまで私の事を慕ってくれるなら、私もちゃんと応えないとね…。
――― 私、ラ・セリエのコレットは、クラウディオの娘 リアナを妹と定め、生涯変わらぬ愛を捧げる事を、サーリア様に誓います」
「…コレットさん!」
誓いの言葉を終えたコレットが目を開くと、そこには色鮮やかな笑顔が、華開いていた。リアナは両手を組んだまま目を見開き、珊瑚の様に鮮やかな唇が喜びに震えている。目の前に広がる満面の笑顔を見たコレットは慈しみの笑みを浮かべ、両手で顔を抑えて驚きの表情を浮かべる双子の姿を視界の隅に捉えながら、リアナに向かって両手を広げる。
「おいで、リアナ。これからも、よろしくね」
「コレットさん!」
コレットが両手を広げると、リアナは歓喜のあまり目を潤ませながら、コレットの胸元へと飛び込む。そしてリアナはコレットの豊かな胸元に顔を埋め、両腕を背中に回して激しく掻き抱きながら、歓びの声を上げた。
「…はい!はい!これから二人で、幸せな家庭を築きましょう、お姉様!」
「…あれ?」
自分の想定とは異なる、場違いな桃色の空気を嗅ぎ取り、コレットは自分の胸元に顔を埋めるリアナの肩を掴んで、恐る恐る声をかける。
「…リアナ?…お姉様って…?」
「お姉様…」
顔を上げたリアナは、俯きがちな顔を薄っすらと桜色に染め、ほっそりとした指を立ててコレットの胸元に「の」の字を描きながら、はにかむ。
「…私、元々、男の人って苦手で…その上あんな恐ろしい目に遭って…もう幸せな家庭なんて持てないかと思ったけど…、でも、お姉様となら、きっと…」
「ちょ、ちょっと、リアナ…」
「なぁに、お姉様?」
とんでもない思い違いに気づいたコレットは、慌ててリアナを質そうと声をかけるが、陶然とした笑みを浮かべるリアナの顔を見た途端、ある事に思い至る。
――― 私、ラ・セリエのコレットは、リアナを傷つける事があれば即座に自害する事を、サーリア様に誓います。
…あれ?これ、もしかして、詰んでない?
血の気の引く音を聞いたコレットは、リアナを抱えたまま、救いを求めてミゲルを見る。しかしミゲルは、頭痛に悩まされるかの如くこめかみに手を当てたまま、苦々しい声で呟いた。
「…サーリア様への誓いは、命を賭けて守るべき神聖なものだ。…コレット、潔くリアナを幸せにしろ」
「ちょ、ちょっと待って、ミゲ…」
「お姉様…」
慌ててミゲルに振り返ろうとしたコレットだったが、リアナの手がコレットの後頭部を押さえ、コレットは強引に引き戻された。甘い吐息を纏った珊瑚色の唇が、正面を向いたコレットに迫り来る。
「愛してます、お姉様…」
「待っ、リア…んむぅ!」
コレットは弁明する間もなく唇を塞がれ、リアナは溢れる想いを舌に乗せて、サーリアの誓いに縛られ抵抗できないコレットへと送り込む。
そうして生涯の誓いを交わし、晴れて一つとなった二人の門出を祝うかのように、小鳥達が高らかな囀り声を上げながら、二人の間を駆け抜けて行った。
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そのうえ、服の上からでもわかる圧倒的な巨乳。
そんな憧れの家庭教師・・・遠野栞といちゃいちゃラブラブにセックスをするだけの話。
ヒロインは丁寧語・敬語、年上家庭教師、お嬢様、ドMなどの属性・要素があります。
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