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第10章 エミリア

178:手がかりを探して

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 フレデリクの許を辞した一行は、ペドロの所在が判明するまで一旦カルロス邸で待機する事にしたが、館についたところで、コレットがカルロスに声をかけた。

「カルロスさん、ハンターギルドは何処にあるんだい?」
「ハンターギルドなら、この大通りを2キルドほど歩いた先の角だ。ハンターギルドに何か用があるのか?」
「アンタとフレデリクが、上層部を探ってくれるからね。私もハンターくらいは探って来ようかと思って」
「そうか。助かる。なら、馬車を出そう」

 カルロスの申し出に、コレットは手を振りながら答える。

「あぁ、要らない要らない。何処の世界に、御者付きの馬車から降りるハンターがいるんだい?この程度の距離、歩いて行ってくるよ」
「なるほど、それもそうだな」

 コレットの指摘に、カルロスが苦笑して引き下がる。代わりにミゲルが口を開いた。

「コレット、俺も付き合おう」
「え?いいよ、ミゲル。長旅で疲れているんだから、先に休んでなよ」

 ミゲルの言葉に、コレットは内心で嬉しく思いながらも、ミゲルの体調を気遣って断りを入れる。ミゲルは、そのコレットの頭に手を回すと体を引き寄せ、お互いの顔を突き合わせるようにして呟いた。

「俺はお前の事を、命を賭けて守ると誓ったんだ。近くにいないと、守れないだろうが」
「ーーーーーっ!」

 至近距離から放たれた殺し文句に、コレットの顔が沸騰し、目線がミゲルから外れる。明らかに挙動不審に陥ったコレットを見て、ミゲルが気遣った。

「おい、コレット。お前、大丈夫か?お前こそ、館で休んだ方が良いんじゃないか?」
「だだだ、大丈夫だよ!って言うか、何でそんなに、さらりと言うんだよ!?ちょっとは心の準備というものを…!」
「あ?お前、何を言ってるんだ?」

 この鈍感!朴念仁!

 目の前で眉を上げるミゲルを見て、コレットは内心で悪態をつく。しかし、コレットは口を尖らせて喉から出掛かった不満を押し留めると、ミゲルの手に腕を回してしがみ付き、目線を合わせないままブツブツと呟いた。

「で、でも、アンタに言われて、嬉しかったよ…この先、私の事を守っておくれよ…だ、旦那…様…」
「ああ、任せておけ」

 二人は引っ付いたまま大通りへと踏み出し、カルロスはその後ろ姿を見ながら、顔を綻ばせていた。



「ああ、此処だ此処だ…随分とやられちゃっているねぇ…」

 コレットは、ミゲルの腕にしがみ付いたまま、目の前に立つ石造りの建物を見上げながら口ずさむ。建物は重厚な佇まいを見せていたが、そのあちらこちらが焼け焦げており、未だ戦禍の跡が色濃く残っていた。建物を眺めるコレットの耳元に、ミゲルの声が流れてきた。

「じゃぁ、コレット。打ち合わせ通り、俺は此処で待っている。何かあればすぐに駆け付けるから、安心しろ」
「頼んだよ、ミゲル。でも、本当に此処から中の話が聞こえるのかい?」

 コレットの手を振りほどき、壁際へと向かうミゲルを見ながら、コレットが尋ねる。ミゲルは、サンタ・デ・ロマハに入ってからは頭にターバンを被って特徴的な長い耳を隠しており、一目でエルフと気付かれる心配はなかったが、人族の風習を知らない。今回は単独で聞き回った方がやりやすい事もあり、建物内にはコレット一人で向かう事にしていた。コレットの質問に、ミゲルは壁際に背を預け、目を閉じながら答えた。

「我々エルフは、聴覚に優れている。こうして目を閉じて集中すれば、この建物の中の会話は手に取るように分かるさ」
「そう…じゃぁ、行ってくるね」
「ああ」

 コレットは、目を閉じたミゲルに手を振りながら石段を上がり、建物の中に入って行った。



 ギルドハウスの中は復旧作業が完了している様子で、些か統一性がないものの、しっかりとした建て付けが施されていた。コレットは、職員やハンターが何人か点在する部屋の中を、勝手知ったる雰囲気で突き進む。途中、すれ違いざまにコレットの凛とした姿から滲み出る色香に、テーブルに座るハンター達が顔を上げ、見惚れていた。

 コレットは受付窓口まで辿り着くと、年若い受付嬢に艶のある笑みを浮かべ尋ねる。

「今、ペドロ・スアレスって人が出しているクエストは、何かあるかい?彼の羽振りが良いって話を聞いてね、おこぼれに与ろうと地方から出てきたんだ」
「…え?…あ、はい!ペドロ・スアレス様のご依頼ですね、少々お待ち下さい」

 コレットの色香に見惚れていた受付嬢は、我に返ると顔を赤らめながら慌てて手元の資料を捲っていく。やがて受付嬢は、おずおずと顔を上げ、上目遣いでコレットに謝った。

「…すみません。今のところ、ペドロ・スアレス様ご依頼のクエストは、なさそうです」
「何だい、そんなに彼のクエストは人気なのかい?」

 受付嬢の回答を聞いたコレットは、残念そうに眉を顰める。そんなやり取りをしていた二人の背後から、男の声が割り込んだ。

「ペドロ・スアレスの羽振りが良かったなんてのは、去年までの話だよ。西誅のおかげで、この国は今ガタガタだ。奴さんも商いは手下に任せて、田舎に引きこもったまま、酒池肉林に耽っているよ」
「アンタ、彼を知っているのかい?」

 コレットが振り返ると、壁際のテーブルで金勘定している男と目があった。コレットの問いに男が答える。

「ついこの間まで、奴の引きこもり先の警備に当たっていたよ。周囲に何もない場所で、男は建物にも入れず、狭い詰所に詰め込まれてな。報酬も大した事なかったから、西誅軍が引き上げると聞いて戻って来たんだ」

 コレットは男の許に近づくと、テーブルに両手をついて前屈みの体勢で、笑みを浮かべる。

「へぇ、彼が何処に居るか、教えてくれるかい?」

 男は、コレットの胸元から顔を覗かせる高低差の激しい谷間に釘付けとなったまま、うわ言のように呟く。

「此処から南の街道沿いに2日ほど行った先の、山の中だ。場違いな砦の様な建物の中に引きこもっているよ」
「そう、好い話を聞かせてくれてありがとね、アンタ」
「何だ?あんた、募集も出ていないのに、あいつの所に行くつもりか?」
「私もそろそろ身を固めたくてねぇ。どうせなら、羽振りの良い男の下で、好い目を見たいじゃないかい?」

 コレットは報酬代わりに男へ妖艶な笑みを浮かべると、頭を上げ、ギルドハウスを出て行こうとする。その姿を見た男は慌てて立ち上がり、コレットの肩を叩いて呼び止めた。

「あ、ちょっと待てよ、あんた。あんなジジイの許に行くくらいなら、俺と組んで一旗揚げないか?あんたと二人なら、きっと上手く行くよ」

 そう男に誘われたコレットは、振り向きざまに肩に置かれた男の手の甲をつねって引き剥がし、顔を顰める男を見ながら口の端を釣り上げる。

「私をモノにしたければ、もっと男を上げなきゃ。アンタも目はありそうだけど、残念ながら時間切れなんだ」
「あいつは、止めとけ!所詮、女を道具としか見ていない、脂の乗った豚だ。そんな男に囲われても、後悔するだけだぞ!」
「ご忠告ありがとよ、アンタ」

 赤くなった手の甲を擦りながら捨て台詞を吐く男にコレットは背を向け、手を振りながら部屋を出て行く。その顔からは笑顔が消え、コレットは顔を顰めながら小さく呟いた。

「私がペドロなんかに身を委ねるわけが、ないだろ。私はもう、身も心も旦那様のモノなんだ」

 何にせよ、期待以上の成果が得られた。後は今の情報をカルロスに伝え、南街道を捜索してもらえば、ペドロの居場所はすぐに判明する。コレットは一瞬で気持ちを切り替えて顔を上げ、ギルドハウスの扉を開ける。

「ミゲル、聞こえたかい?ペドロの居場所のアタリが付いた。後はカルロスさんに虱潰しにしてもらえば、すぐに特定できるよ」

 コレットは壁際に佇むミゲルの許へ歩み寄ると、ミゲルの腕を取ってしがみ付く。そして、ミゲルから成功報酬を受け取るかのように二の腕に頬ずりすると、二人はカルロスの館に向かって歩き出した。
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