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第7章 サーリア
114:木漏れ日の下で
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シモンはそれまで、ライバルの存在を考えていなかった。
彼女は絶世とも言える美貌と完璧なプロポーションを持ち、そこにA級ハンターの実力と誇り高い銀狼の品位が加わった結果、ラ・セリエやレセナでは、生半可な者では近づく事もできないほどの灼熱の輝きを放っていた。男達は勿論、妙齢の女性達でさえも遠くから彼女を眺め、溜息をつく事しかできなかった。
一方柊也は、しがないD級ハンターで隻腕というハンデ、そしてシモンのポーターと言う立場が悪い方に働き、レセナでは浮いた存在になっていた。しかも柊也自身もそれを是正しようとせず、周囲と積極的に関わろうとしなかったため、シモンがいない時の柊也は、常に独りだった。シモンはそれを見て安心し、自身に群がる有象無象を蹴散らしながら、柊也の隣を独占していた。
北伐の地で孤立してセレーネが仲間に加わった時、シモンの心に小さな漣が立ったが、じきにそれは鎮まった。セレーネは年齢こそシモンや柊也より遥かに年上だったが、その容姿は少女そのものだった。自分とは守備範囲が正反対。獣人社会では一夫多妻が普通で、シモンもそれが当たり前と考えていたため、柊也の隣にセレーネが付くようになっても危機感は持たなかった。セレーネとは棲み分けができる。セレーネとは別の縄張りを私が独占すればいい。やがて、セレーネが自分の姉になった事でシモンはセレーネを受け入れ、柊也とセレーネの三人で幸せになれれば良いと考えるようになった。
雲行きが怪しくなったのは、ティグリの森に着いた後からだった。セレーネを生還させた柊也はエルフ達に歓迎され、やがて彼の智謀により西誅軍が撃退された事で、大勢の女性から多くの感謝と密やかな好意を受けるようになった。彼女達エルフは皆容姿端麗で、セレーネよりずっと長い年月を生きたその姿はシモンに迫る美しさと艶やかさを備え、自分の守備範囲と明らかにダブっている事に気づいた彼女は、大いに慌てる。
極め付きは、ナディアだった。清純と母性が絶妙に混ざり合い、禁断のスパイスが加わったナディアは柊也にとってドツボだったようで、ナディアの一挙一動に柊也は悉く撃ち抜かれ、そんな柊也を見たシモンの心臓まで穴だらけになった。彼女は内心で父親を取られまいと必死になり、ことある事に柊也を己の尻尾で引っ叩き、自己を主張した。
そこに、コレットの出現である。シモンは様々な点でコレットを上回っていたが、ただ一点、「妖艶」という点ではコレットに大きく水をあけられていた。しかも彼女は人族であり、異世界人である柊也に最も容姿が近い。日頃は自慢の、尖った耳や長い尻尾が、異種族間の外見的相違という劣等感へと変わり、「年下」はすでにセレーネに奪われている。ここで、残された「年上」をコレットに奪われたら…。
退路を断たれた彼女は狼狽し、恥も外聞も成算もないまま、自分の縄張りを取り返そうと躍起になった結果 ―――。
「トウヤ、アンタ凄いよ。何をどうやったら、あのシモンを、此処まで誑し込めるんだい?」
「…」
コレットの呆れにも似た賞賛を真っ向から受け、柊也は黙り込む。本当は指で頬を掻いて誤魔化したいところだったが、左腕はすでに抑え込まれ、顔に手を持って行く事ができなかった。
柊也を挟んでコレットの反対側には、シモンが座り込んでいた。彼女は柊也の左腕を抱え込み、目に涙を浮かべながら、コレットを威嚇している。それはまるで、父親を尻軽女に奪われまいと必死に抵抗する、娘そのもの。コレットに最大の黒歴史を見られ、ダークサイドに堕ちてしまったシモンに、もはや恐いものは何もなかった。
そんなシモンを珍獣の様に眺めていたコレットが、柊也の方を向いて、感謝の言葉を述べる。
「…まあ、だいぶキャラが変わっちまったようだが、それでも彼女が無事でいた事は、本当に嬉しいよ。それもこれも、みんなアンタのおかげだ。トウヤ、シモンを救ってくれて、本当にありがとう」
コレットに頭を下げられた柊也は、頭を振り、否定する。
「いや、コレットさん。俺が彼女を見捨てなかったのは、何よりも自分のためだ。あの時彼女を見捨てていたら、きっと俺は自分を許せない。だから、踏み止まっただけだ。あんたが思っているほど、高邁な理由で彼女を助けたわけじゃない」
頑なに評価を否定する柊也に、コレットは苦笑する。
「いいんだよ、アンタが自分のした事をどう思っているかなんて。私が礼を言いたいのは、シモンを救ってくれた事で、私も救われたからだよ。自分が救われた事に対して礼を言うのは、当然だろう?」
そう言うと、コレットは柊也に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「シモンに飽きたら、私のトコにおいで。1回くらいなら、タダで相手してあげるからさ」
「駄目だ!トウヤは渡さない!」
シモンは柊也をコレットから引き剥がし、柊也の頭を抱え込んでコレットを睨み付ける。柊也の頭はシモンの腕と胸の間に埋もれ、仰向けに倒れ込んでコレットから見えなくなった。そんな柊也の胸板にコレットが繰り返し手を伸ばし、その都度シモンに叩き落されながら、柊也に尋ねた。
「そう言えばトウヤ、ジルを見かけなかったか?アイツも西誅軍に参加していたんだが」
「…あー」
シモンの腕の下で柊也はくぐもった声を上げ、コレットが訝し気に眉を上げる。言葉を続けたのは、シモンだった。
「…ジルは、死んだよ。私がトドメを刺した。彼は最後まで、私が本物だとは認めなかったよ」
「…そう」
コレットの目の前でシモンは両腕を前に伸ばし、柊也を抑え込む様な格好で前屈みになる。シモンが姿勢を変えた事で柊也の頭がシモンの胸の下に潜り込み、下乳の生き埋めになった。悔んではいないものの、心の晴れないシモンを、コレットが慰めた。
「気にするな、シモン。自業自得だ。アイツは西誅の熱気に当てられ、他の連中と一緒に此処で好き勝手やっていたんだ。自分の身に危険が迫ってから被害者ぶるのは、お門違いってもんさ」
「ああ…」
コレットの言葉に同意するものの、シモンの表情は変わらない。コレットも慰め一つで解決するとは思っておらず、後はシモン本人に任せて、この話を打ち切った。シモンの肉厚な暖簾を掻き分けて顔を覗かせた柊也が、話に割り込んだ。
「そう言えばコレットさん、あんた今、捕虜だったな。何だったら、俺が口利きしようか?今ならあんたを解放して、ラ・セリエに帰還させる事もできると思うが」
「あ、いいよいいよ、このままで」
コレットは手を横に振り、柊也の申し出を断る。目の前で当然のように乳繰り合う二人を呆れるように見ながら、コレットは言葉を続ける。
「私は今回の件で、人族の自分勝手さにほとほと愛想が尽きたよ。とは言っても、私も同罪だがね。私が今アンタ達と会話していられるのは、アイツらのお陰さね」
そう言うとコレットは横を向き、双子に対して手招きをした。
「コレットさん、お話終わったの?…わぷ!」
「あ、モニカだけずるい!コレットさん、私も!」
駆け寄ってきたモニカを、コレットはシモンに負けじと胸元に抱え込み、下乳の下敷きにする。自分の下で場所の取り合いを始める双子を眺めながら、コレットは独語した。
「だから私は、当分の間、この子達と一緒に居るよ。この子達にとって、人族の寿命なんて一瞬だ。だったら、この子達の大切なものを奪った償いに、その一瞬だけでも楽しい時間を返してあげたいんだ」
「そうか…なら、いいんだ」
「え?戻っちゃうの?トウヤ」
コレットにしては珍しい、慈しみの笑みを見た柊也は納得し、暖簾を下げて再び生き埋めになる。そのあまりに自然な動作に、暖簾の持ち主が目を瞬く。
そのまま、広場に差し込む木漏れ日の下で、五人は束の間の日向ぼっこを楽しんでいた。
彼女は絶世とも言える美貌と完璧なプロポーションを持ち、そこにA級ハンターの実力と誇り高い銀狼の品位が加わった結果、ラ・セリエやレセナでは、生半可な者では近づく事もできないほどの灼熱の輝きを放っていた。男達は勿論、妙齢の女性達でさえも遠くから彼女を眺め、溜息をつく事しかできなかった。
一方柊也は、しがないD級ハンターで隻腕というハンデ、そしてシモンのポーターと言う立場が悪い方に働き、レセナでは浮いた存在になっていた。しかも柊也自身もそれを是正しようとせず、周囲と積極的に関わろうとしなかったため、シモンがいない時の柊也は、常に独りだった。シモンはそれを見て安心し、自身に群がる有象無象を蹴散らしながら、柊也の隣を独占していた。
北伐の地で孤立してセレーネが仲間に加わった時、シモンの心に小さな漣が立ったが、じきにそれは鎮まった。セレーネは年齢こそシモンや柊也より遥かに年上だったが、その容姿は少女そのものだった。自分とは守備範囲が正反対。獣人社会では一夫多妻が普通で、シモンもそれが当たり前と考えていたため、柊也の隣にセレーネが付くようになっても危機感は持たなかった。セレーネとは棲み分けができる。セレーネとは別の縄張りを私が独占すればいい。やがて、セレーネが自分の姉になった事でシモンはセレーネを受け入れ、柊也とセレーネの三人で幸せになれれば良いと考えるようになった。
雲行きが怪しくなったのは、ティグリの森に着いた後からだった。セレーネを生還させた柊也はエルフ達に歓迎され、やがて彼の智謀により西誅軍が撃退された事で、大勢の女性から多くの感謝と密やかな好意を受けるようになった。彼女達エルフは皆容姿端麗で、セレーネよりずっと長い年月を生きたその姿はシモンに迫る美しさと艶やかさを備え、自分の守備範囲と明らかにダブっている事に気づいた彼女は、大いに慌てる。
極め付きは、ナディアだった。清純と母性が絶妙に混ざり合い、禁断のスパイスが加わったナディアは柊也にとってドツボだったようで、ナディアの一挙一動に柊也は悉く撃ち抜かれ、そんな柊也を見たシモンの心臓まで穴だらけになった。彼女は内心で父親を取られまいと必死になり、ことある事に柊也を己の尻尾で引っ叩き、自己を主張した。
そこに、コレットの出現である。シモンは様々な点でコレットを上回っていたが、ただ一点、「妖艶」という点ではコレットに大きく水をあけられていた。しかも彼女は人族であり、異世界人である柊也に最も容姿が近い。日頃は自慢の、尖った耳や長い尻尾が、異種族間の外見的相違という劣等感へと変わり、「年下」はすでにセレーネに奪われている。ここで、残された「年上」をコレットに奪われたら…。
退路を断たれた彼女は狼狽し、恥も外聞も成算もないまま、自分の縄張りを取り返そうと躍起になった結果 ―――。
「トウヤ、アンタ凄いよ。何をどうやったら、あのシモンを、此処まで誑し込めるんだい?」
「…」
コレットの呆れにも似た賞賛を真っ向から受け、柊也は黙り込む。本当は指で頬を掻いて誤魔化したいところだったが、左腕はすでに抑え込まれ、顔に手を持って行く事ができなかった。
柊也を挟んでコレットの反対側には、シモンが座り込んでいた。彼女は柊也の左腕を抱え込み、目に涙を浮かべながら、コレットを威嚇している。それはまるで、父親を尻軽女に奪われまいと必死に抵抗する、娘そのもの。コレットに最大の黒歴史を見られ、ダークサイドに堕ちてしまったシモンに、もはや恐いものは何もなかった。
そんなシモンを珍獣の様に眺めていたコレットが、柊也の方を向いて、感謝の言葉を述べる。
「…まあ、だいぶキャラが変わっちまったようだが、それでも彼女が無事でいた事は、本当に嬉しいよ。それもこれも、みんなアンタのおかげだ。トウヤ、シモンを救ってくれて、本当にありがとう」
コレットに頭を下げられた柊也は、頭を振り、否定する。
「いや、コレットさん。俺が彼女を見捨てなかったのは、何よりも自分のためだ。あの時彼女を見捨てていたら、きっと俺は自分を許せない。だから、踏み止まっただけだ。あんたが思っているほど、高邁な理由で彼女を助けたわけじゃない」
頑なに評価を否定する柊也に、コレットは苦笑する。
「いいんだよ、アンタが自分のした事をどう思っているかなんて。私が礼を言いたいのは、シモンを救ってくれた事で、私も救われたからだよ。自分が救われた事に対して礼を言うのは、当然だろう?」
そう言うと、コレットは柊也に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「シモンに飽きたら、私のトコにおいで。1回くらいなら、タダで相手してあげるからさ」
「駄目だ!トウヤは渡さない!」
シモンは柊也をコレットから引き剥がし、柊也の頭を抱え込んでコレットを睨み付ける。柊也の頭はシモンの腕と胸の間に埋もれ、仰向けに倒れ込んでコレットから見えなくなった。そんな柊也の胸板にコレットが繰り返し手を伸ばし、その都度シモンに叩き落されながら、柊也に尋ねた。
「そう言えばトウヤ、ジルを見かけなかったか?アイツも西誅軍に参加していたんだが」
「…あー」
シモンの腕の下で柊也はくぐもった声を上げ、コレットが訝し気に眉を上げる。言葉を続けたのは、シモンだった。
「…ジルは、死んだよ。私がトドメを刺した。彼は最後まで、私が本物だとは認めなかったよ」
「…そう」
コレットの目の前でシモンは両腕を前に伸ばし、柊也を抑え込む様な格好で前屈みになる。シモンが姿勢を変えた事で柊也の頭がシモンの胸の下に潜り込み、下乳の生き埋めになった。悔んではいないものの、心の晴れないシモンを、コレットが慰めた。
「気にするな、シモン。自業自得だ。アイツは西誅の熱気に当てられ、他の連中と一緒に此処で好き勝手やっていたんだ。自分の身に危険が迫ってから被害者ぶるのは、お門違いってもんさ」
「ああ…」
コレットの言葉に同意するものの、シモンの表情は変わらない。コレットも慰め一つで解決するとは思っておらず、後はシモン本人に任せて、この話を打ち切った。シモンの肉厚な暖簾を掻き分けて顔を覗かせた柊也が、話に割り込んだ。
「そう言えばコレットさん、あんた今、捕虜だったな。何だったら、俺が口利きしようか?今ならあんたを解放して、ラ・セリエに帰還させる事もできると思うが」
「あ、いいよいいよ、このままで」
コレットは手を横に振り、柊也の申し出を断る。目の前で当然のように乳繰り合う二人を呆れるように見ながら、コレットは言葉を続ける。
「私は今回の件で、人族の自分勝手さにほとほと愛想が尽きたよ。とは言っても、私も同罪だがね。私が今アンタ達と会話していられるのは、アイツらのお陰さね」
そう言うとコレットは横を向き、双子に対して手招きをした。
「コレットさん、お話終わったの?…わぷ!」
「あ、モニカだけずるい!コレットさん、私も!」
駆け寄ってきたモニカを、コレットはシモンに負けじと胸元に抱え込み、下乳の下敷きにする。自分の下で場所の取り合いを始める双子を眺めながら、コレットは独語した。
「だから私は、当分の間、この子達と一緒に居るよ。この子達にとって、人族の寿命なんて一瞬だ。だったら、この子達の大切なものを奪った償いに、その一瞬だけでも楽しい時間を返してあげたいんだ」
「そうか…なら、いいんだ」
「え?戻っちゃうの?トウヤ」
コレットにしては珍しい、慈しみの笑みを見た柊也は納得し、暖簾を下げて再び生き埋めになる。そのあまりに自然な動作に、暖簾の持ち主が目を瞬く。
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