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第4章 北伐
61:北伐軍別動隊
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2mを越えるハヌマーンが剣を振り上げ、シモン目掛けて振り下ろす。それに対しシモンは、冷静に軌道を読んでバックステップで体を引くと、その手前を鋳鉄の大剣が上から下に通り過ぎる。
直後、振り下ろした体勢となり、頭が下がったハヌマーンの喉に、シモンの踵が突き刺さる。首の骨が折れ仰け反ったハヌマーンの側頭部を今度は回し蹴りが襲い、ハヌマーンは頭を真横に折ったまま、地面に斃れ込んだ。
「トウヤ!今、一体何が起きたんだ!?」
斃れたハヌマーンには目もくれず、シモンは背後に佇む柊也へ問いかける。柊也はそれにはすぐに答えず、先ほど前方を横切った赤い柱が引いた一本の焼け跡を眺めている。
「わからんが…、上から何者かがファイアブレスを掃射したみたいだ」
「なっ!?そんな馬鹿なっ!」
驚愕の面持ちをしながらシモンは「疾風」で左へ跳ぶと、左から襲い掛かろうとしていたハヌマーンの鳩尾に、「防壁」で硬化した拳を叩き込む。思わず前のめりになるハヌマーンの頭を蹴り落として横転させると、そのまま喉を踏み抜き、またもや首の骨を砕いた。
シモンは辺りを警戒しながら後退し、柊也への質問を続ける。
「空を飛び、あれだけのブレスを吐く魔物など、聞いた事がない。君はその様な存在を知っているのか!?」
「いや、全く。魔物に関しては、シモンの方が詳しいはずだぞ」
北伐軍が正体不明の魔物からブレスを浴びた時、柊也とシモンは北伐軍の最左翼でハヌマーンと戦っていた。「疾風」を持ち行動範囲が広いシモンは、迂回しようとするハヌマーンの迎撃を買って出て、片っ端から叩き落す。柊也はその姿を後方で眺めつつ、ところどころで「ロックジャベリン」を射出し、味方を支援していた。専属ポーターである柊也は本来戦う義務はないが、ハヌマーンはその様な事情を知らず、人族皆平等に襲い掛かって来るので、柊也も防戦に携わざるを得なかった。
柊也は自分の手前に一本のストーンウォールを立て、その影に隠れていた。ハヌマーンの突進を防ぐための盾替わりと、友軍に気づかれないよう右腕の力を使うための隠れ蓑である。右腕の力を大っぴらにしたくない柊也は左手にスタンガン、右手にサイレンサー付きの拳銃を隠し持ち、魔法が間に合わない場合には、この二つでハヌマーンに対処していた。柊也の周りには常にシモンが張り付き、「疾風」で跳び出して1頭仕留めると柊也の許に戻り、周囲を固めるという往復運動を繰り返している。
そうやって友軍の中で戦闘を継続していた二人だったが、突然斜め前方で戦う味方に炎の柱が襲い掛かる。炎の柱は右から左前方へと駆け抜け、後には多数の敵味方が炎を噴き上げ、のた打ち回っていた。
「くそ、押し込まれている!」
シモンが苦々しく舌打ちをする。ブレスの掃射による被害は、味方の方が多い。その上、人族はブレスに慄き動揺しているが、ハヌマーン達は意に介さず狂信的な特攻を継続している。その結果、ハヌマーンは北伐軍の隙につけ込んだ形となり、人族は次々にハヌマーンの群れに飲み込まれ、沈んでいった。
「トウヤ!どうする!?」
また1頭、ハヌマーンを蹴り殺したシモンは柊也の前に立ち、問いかける。右後方でまた一本、炎の柱が北伐軍を縦断し、ハヌマーンが北伐軍を押し込む姿が見える。二人の右側で戦っていたハンターが斃れ、ハンターを殺害したハヌマーンの頭に柊也が銃弾を撃ち込んだ。
「駄目だな、こりゃ」
柊也はあっさり現状の打開を諦め、シモンに答える。
「シモン、ここまでだ。これ以上北伐に付き合っていても、あの乱戦に巻き込まれるだけで意味がない。北伐から離脱する。一旦北西方向に引こう」
「わかった。トウヤ、私に掴まれ」
柊也の言葉にシモンは頷き、柊也を横抱きに抱え上げると、そのまま「疾風」を発動して北西方向へと逃走する。普通であれば、周囲を魔物に囲まれ、仲間や食料の支援もなくなる北伐の地での離脱は狂気の沙汰だが、柊也の言葉が絶対のシモンは意に介さず、彼の指示に従う。二人の逃走を見たハヌマーン達は追いかけようとするが、「疾風」により瞬く間に距離が開くと追撃を諦め、北伐軍中央へと向かった。
***
3分程「疾風」を発動して乱戦から離脱した二人は、やがて開けた広場へと出る。樹々は相変わらず空を覆っているが、地面に生える草は低く、身を隠す場所がない。ハヌマーンの奇襲の危険から一旦解放された二人は大樹に寄り掛かり、辺りを警戒しながら、今後について話し合った。
「帰り道は南西だが、あの通り渋滞ができてしまった。やむを得ないがこのままもう少し北西へと向かおう。あの密林は、流石に奇襲を受ける危険が拭えないからな。せめて視界が開けたところを通って、西へと向かいたい」
「わかった。どうしても茂みがある所は、私が抱え上げて『疾風』で駆け抜けよう。1時間くらいならもつぞ」
「それは、なるべくやりたくないんだが…。何処までも茂みが続くようなら、やむを得ないか…」
これから、どれくらいかかるかわからない逃避行となるのに、冒頭からシモンを疲労させたくない。そう思った柊也は溜息をついたが、そこでシモンに止められる。
「トウヤ、静かに。何か来る」
「…」
鋭敏な獣人の聴覚が何かを捉えたのだろう、シモンは南に目を向けたまま、じっと動かない。柊也も南の方向の茂みを見つめる。
そのうち、この不穏な状況に似つかわしくない叫び声が聞こえてきた。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!もう勘弁してぇぇぇぇぇぇぇぇ!もう駄目、もう走れないよぉぉぉぉぉ!」
「…」
場違いな罰ゲームの嘆き声を聞き、柊也とシモンは顔を見合わせる。女性の叫び声は段々と大きくなってくる。どうも真っ直ぐこちらに向かって来ているようだ。
やがて南方向の草むらがガサゴソと揺れると、一人の女性が二人の前に駆け込んで来た。
「…あぁぁっ!人族の人達!」
二人の姿を見たエルフの女性は安堵の声を上げ、二人の前に辿り着くと膝から崩れ落ちる様に座り込む。その姿は、あちらこちらにかすり傷を負い、頭や肩に木の葉や木の枝が纏わりついていたが、シモンと拮抗するほどの、類まれな美しく整った顔立ちだった。シモンに比べると未だあどけなさが残るが、少女から女性へと移り変わる狭間の、両方の魅力が溢れ出ている。
その顔を見た柊也は一瞬動きを止めるが、シモンは意に介さず、そのままエルフの脇を駆け抜ける。そして、続けて藪の中から飛び出してきたハヌマーンの鳩尾に正拳を叩き込むと、そのまま首の骨を折り、更に踏み砕いて絶命させた。
「ああっ!獣人さん、ありがとう!助かったぁぁぁぁぁ!」
「いや、まだだろ」
座り込んだまま後ろを向いてシモンに礼を述べるエルフに対し、シモンは警戒をしながら冷静に指摘する。シモンは、南の茂みから距離を取るように後ろへと下がり、茂みの中から大勢の喚声が聞こえて来た。
「#@\&&%□□ □×&&+$!」
「@& $$=++□#!」
「ああぁぁぁ!まだ来る!もう無理、走れない!」
絶望の割にはやけに明るい声を上げるエルフに対し、柊也が質問した。
「おい、あんた、ハヌマーンの数はどれくらいだ?」
質問を耳にしたエルフは、柊也の顔を見て気楽に答える。
「えぇと、100くらい」
「おい」
何というトレイン。何というMPK。無邪気な顔でのたまったエルフに、柊也はツッコミを入れる。
「どうする、トウヤ。コレ、捨てていくか?」
「嫌!止めて!私を捨てていかないで!」
シモンとエルフの昼ドラの様なやり取りを聞いて柊也は溜息をつき、エルフに向かって要求した。
「おい、あんた。これから目にするものは、全て他言無用。墓穴まで黙って持って行く。それをサーリアに誓え。そしたら、助けてやる」
「え、サーリア様に…?」
柊也の話を聞いたエルフは、目を見開く。
サーリアの誓い。
それは獣人族における「牙の誓い」と同じ、エルフにとって命を賭けて守るべき、最も神聖な誓いだった。この世界で読んだ書物でそれを知っていた柊也は、それをエルフに強要したのだ。
「早くしろ。もうすぐハヌマーンが来る。このままだと賭けるべき命もなくなるぞ?」
「%%〇 #$!」
「%%〇 #$!」
柊也の言葉を裏付ける様に、ハヌマーン達の声が大きくなる。進退窮まったエルフは涙を浮かべ、嘆くように誓いを口にした。
「わ、わかりました!私、ティグリ族 族長グラシアノの娘 セレーネは、この後目にすることの全てを死ぬまで口外せず隠し通す事を、サーリア様に誓います!」
「よく言った。そのまま後ろに下がっていろ。シモン、撃ち漏らしを頼む」
「了解した」
エルフの女性、セレーネから言質を取った柊也は、セレーネを下がらせると、右手でM4カービンと予備弾倉を取り出しシモンへと渡す。そして、自分用にもう1丁取り出した。
「え?え?」
何もないところからいきなり出現したM4カービンに、セレーネは目を白黒させる。そのセレーネを無視して柊也は銃を構えると、そのまま茂みに向かって一斉掃射を開始した。カービンが咆哮し、空薬莢が立て続けに飛び散る。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
初めて聞く自動小銃の連射音にセレーネは驚き、耳を塞ぐ。茂みの向こうから、何頭ものハヌマーンの悲鳴が聞こえて来る。
瞬く間に弾を撃ちつくした柊也は銃を脇に投げ捨て、もう1丁取り出す。その間に近づいてきたハヌマーンは、シモンが続けて掃射して一掃する。
「くそ、きりがないな…」
後から後から飛び出し、茂みの向こうから雄叫びをあげるハヌマーン達を見て、2丁目を撃ちっぱなしながら柊也は独り言ちる。そして左手で腰の辺りを弄ると、ベルトに吊り下げた3本の金属の棒を持ち、一つ一つ指でボタンを押していった。
「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」
「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」
「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」
「え?え?」
3本の金属の棒から柊也の声が聞こえ、各々が詠唱を始める。その声を聞いたセレーネは、座り込んだまま呆然と柊也を見上げた。
ボイスレコーダー。
柊也はボイスレコーダーの再生でも詠唱に有効な事を知り、手数が足らない時のために予め指定した魔法を録音しておいたのだ。
M4カービンの咆哮を続ける柊也の頭上に、9個の火球が現れる。そして、柊也の視線に導かれるように森の中に吸い込まれると、茂みの向こうで燃え上がり、何頭ものハヌマーンがのたうちまわった。
やがて、都合14丁のカービンを撃ちっぱなした柊也は、15丁目を構えたまま、様子を窺う。辺りは呻き声と燃えさかる木の幹の音だけが聞こえ、五体満足なハヌマーンは一頭もいない様子だった。柊也は銃を下ろし、シモンへと声をかける。
「あー、手が震える。シモン、警戒しておいてくれ」
「わかった」
15丁目のカービンを肩から下げ、小刻みに震える左手を見ながら、柊也はセレーネへと振り返った。シモンはその後ろで南の茂みを見ながら、カービンを両手で持っている。銃口は下を向いているが、トリガーには右人差し指を添えたままだ。
「…い、今のは一体、何ですか…?」
セレーネは座り込んだまま、恐る恐る柊也へと聞く。その問いを聞いた柊也は、視線を自分の手からセレーネへと移し、口を開いた。
「話が長くなるから、それは後にしよう。俺の名はトウヤ。彼女の名はシモンだ。あんたは?」
「セ、セレーネです…」
「セレーネか。よろしく。で、早速だが、今後の話をしよう」
「あ、はい」
そう言うと柊也はしゃがみ込み、セレーネと同じ高さに目線を落とす。
「俺達はこのまま北伐軍から離脱し、二人だけでセント=ヌーヴェルへの帰還を目指す。あんたもついて来て構わないが、北伐軍への合流を望むのであれば、それには付き合えない。その場合は、ここでお別れだ」
「え…?」
柊也からの説明を聞き、セレーネは顔を強張らせる。それは当然だ。周りを魔物達に取り囲まれ、2人とも軽装にも関わらず、単独で踏破しようと言うのだ。
「で、でも周りに魔物がたくさんいますよ?食料だって、最低1ヶ月は必要になります。どうやって生きていくんですか?」
「食料については伝手があってね、どうにかなる。魔物についても、さっき見せた通りだ。俺としては、北伐軍の中でアレを見せるつもりがないんでね、むしろ単独行動の方が生き残りやすいんだ」
柊也の言葉を聞いても、セレーネは半信半疑の眼差しを向ける。まあ、仕方ないな。そう柊也は内心で結論付け、立ち上がってセレーネを見下ろす。
「まあ、信じられないのも理解できるがな…。で、どうする?」
「それは、選択になっていませんよ…」
問いかけられたセレーネは溜息をつき、柊也を見上げる。柊也の説明に納得したわけではないが、彼女の取り得る選択肢は一つしかなかった。
「独りで北伐軍には戻れませんから。私も連れて行って下さい」
「そうか。わかった」
セレーネの了承を得た柊也は頷き、腰を屈めると左手を差し出す。セレーネはその手を取ると、立ち上がりながら言葉を続けた。
「それでは、改めてご挨拶を。ティグリ族 族長グラシアノの娘、セレーネです。トウヤさん、シモンさん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「よろしく」
柊也は握手をしながら首を縦に振り、シモンも警戒を続けながら横目で見て頷く。それを見たセレーネは、照れくさそうに口を結び、小さく顎を引く。
セント=ヌーヴェル北伐軍の、小さな小さな別動隊が、ここに結成された。
直後、振り下ろした体勢となり、頭が下がったハヌマーンの喉に、シモンの踵が突き刺さる。首の骨が折れ仰け反ったハヌマーンの側頭部を今度は回し蹴りが襲い、ハヌマーンは頭を真横に折ったまま、地面に斃れ込んだ。
「トウヤ!今、一体何が起きたんだ!?」
斃れたハヌマーンには目もくれず、シモンは背後に佇む柊也へ問いかける。柊也はそれにはすぐに答えず、先ほど前方を横切った赤い柱が引いた一本の焼け跡を眺めている。
「わからんが…、上から何者かがファイアブレスを掃射したみたいだ」
「なっ!?そんな馬鹿なっ!」
驚愕の面持ちをしながらシモンは「疾風」で左へ跳ぶと、左から襲い掛かろうとしていたハヌマーンの鳩尾に、「防壁」で硬化した拳を叩き込む。思わず前のめりになるハヌマーンの頭を蹴り落として横転させると、そのまま喉を踏み抜き、またもや首の骨を砕いた。
シモンは辺りを警戒しながら後退し、柊也への質問を続ける。
「空を飛び、あれだけのブレスを吐く魔物など、聞いた事がない。君はその様な存在を知っているのか!?」
「いや、全く。魔物に関しては、シモンの方が詳しいはずだぞ」
北伐軍が正体不明の魔物からブレスを浴びた時、柊也とシモンは北伐軍の最左翼でハヌマーンと戦っていた。「疾風」を持ち行動範囲が広いシモンは、迂回しようとするハヌマーンの迎撃を買って出て、片っ端から叩き落す。柊也はその姿を後方で眺めつつ、ところどころで「ロックジャベリン」を射出し、味方を支援していた。専属ポーターである柊也は本来戦う義務はないが、ハヌマーンはその様な事情を知らず、人族皆平等に襲い掛かって来るので、柊也も防戦に携わざるを得なかった。
柊也は自分の手前に一本のストーンウォールを立て、その影に隠れていた。ハヌマーンの突進を防ぐための盾替わりと、友軍に気づかれないよう右腕の力を使うための隠れ蓑である。右腕の力を大っぴらにしたくない柊也は左手にスタンガン、右手にサイレンサー付きの拳銃を隠し持ち、魔法が間に合わない場合には、この二つでハヌマーンに対処していた。柊也の周りには常にシモンが張り付き、「疾風」で跳び出して1頭仕留めると柊也の許に戻り、周囲を固めるという往復運動を繰り返している。
そうやって友軍の中で戦闘を継続していた二人だったが、突然斜め前方で戦う味方に炎の柱が襲い掛かる。炎の柱は右から左前方へと駆け抜け、後には多数の敵味方が炎を噴き上げ、のた打ち回っていた。
「くそ、押し込まれている!」
シモンが苦々しく舌打ちをする。ブレスの掃射による被害は、味方の方が多い。その上、人族はブレスに慄き動揺しているが、ハヌマーン達は意に介さず狂信的な特攻を継続している。その結果、ハヌマーンは北伐軍の隙につけ込んだ形となり、人族は次々にハヌマーンの群れに飲み込まれ、沈んでいった。
「トウヤ!どうする!?」
また1頭、ハヌマーンを蹴り殺したシモンは柊也の前に立ち、問いかける。右後方でまた一本、炎の柱が北伐軍を縦断し、ハヌマーンが北伐軍を押し込む姿が見える。二人の右側で戦っていたハンターが斃れ、ハンターを殺害したハヌマーンの頭に柊也が銃弾を撃ち込んだ。
「駄目だな、こりゃ」
柊也はあっさり現状の打開を諦め、シモンに答える。
「シモン、ここまでだ。これ以上北伐に付き合っていても、あの乱戦に巻き込まれるだけで意味がない。北伐から離脱する。一旦北西方向に引こう」
「わかった。トウヤ、私に掴まれ」
柊也の言葉にシモンは頷き、柊也を横抱きに抱え上げると、そのまま「疾風」を発動して北西方向へと逃走する。普通であれば、周囲を魔物に囲まれ、仲間や食料の支援もなくなる北伐の地での離脱は狂気の沙汰だが、柊也の言葉が絶対のシモンは意に介さず、彼の指示に従う。二人の逃走を見たハヌマーン達は追いかけようとするが、「疾風」により瞬く間に距離が開くと追撃を諦め、北伐軍中央へと向かった。
***
3分程「疾風」を発動して乱戦から離脱した二人は、やがて開けた広場へと出る。樹々は相変わらず空を覆っているが、地面に生える草は低く、身を隠す場所がない。ハヌマーンの奇襲の危険から一旦解放された二人は大樹に寄り掛かり、辺りを警戒しながら、今後について話し合った。
「帰り道は南西だが、あの通り渋滞ができてしまった。やむを得ないがこのままもう少し北西へと向かおう。あの密林は、流石に奇襲を受ける危険が拭えないからな。せめて視界が開けたところを通って、西へと向かいたい」
「わかった。どうしても茂みがある所は、私が抱え上げて『疾風』で駆け抜けよう。1時間くらいならもつぞ」
「それは、なるべくやりたくないんだが…。何処までも茂みが続くようなら、やむを得ないか…」
これから、どれくらいかかるかわからない逃避行となるのに、冒頭からシモンを疲労させたくない。そう思った柊也は溜息をついたが、そこでシモンに止められる。
「トウヤ、静かに。何か来る」
「…」
鋭敏な獣人の聴覚が何かを捉えたのだろう、シモンは南に目を向けたまま、じっと動かない。柊也も南の方向の茂みを見つめる。
そのうち、この不穏な状況に似つかわしくない叫び声が聞こえてきた。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!もう勘弁してぇぇぇぇぇぇぇぇ!もう駄目、もう走れないよぉぉぉぉぉ!」
「…」
場違いな罰ゲームの嘆き声を聞き、柊也とシモンは顔を見合わせる。女性の叫び声は段々と大きくなってくる。どうも真っ直ぐこちらに向かって来ているようだ。
やがて南方向の草むらがガサゴソと揺れると、一人の女性が二人の前に駆け込んで来た。
「…あぁぁっ!人族の人達!」
二人の姿を見たエルフの女性は安堵の声を上げ、二人の前に辿り着くと膝から崩れ落ちる様に座り込む。その姿は、あちらこちらにかすり傷を負い、頭や肩に木の葉や木の枝が纏わりついていたが、シモンと拮抗するほどの、類まれな美しく整った顔立ちだった。シモンに比べると未だあどけなさが残るが、少女から女性へと移り変わる狭間の、両方の魅力が溢れ出ている。
その顔を見た柊也は一瞬動きを止めるが、シモンは意に介さず、そのままエルフの脇を駆け抜ける。そして、続けて藪の中から飛び出してきたハヌマーンの鳩尾に正拳を叩き込むと、そのまま首の骨を折り、更に踏み砕いて絶命させた。
「ああっ!獣人さん、ありがとう!助かったぁぁぁぁぁ!」
「いや、まだだろ」
座り込んだまま後ろを向いてシモンに礼を述べるエルフに対し、シモンは警戒をしながら冷静に指摘する。シモンは、南の茂みから距離を取るように後ろへと下がり、茂みの中から大勢の喚声が聞こえて来た。
「#@\&&%□□ □×&&+$!」
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「ああぁぁぁ!まだ来る!もう無理、走れない!」
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「おい、あんた、ハヌマーンの数はどれくらいだ?」
質問を耳にしたエルフは、柊也の顔を見て気楽に答える。
「えぇと、100くらい」
「おい」
何というトレイン。何というMPK。無邪気な顔でのたまったエルフに、柊也はツッコミを入れる。
「どうする、トウヤ。コレ、捨てていくか?」
「嫌!止めて!私を捨てていかないで!」
シモンとエルフの昼ドラの様なやり取りを聞いて柊也は溜息をつき、エルフに向かって要求した。
「おい、あんた。これから目にするものは、全て他言無用。墓穴まで黙って持って行く。それをサーリアに誓え。そしたら、助けてやる」
「え、サーリア様に…?」
柊也の話を聞いたエルフは、目を見開く。
サーリアの誓い。
それは獣人族における「牙の誓い」と同じ、エルフにとって命を賭けて守るべき、最も神聖な誓いだった。この世界で読んだ書物でそれを知っていた柊也は、それをエルフに強要したのだ。
「早くしろ。もうすぐハヌマーンが来る。このままだと賭けるべき命もなくなるぞ?」
「%%〇 #$!」
「%%〇 #$!」
柊也の言葉を裏付ける様に、ハヌマーン達の声が大きくなる。進退窮まったエルフは涙を浮かべ、嘆くように誓いを口にした。
「わ、わかりました!私、ティグリ族 族長グラシアノの娘 セレーネは、この後目にすることの全てを死ぬまで口外せず隠し通す事を、サーリア様に誓います!」
「よく言った。そのまま後ろに下がっていろ。シモン、撃ち漏らしを頼む」
「了解した」
エルフの女性、セレーネから言質を取った柊也は、セレーネを下がらせると、右手でM4カービンと予備弾倉を取り出しシモンへと渡す。そして、自分用にもう1丁取り出した。
「え?え?」
何もないところからいきなり出現したM4カービンに、セレーネは目を白黒させる。そのセレーネを無視して柊也は銃を構えると、そのまま茂みに向かって一斉掃射を開始した。カービンが咆哮し、空薬莢が立て続けに飛び散る。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
初めて聞く自動小銃の連射音にセレーネは驚き、耳を塞ぐ。茂みの向こうから、何頭ものハヌマーンの悲鳴が聞こえて来る。
瞬く間に弾を撃ちつくした柊也は銃を脇に投げ捨て、もう1丁取り出す。その間に近づいてきたハヌマーンは、シモンが続けて掃射して一掃する。
「くそ、きりがないな…」
後から後から飛び出し、茂みの向こうから雄叫びをあげるハヌマーン達を見て、2丁目を撃ちっぱなしながら柊也は独り言ちる。そして左手で腰の辺りを弄ると、ベルトに吊り下げた3本の金属の棒を持ち、一つ一つ指でボタンを押していった。
「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」
「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」
「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」
「え?え?」
3本の金属の棒から柊也の声が聞こえ、各々が詠唱を始める。その声を聞いたセレーネは、座り込んだまま呆然と柊也を見上げた。
ボイスレコーダー。
柊也はボイスレコーダーの再生でも詠唱に有効な事を知り、手数が足らない時のために予め指定した魔法を録音しておいたのだ。
M4カービンの咆哮を続ける柊也の頭上に、9個の火球が現れる。そして、柊也の視線に導かれるように森の中に吸い込まれると、茂みの向こうで燃え上がり、何頭ものハヌマーンがのたうちまわった。
やがて、都合14丁のカービンを撃ちっぱなした柊也は、15丁目を構えたまま、様子を窺う。辺りは呻き声と燃えさかる木の幹の音だけが聞こえ、五体満足なハヌマーンは一頭もいない様子だった。柊也は銃を下ろし、シモンへと声をかける。
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「わかった」
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「…い、今のは一体、何ですか…?」
セレーネは座り込んだまま、恐る恐る柊也へと聞く。その問いを聞いた柊也は、視線を自分の手からセレーネへと移し、口を開いた。
「話が長くなるから、それは後にしよう。俺の名はトウヤ。彼女の名はシモンだ。あんたは?」
「セ、セレーネです…」
「セレーネか。よろしく。で、早速だが、今後の話をしよう」
「あ、はい」
そう言うと柊也はしゃがみ込み、セレーネと同じ高さに目線を落とす。
「俺達はこのまま北伐軍から離脱し、二人だけでセント=ヌーヴェルへの帰還を目指す。あんたもついて来て構わないが、北伐軍への合流を望むのであれば、それには付き合えない。その場合は、ここでお別れだ」
「え…?」
柊也からの説明を聞き、セレーネは顔を強張らせる。それは当然だ。周りを魔物達に取り囲まれ、2人とも軽装にも関わらず、単独で踏破しようと言うのだ。
「で、でも周りに魔物がたくさんいますよ?食料だって、最低1ヶ月は必要になります。どうやって生きていくんですか?」
「食料については伝手があってね、どうにかなる。魔物についても、さっき見せた通りだ。俺としては、北伐軍の中でアレを見せるつもりがないんでね、むしろ単独行動の方が生き残りやすいんだ」
柊也の言葉を聞いても、セレーネは半信半疑の眼差しを向ける。まあ、仕方ないな。そう柊也は内心で結論付け、立ち上がってセレーネを見下ろす。
「まあ、信じられないのも理解できるがな…。で、どうする?」
「それは、選択になっていませんよ…」
問いかけられたセレーネは溜息をつき、柊也を見上げる。柊也の説明に納得したわけではないが、彼女の取り得る選択肢は一つしかなかった。
「独りで北伐軍には戻れませんから。私も連れて行って下さい」
「そうか。わかった」
セレーネの了承を得た柊也は頷き、腰を屈めると左手を差し出す。セレーネはその手を取ると、立ち上がりながら言葉を続けた。
「それでは、改めてご挨拶を。ティグリ族 族長グラシアノの娘、セレーネです。トウヤさん、シモンさん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「よろしく」
柊也は握手をしながら首を縦に振り、シモンも警戒を続けながら横目で見て頷く。それを見たセレーネは、照れくさそうに口を結び、小さく顎を引く。
セント=ヌーヴェル北伐軍の、小さな小さな別動隊が、ここに結成された。
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