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第4章 北伐

59:出陣、カラディナ

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 カラディナ北伐軍が、北部の街ギヴンから出立したのは、ロザリアの第3月10日。エーデルシュタイン北伐軍の出立より5日早かった。ギヴンの街は、ラ・セリエより徒歩で3日ほど南東に位置する。ラ・セリエとギヴンの街の間にはレヴカ山が横たわり、レヴカ山の北にはコルカ山脈が連なる。ラ・セリエより南にあるギヴンの街が北伐の玄関口となっているのは、このコルカ山脈を避けるためであった。

 カラディナ北伐軍の総勢は、20,000。正規兵8,000、ハンター4,000、輜重8,000である。エーデルシュタインやセント=ヌーヴェルより正規兵が少ないのは、カラディナ南部に出没した魔物討伐に兵力を割かれているためであり、その代わり補給物資の拠出を申し出たため、輜重が多かった。

 正規兵が少ないためハヌマーンとの集団戦に不安要素があるが、これまでの北伐の経験で三国の集結地までの間ではハヌマーンとの大規模な戦いは勃発した事がなく、全て三国集結後に発生しているので、リスクは低い。また、ハンターは十分な数を揃えているので、ケルベロスを筆頭とする魔物達には十分に対応できると目論んでいた。

 実際その目論見は、集結地である湿原の手前までは通用する。北伐軍の数を警戒したのか、老獪なケルベロスは襲ってこず、ヘルハウンドやガルム、オーク等との小規模な遭遇戦が散発的に発生程度で、ほとんど損害も被らなかった。そして、カラディナ北伐軍はロザリアの第4月2日、湿原の南端へと到着する。

 しかしカラディナ北伐軍は、ここで荘園の主からの熱烈な歓迎を受け、這う這うの体で逃げ帰る事になる。北伐軍は湿原に顔を出す際、前後左右を厳重に警戒していたが、荘園の主の張り手は、上から降ってきたのだ。



 出会いは突然だった。

「ぐあぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃあああああああああ!」
「た、助けて!助けてくれぇ!」

 鬱蒼と茂る森の中、コレットは背後に突然出現した惨状に、唖然とする。彼ら兵士達はついさっきまで、自分達ハンターの内側という安全地帯にいたのだ。警戒の甲斐あって周囲には魔物の気配もなく、兵士達はハンターに囲まれ、陽の光が翳りを見せる中、整然と進軍していたのだ。そう、その翳りが落ちて来るまで。

 突然、空を覆う森の枝に穴が空き、赤い鱗に覆われた巨大な体が落ちてくる。巨大な体は鋭い爪と太い手足を持ち、四肢と腹から尾に伸びる長い胴体そのものを武器に、兵士達をまとめて押し潰す。そして長い首を伸ばして目の前の兵士3人に噛み付くと、そのまま顎を動かし噛み砕こうとする。しかし、鎧が煩わしかったのか、噛みかけのガムの様に3人の死体を吐き出すとすぐさま飛び上がり、そのまま空へと消えていった。後には踏み潰された兵士達がそこかしこに転がり、呻き声を上げている。

「…な、何だい、ありゃぁ…」

 コレットは、呆然とした顔で呟く。彼女の10年以上にも及ぶハンター生活の中でも、初めて見る魔物だった。そしてそれは、カラディナ北伐軍はおろか、全人族に共通して言える事だった。

 そもそも空を飛ぶ魔物、それ自体が相当限られる。有名な空の魔物と言えばアイスバードだが、せいぜい人の大きさの3倍程度の鳥の魔物で、アイスバレットを撃つ程度である。上空からアイスバレットを撃ちっ放して通り過ぎるその行動は確かに厄介だが、本体は大きな鳥というだけなので、魔術師はともかく、弓士であるコレットなら対応ができる。コレットの素質との相性も良く、当たれば相手はバランスを崩し、墜落するのだ。

 だが、今降りてきたのは無理だ。一目しか見えなかったが、あの鱗はどう見てもドラゴン系のものであり、コレットの矢は刺さりそうにない。そして刺さらなければ、素質は表面で爆発するだけで、何の役にも立たないのだ。

「コレット!無事か!?」
「あ、ああ、ジル。大丈夫だよ、…まだね」

 地響きを聞き駆け寄ってきたジルに、コレットは返事をする。ただ、今ので終わりとは考えなかった。きっと今のは、また襲ってくる。

「一体、何が起きた?」
「ああ、ジル。驚かないでおくれよ。…上からドラゴンが落ちてきた」
「はぁぁぁぁ!?」

 コレットの報告を聞いて、ジルは信じられない面持ちでコレットを見、そして顔の向きを変えて、惨状を見渡す。辺りには人が集まり、治癒魔法を用いた救急活動が行われている。

「ジル、空飛ぶドラゴンて、聞いた事なんてあるかい?」
「あるわけないだろう。あんなでかいのが空を飛んで来たら、それこそ世界の終わりだ」

 ジルが、事実の否定を願って言い切る。それはこの世界の人族に共通して言える事だった。現状、アースドラゴンの上位種であるロックドラゴン、それがS級の最高峰とも言えるが、あれは硬い分動きが鈍い。人族には勝てない相手だが、逃げ場があれば逃げる事だけはできるのだ。

 しかし、それが空を飛んで来たら、お手上げである。早さで負け、力で負け、重さと大きさと硬さも負ける。城壁も役に立たなくなる。しかも空にいる相手と戦う技術が、人族にはないのだ。

「どうするんだい?ジル」
「どうするもこうするも、…降りてきたところに群がるしかあるまいよ」

 周りが慌ただしく駆け回る中、コレットとジルが言葉を交わす。それはつまり、また誰かが踏み潰される事を意味した。しかも上空は木が生い茂り、相手が今どこにいるかも知れない。一発、思いっきり張り倒されてからしか戦いに持ち込めない、圧倒的に不利な状態だった。それでも、ジルは諦めない。ハンター達も諦めない。踏みつぶされるのが自分かもしれないが、とにかく相手が降りてくるのをひたすら待った。だが、それは徒労に終わる。結局、さっきので終わりだったのだ。

「なぁぁぁぁ!?」

 次に目にした情景に、ジルは唖然とする。突然、上から降ってきた赤い柱。それが、森の中を真っすぐに走り抜ける。そして、その通り過ぎた後には、燃え上がる立木と、火を纏ってのた打ち回る人と、彼らが振り撒く火の粉だけが残された。

 そして、しばらくすると離れた所で赤い柱が降り、その後に阿鼻叫喚の光景が残された。

 それを見たハンター達は一瞬お互いの顔を見やると、即座に駆け出す。ジルもコレットも同じだった。相手はもう降りてこない。ワンサイドゲームが確定した以上、とっととリングから下りる他に方法がなかった。



 ***

 彼は、嫌な臭いを頼りに南へと飛ぶ。そこには鬱蒼とした森が広がり、視界が利かない。しかし鋭敏な彼の鼻は、森の下にいる臭いの群れを探り当てる。相当な数だが、彼は気にしない。誰が大量のネズミや蟻の群れを見て怯えるだろうか。生理的嫌悪はあっても、それは死の危険を呼び起こすものではなかった。

 彼は鼻を頼りに群れの中心を探り、そこへ向かって急降下する。そして鬱蒼とした木々を突き破り、群れの上に覆いかぶさると、目の前にいた獲物を3匹ほど咥え上げ、一縷の望みを抱いて噛み砕いてみた。

 しかし、彼の期待は裏切られる。獲物の殻は硬く、肉は少ない。しかも金属質の小骨が歯の間に刺さり、容易に抜けなくなった。駄目だ、こいつら、食べるところがない。口の中に金属の破片が飛び散り、砂を食べている様な不快感に口から獲物を吐き出した彼は、再び宙へと舞い上がる。食べられないのであれば、早々に片付けるしかない。そう決めた彼は、一旦群れから離れると大きく旋回し、再度群れの上空へと飛翔する。そして、大きく口を開けると、森の上からブレスを掃射した。それは、掃除当番が嫌々ながら長い廊下を走ってモップがけするかのように森を大きく横切り、後には黒く焼けた道だけが残された。

 何度か彼が上空を旋回して森に黒い線を引きまくった結果、獲物はいつの間にかいなくなっていた。彼は上空を旋回して臭いの元がいなくなった事に満足すると、高度を上げ、北西へと向かう。彼にはもう一箇所、掃除をする場所が残っていた。



 ***

 結局、カラディナ北伐軍はほとんど戦いもできないまま壊乱し、敗走した。未知のドラゴンの空襲が軍の中央部を縦断した結果、正規兵と輜重に大きな被害が生じ、司令官が死亡した事で秩序だった行動もできなくなった。組織的抵抗ができなくなった北伐軍は思い思いの裁量に身を委ね、三々五々にカラディナへと引き返す。ドラゴンのブレスから逃れるために散り散りになったのはやむを得ない事だったが、それにより各人が孤立し、カラディナへと戻る途中で、今まで様子を見ていたケルベロスに襲われる者も続出した。

 結局出発地ギヴンへ戻れたのは、正規兵5,200、ハンター2,300、輜重800。特に、馬車のために小回りが利かない輜重は次々と脱落し、帰りの食料として敗残の兵達が死守したわずかな数の輜重だけが、生きながらえる事ができた。

 正規兵5,200のうち2,000は南下する魔物に備えるためにギヴンに暫く留め置かれ、食料の関係で残りの兵とハンター達は早々に解散となった。無事に生還したジルとコレットも、家路へと着く。コレットのもう一つの戦いも、何も得る事なく終わりを告げた。
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