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第1章 召喚

6:消えゆく陰

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 5日かけて検証した結果、結局、柊也は全ての属性魔法を使える事が判明した。

「ふぅ」

 一通り検証が終了し、柊也は大きく息をついた。

 魔法が判明した後、柊也は寝室に閉じ籠り内側から鍵をかけると、ひとつひとつ詠唱を繰り返して発動を確認した。

 現在、柊也と美香は王家の賓客として、王城内の一室をあてがわれている。寝室といえども広く、魔法の練習に支障はない。ただし、実際に射出して調度品に傷をつけるわけにもいかないので、試したのは、呼び出しと形状の指定、そしてキャンセルの3工程だけだ。

 射出を試していないため断言はできないが、3工程を見る限り、どうやら柊也の扱う魔法は、かなり自由度が高いようだ。中級魔法であるジャベリン系まで試したが、問題なく具現化できている。もっとも中級魔法以上となると魔力消費も激しく、キャンセルしているとは言えそう連発はできない。なお、上級魔法については、呼び出しだけで調度品に影響が出る恐れがあるため、試していない。

 この5日間の特訓で、柊也はかなり魔法を理解する事ができた。主だった詠唱もすでに記憶、あるいは詠唱に必要な文節の表現を理解しており、射出等の他工程に支障がなければ実際に使う事ができるようになっている。

「今日はここまでにするか」

 そう柊也は呟くと、寝室の扉を開け、隣接する執務室に移動する。そして呼び鈴を鳴らし、侍女を呼ぶ。

「何か御用でしょうか」
「ディークマイアー辺境伯令嬢に、先触れを頼む。後ほど美香とともにお伺いします、と」
「畏まりました」

 極めて事務的な態度の侍女に先触れを託すと、柊也は衣服を整え、美香の到着を待った。



 ***

「汝に命ずる。汝は螺旋を描く、炎の舞踊者なり。その四肢をもって彼の者の手を取り、抱き、共に舞え。さすれば彼の者は汝の熱き抱擁に心惑い、身を焦がすであろう」

 詠唱が終わると、案山子の周りから橙の光が立ち込め、直後に4本の炎が地面から噴き出す。それらは絡み合うように螺旋を描き、案山子を余すことなく包み隠す。

 1本の太い柱と化した炎はしばらくその場に立ち昇っていたが、やがて龍が天空に上るかのように弧を描くと、消え失せる。残されたのは、形の崩れた炭の塊だけだ。

 突然、背後から拍手が鳴り響き、美香とハインリヒは振り返る。そして歩み寄ってくる音の主を認めると、美香は背を正し、深々と一礼した。ハインリヒは、急いで膝をつく。

「気にするな、先触れせずに邪魔した私が悪いのだ。父王も申しておったが、そなたは我が国にとって賓客だ。もっと気楽にしてくれて構わないのだぞ」
「恐れ入ります。お言葉ですけど、これでも結構リラックスしているんですよ、殿下。殿下をはじめ、この国の方は皆、身寄りのない私達に対し、本当に親身になっていただけて。本当にありがたく思っております」

 傍らで聞くハインリヒにとっては、美香の言葉遣いに一瞬ひやりとする一幕であったが、受け取った方は特に気にせず、親しみを込めた笑みを浮かべる。王太子リヒャルトは、今年30歳になった。病身の父王に代わり政務を執る事も多く、臣下の評価は高い。武も疎かにはしておらず、王太子とは思えないほど身が引き締まった美丈夫である。一度結婚しているが、妃は一昨年流行り病に斃れ、以来空位である。妃の座を賭け貴族同士の駆け引きが激しいが、本人は気にする様子もなく、何処吹く風である。

 リヒャルトは美香の返事に頷くと、変わり果てた案山子を見やる。

「もう『ファイアストーム』を使いこなすのか。どうだ?体に違和感はないか?」
「大丈夫です。昨日に続いて2回目ですし。さすがに疲労感はありますが、連発しなければ問題ありません」
「そうか。ハインリヒ、どうだ?ミカの様子は」
「はい、ミカ殿の上達の早さは、目を見張るばかりです。何しろ、当初の見立てでは『ファイアストーム』まで後1ヶ月はかかると見ておりましたので。『火を極めし者』もあり、この先どこまで成長するか、見当もつきません」
「それは素晴らしい。ハインリヒ、後で執務室に来てくれるか?少し詳しく聞きたい」
「畏まりました」
「それではミカ、また改めて。無理をせず、体を大事にしてくれ。まだ時間は十分にあるのだからな」
「お気遣いありがとうございます。でも本当に大丈夫です。今、私、どんどん魔法が使えるようになるのが、楽しくて仕方ないんです」
「そうか、魔法の練習が楽しいか!それは頼もしいな、はははははっ!」

 そう闊達な笑いを上げると、リヒャルトは修練場を後にする。美香とリヒャルトは、その後ろ姿に一礼し、向き直る。

「さあ、ミカ殿。そろそろお茶会の時間が迫っております。先ほどの詠唱の注意点を挙げて、今日は終わりにしましょう」



 ***

 新たに差し出された紅茶を口に運び、器から立ち昇る淡い香りを楽しみつつ、柊也は内心でため息をつく。

 …三人いれば姦しいというが、三人未満でも姦しくなれるものなのだな。

 すでに始まって1時間は経過しているが、その間、美香とレティシアの会話は弾み、片時も留まるところを知らない。すでに二人が親友とも言える間柄である事は柊也も承知の上だが、それにしてもよほど馬が合うようだ。会話のペースも上がり、柊也はすでについていけなくなっている。先ほど美香の発した、「縄」がどうこうという言葉が気になって仕方ないが、前後の話の流れがわからなくなり、聞けずじまいとなっている。

「…というわけなの。ごめん、レティシア。少し失礼していいかな」
「ええ、お待ちになって。今侍女を呼びますわ」

 そういうと、レティシアは侍女を呼び、美香をトイレに案内させる。侍女に連れられて美香が席を立ち、部屋には柊也とレティシアの二人だけが残された。

「…本当に闊達な、見ていてこちらが嬉しくなるような子ですわね」
「ええ、私としても彼女がいる事で、救われています」

 扉の方を向いて慈しみの笑みを浮かべ、感想を述べるレティシアに対し、柊也が相槌を打つ。

 その相槌に一つ頷くと、レティシアは柊也の方を向き、身を乗り出した。そこには先ほどまでの笑みはなく、真剣な眼差しを向けている。

「私、彼女と知り合ってまだ日が浅いですけど、彼女は私の親友だと思っていますし、私も彼女に対して親友でありたいと思っています。
 ですから、彼女のためにも、率直にお伺いします。シュウヤ殿、あなたはこのままで良いとお考えですか?」
「このままで…とは?」
「お気づきでしょう?あなたを取り巻く環境が、決して楽観視できるものではない事に。日々悪化の一途を辿っている事に」

 レティシアは言葉を飾ろうとせず、遠慮なく切り込んでくる。

 聡明な人だ。

 柊也はレティシアの言葉に返事をせず、正面から見返しつつ、心の中で思う。

 レティシアの指摘通り、柊也は自分を取り巻く環境が厳しいものである事を感じていた。それも、すでに挽回策はないところまで来ているとも。

 当初柊也は、お互いの役割を、カードの表裏に擬えて行動しようと目論んでいた。美香は魔法の素質を最大限に活かし、表舞台に立つ。柊也は彼女の陰に隠れ、彼女に必要な情報を揃え、分析し助言するとともに、交渉や駆け引き等、裏方を全て担う。例えれば、光と陰。アイドルとマネージャー。

 美香は大学に入学してわずか半年、社会経験もなく社交じみた言葉遣いは未だ不得手だった。それに対し柊也は、2年間事務関係のアルバイトに就き、一般企業での就業経験がある。ビジネスマナーも一通り習得しており、役割分担は自然の流れと言えた。実際、美香も説明を受け、計画に賛同している。

 しかし、適材適所と思われた目論見は、脆くも崩れる。自分の役割を意識した美香の行動が、予想以上に王城の人々の心を掴んだのだ。

 召喚されて日も浅く、まだこの世界の事をほとんど知らないにも拘らず、与えられた素質を少しでも早く使いこなそうと努力する、年端もない少女。端正な、かわいらしい顔立ちでありながら、同年の子女の様に化粧や華美な衣装で飾る事もなく、ただひたすら己が為すべき事に努める一途な姿勢。係累もなく、自分の物を何一つ持っていないにも関わらず、明るく振舞い、同じ境遇の年長の男性を気遣う健気さ。おそらくは初めてであろう王宮での生活にも拘らず、周りの者に少しでも失礼のないよう、慣れない礼儀作法に悪戦苦闘する、素朴な行動。彼女の一挙一動の全てが、人々に感動を与えたのだ。

 こうなると、一つ二つの失礼や失言は問題視されず、むしろ受けた者に庇護欲を抱かせ、プラスに働く。こうして美香は意図せず、王太子を筆頭に、王城の誰彼なく言葉を交わし、誰からも愛される立場を獲得したのだ。

 そして皮肉にもその成功が、柊也を苦境へと導く。

 彼の口数の少なさと覇気の乏しい顔つきは、人々に全ての希望を失った男の印象を与え、美香に代わってこの世界の知識を少しでも得ようと書物に噛り付いた行動は、現実から目を背け部屋に閉じこもっていると見なされた。ビジネスマナーを駆使し礼儀を尽くした彼の態度は、いつまでも人々に心を開こうとしない、よそよそしい態度と受け取られ、彼が右腕を失い一切の素質を持たなかった事実は棚に上げられ、過酷な試練を年下の少女に押し付け、逃げ出した臆病者と評された。

 こうして柊也は、人々の信用を失い、敬遠される様になる。ハインリヒや柊也付きの侍女が、柊也に対しいつまでも機械的に振る舞うのも、これが原因であった。表立って批判されないのは、ただ単に美香への配慮に他ならない。しかしそれも時間の問題だ。美香の傍にいる限り、柊也への不満は膨らみ続け、いつかは爆発するであろう。

 しかも、ここに来て、例の「爆弾」だ。これでは自ら導火線を差し出し、火を付けてくれと言っているに等しい。詰んでいる。

 美香は上手くやった。やり過ぎたのだ。あまりにも強く輝き過ぎた。そしてその眩しすぎる光が、陰を消し去ろうとしている。

「私はあなたに対し、何ら他意はございません。ただ私は、今の彼女があなたを拠り所にしている事を知っています。私は彼女を悲しませたくない。彼女の笑顔を喪いたくない。ですから、私には遠慮なく申し出て下さい。私の力の及ぶ限り、お力添えいたします」

 レティシアがまっすぐに踏み込んできた。

 柊也はため息をつき、口を開く。

「今はまだ、何も言えません。ただ、私もこのままでは、いずれ破滅すると思っています。座視するつもりはありません。足掻きます。そのためにも、レティシア殿には三つ、お願いしたい」
「伺いましょう」
「一つ。おそらく私は一度、美香と袂を分かつ事になります。レティシア殿には、私がいなくなった後、美香を頼みます。彼女は今、精神的に私に依存している。私がいなくなる事で、一旦崩れると思う。レティシア殿には心身に渡って彼女を支え、立ち直らせていただきたいのです」
「承りました。必ずや。二つ目は?」
「お父君である、フリッツ・オイゲン・フォン・ディークマイアー卿とお会いしたい。繋いでいただけますか?」
「お父様と?…いえ、わかりました、お繋ぎします。お時間は改めてご連絡いたします。」
「ありがとう。それと、最後は…」



「ただいまー。二人とも私がいない間、何を話してたの?」
「お帰りなさい、ミカ。元の世界における、あなたのご活躍を伺っていたのよ?」
「え、ちょっと待って、先輩。レティシアに何ある事ない事吹き込んだの?正直に言いなさい!」
「ある事ない事って、おまえの行動は、向こうもこっちもまるで同じだろうが」
「そんな事ないですぅー、こっちの私は淑女で通してますから」
「つまり、向こうのおまえは淑女ではないという事だな?」
「あ」
「あ」
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