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かけがえのないもの

27話:正体不明の襲撃者

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 夢のようなひと時から数分後。
 踊り終えた私は、ガルにテラスへとエスコートされていた。

「顔が赤いような気がしたが大丈夫か? すぐに飲み物を用意させるから少しそこで休んでてくれ」

「えぇ、ありがとう」

 まさか、ガルを意識しすぎて熱が出そうなんて言えない。
 私はテラスに用意された椅子に座って冷たいオレンジジュースを受け取った。
 たまに優しく頬を撫でる夜風が心地いい。
 ジュースを飲んでなんとか気持ちを落ち着けて、ふーっと軽く息を吐く。

「……シエラがまだ誰とも踊ってなくてよかった」

 ガルがぽつりとそう言った。

「ずいぶんおかしなことを言うのね。舞踏会で最初に踊るのは一番偉い人なのに」

 少なくとも王宮の舞踏会ではそういう決まりだった。

「うちの城にはそんなルールが無いが、それでもアリスに先を越されないかは、気になってた」

 そういえば気合の入った衣装で、アリステアさんが誘ってきたっけ。
 結局ベティさんに引きずられて食堂から出て行ってしまったけども。

「アリスだけじゃない。今日のシエラは誰よりも綺麗だったから、俺以外の誰かに連れていかれるんじゃないかって……」

 ガルが私を見た時に、なぜか安心した表情をしていたのはそういうことだったのね。

「どこにも行かないわ」

 どこか熱を帯びたような彼の瞳に、自然と口からそんな言葉が出た。嘘偽り無い私の気持ちだ。

「シエラ……俺は――」

 彼は何か言いかけたのだが、急に何かを察知したように目を見開いて立ち上がった。

「ガル? どうしたの?」

「王宮の方角で無数の光……いや、あれは炎のようだ。何かあったのかもしれん」

 ガルの示した方を見ると、かなりの広範囲が赤く照らされているように見える。
 遠すぎて詳しくはわからないが大規模な火災が起きているのかもしれない。

 その時、急に城下町の方から大勢の悲鳴が聞こえた。
 舞踏会の音楽がぴたりと止まる。

「ガル様大変です!」

 翼を大きく負傷したキールさんが、メアリーに支えられながらテラスに駆け込んできた。

「キール! その怪我はどうした⁉」

「正体不明の何者かが城下町を襲撃しています!」

「皆は無事か⁉」

「ただちに城内に避難するよう誘導しておりますが、急なことで混乱しておりまして……」

「俺が行く。メアリーはキールの手当てをしてやってくれ」

「お任せくださいませ!」

「シエラは、アリスを探して状況を報告してくれ。王宮の件と関係があるかわからないが、火災に備えるように伝えておいてくれ」

「えぇ、伝えるわ」

 ガルは素早く周囲に指示をだして、テラスを出て行く。
 私も急いでテラスを後にした。
 正体不明の何者かが、とキールさんは言っていた。
 また王国軍が攻めてきたのかと思ったが、状況的にそれもおかしいように思う。
 
 わけがわからないままに玄関ホールに出ると、そこは助けを求めて城下町から逃げ込んできた者たちでいっぱいだった。
 その中にはハッピーを抱きかかえたルビィちゃんの姿もある。

「ハッピー、ルビィちゃん! 大丈夫⁉」

「シエラ様!」

 幸い、二人とも怪我は無さそうだった。

「急に空から大きな竜みたいなのが現れて建物を破壊して……皆と一緒に逃げてきたんです」

「空から大きな竜? 飛竜みたいな?」

「たしかにグラスやライムに似てるけど、もっと怖い感じのでした」

「口から炎も吐いてたよ! ハッピー怖くて腰が抜けちゃったの……」

「それでルビィちゃんに抱きかかえられていたのね」

 城下町を襲撃している正体不明の存在は、飛竜に似ていて口から炎を吐くらしい。

 二人にアリステアさんの行方を聞いてみると、少し前にベティさんに外に引きずられて行ったのを見たと言う。

「シエラ、外は危険だよ!」

「あんな恐ろしいの見たことないです! シエラ様も逃げましょう!」

「ありがとう。でも、アリスさんを探さないといけないから……二人は城内で皆と待っていてね」

 心配する二人を城内に残して、私は城の外に出た。
 とたんに焦げ臭い匂いが鼻を突く。
 あちこちでいろんな物がひっくり返ったまま放置された状態で、皆が慌てて避難したことがわかる。
 ついさっきまで楽しく屋台を見て回っていたのに、こんなことになるなんて信じられない。
 
 城門には警備をしている魔物たちと一緒に不安げな表情を浮かべているベティさんの姿があった。

「シエラちゃん、ここは危険よ! 城内に戻ってちょうだい!」

「ごめんなさい、アリスさんを探しているの。見なかった?」

「アリスちゃんは、城下町の方に行ってしまったのよ。ガル様を追いかけていったみたい。もしシエラちゃんも行くのなら、アタシが護衛するわっ!」

「ありがとう、危なくなったら逃げるから大丈夫。ベティさんは皆のことをお願い」

「でも心配だわぁ……」

「私は聖女よ。何かあっても指輪が守ってくれるから平気よ!」

 私の言葉に、ベティさんは渋々引き下がった。

 ――実際は、あと一回しか指輪の力が使えない聖女だけど。それでも私が行かないといけない気がする。

 私は胸騒ぎを感じながら、急いで城下町へと向かった。
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