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かけがえのないもの

26話:舞踏会の夜

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「…………シエラ様?」

 メアリーに呼びかけられて、すっかり考え事に耽っていたことに気づいた。

「――あっ、ごめんなさい。何だったかしら?」

「いえ、そろそろ食堂へ行かれた方がよろしいかと思いますわ」

 彼女は化粧品をケースの中に入れて片づけている。
 いつの間にかすっかり支度が終わっていたらしい。

「本当に今日のシエラ様は一段とお綺麗ですわね。侍女として誇りに思います」

「ありがとう。うれしいわ」

「きっとガル様も驚かれるでしょうね」

 ――彼は、どんな反応するかしら。
 鏡の向こうの私は、どこから見ても立派な令嬢だった。
 ガルがどんな顔をするのか、少し楽しみかもしれない。 

 布を贅沢に使ったドレスはいつもと違って重いし、新しい靴もまだ慣れない。だが、決して不快な感覚ではなかった。

「ベティさんに、素敵なドレスを作ってもらったお礼を言わないとね」

「きっと会場にいらっしゃいますわ。行きましょう」

 食堂に行くと、中はテーブルや椅子が片付けられ、蝋燭ろうそくや花で上品に飾り付けられていた。カーテンも白だったのが深紅の高級感のあるものに付け替えられている。
 それだけでちょっとしたダンスホールのように見えるから不思議だ。

 壁際では魔物たちがバイオリンやフルートなどを鳴らして音合わせをしている。
 きっと彼らの奏でる音楽に合わせてダンスをするのだろう。

 私が来たことに気づいた者たちが、驚きの声をあげる。
 皆が一斉にこちらに注目した。

「え、えっと……ごきげんよう、皆様方」

 私が少し緊張しながらもドレスのすそを摘まんで挨拶すると、周囲から歓声が上がった。

「シエラ様、綺麗だべ~!」

「誰かと思ったよ! 綺麗だな!」

「シエラ様、まるで女神様みたい!」

「さすが聖女様だ!」

 皆が口々に賞賛するので一気に気恥ずかしくなってしまう。

「あ、ありがとう……」

「やぁやぁ、シエラ嬢にメアリー嬢! 今日は一段と麗しいねぇ!」

 アリステアさんが陽気な声でこちらに近づいてきた。
 今夜の彼は、フリルの付いたシャツに銀糸の刺繍の施された白いウエストコートに青いコートを重ねて、クラバットには真珠が飾られている。
 彼はもともと貴族のような格好をしているが、今日は一段と華やかな気がする。

「こんばんは。アリスさんも舞踏会にいらっしゃってたんですね」

「このような楽しい催しはめったに無いからねぇ。特に今回はシエラ嬢が誰と踊るのか、とても気になるじゃないか」

「えっ、私?」

「そうだとも。だから私も君に相応しい男だと主張するべく、気合を入れておしゃれをしてきたのだよ。どうかね、私と一曲ワルツなど――」

「あんらぁ~、素敵ねぇ! でも他人の恋路を邪魔するのは良くないわよぉ? アリスちゃんはアタシがお相手して差し上げるわね!」

 アリステアさんの背後から見覚えのあるたくましい腕がニョッキリ伸びてきて、ゴツゴツした手が彼の肩を掴んだ。

「ベティさん!」

「うふふ、シエラちゃん、ドレスとっても似合っててうれしいわぁ~!」

「素敵なドレスをありがとうございます!」

「いいのよぉ! 舞踏会の主役はシエラちゃんだから、頑張ってね~!」 

「ベティ君、いや、ベティ嬢! 私はシエラ嬢と……いやぁぁぁぁ待って! 引っ張らないでぇぇぇぇ! ちぎれる、ちぎれるぅぅぅ~……」

 アリステアさんは周囲の目を惹きつけながら、ベティさんに食堂の外へと引きずられて行った。

「……ねぇ、メアリー。私、ベティさんを止めなくてよかったのよね?」

「えぇ、もちろんですわ」

 その時、周囲のざわめきがぴたりと止まった。
 ガルが入ってきたのだ。正装した彼の姿は魔王ガルトマーシュとしての威厳があり、眩しいくらい麗しい。

 白いブラウスと、金糸で華やかに装飾された黒いウエストコート。
 その上に重ねられた真紅のコートにも惜しみなく金で装飾が施されている。
 赤い宝石で飾られた白いクラバットと黒髪のコントラストは彼の凛々しさを一層引き立たせていた。

 彼はすぐに私の姿を見つけて、なぜか安心したような表情を見せた。

「シエラ、とても綺麗だ」

「ありがとう……」

 ガルもとても素敵だと伝えたいのに、緊張してそれ以上、言葉が出ない。

「――俺と踊ってくれるか?」

「えぇ」

 楽団が音楽を奏で始め、私はガルに手を引かれて部屋の中央に移動した。
 ワルツが流れる中、彼の腕が私の背中に回され、ゆっくりと優雅にステップを踏んでいく。

 王宮でも舞踏会がよく開かれていたし、問題なく踊れるはずなのに。
 でも今日は、ガルのことを意識してしまって上手く踊れない。

 彼の琥珀色の瞳に見つめられるたびに、胸がときめいて呼吸が上手くできなくなりそうになる。
 頬が染まっているのが、自分でもはっきりとわかった。

 曲が終わると、彼は私の手を少し持ち上げて、お辞儀をしながら手の甲にそっと唇を寄せる。

 ――私は喜んでそれを受け入れた。
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