【完結】婚約破棄されたので美形の魔王を脅して幸せに暮らします!

白井銀歌

文字の大きさ
上 下
22 / 28
育っていく恋心

22話:メアリーの気持ち

しおりを挟む
 陽がとっぷり暮れた頃に、クライヴとリラの父であるチャールズ・アリエスは屋敷に戻ってきた。
 何やら憑き物が取れたようにチャールズは穏やかな笑みを浮かべていた。

 リラはふたりが何を話したのか少し気になったものの、男同士の会話を尋ねるなど不躾だろうと思い尋ねることはなかった。



 晩餐後。
 リラとクライヴはチャールズの執務室に案内された。
 要件はもちろん、チャールズが婚約証書に署名するためであった。

 チャールズは執務机の正面のソファに座るようにふたりを促した。

「リラ、クライヴ様と一緒にいて幸せかい。」

 チャールズは、真剣に真っ直ぐな瞳でリラに尋ねた。
 おそらくこれはリラへの最後の確認なのだろう。

 この婚約証書にチャールズがサインすれば、後戻りはできず、クライヴとの婚約そして結婚はより約束されたものになる。

「はい、お父様。クライヴ様といて、とても幸せです。」

 リラは緊張しながらも、真っ直ぐ瞳でチャールズにそう答えた。
 リラに迷いはなかった。

 誰かといて、これほどまでに心が動かされることなど初めてだった。
 おそらくこれからもクライヴ以外の人間にこれほど心を動かされることはないだろう。
 リラは素直にそう思えたのだった。

「そうか。リラ、幸せになってくれ。忙しいとは思うが、我が家にも領地にもいつでも遊びにきて構わないからな。」

 チャールズは立ち上がり、執務机に向かうとササッと机に置かれた羽ペンで二枚の婚約証書に自身の名前を記し、横に家紋の捺印を行うと一枚をクライヴに手渡した。

「クライヴ様、大変お待たせいたしました。こちらでよろしいでしょうか。」

「ありがとうございます。義父上《ちちうえ》。」

 『義父上』その言葉を受けチャールズは照れくさそうに優しく微笑んだ。

「こちらこそ、義息子《むすこ》になってくださってありがとうございます。」



 翌朝。
 ふたりは街の外れの墓地を訪れた。
 これからの門出を母に報告ためだった。

「クライヴ様、わざわざこちらにお越しいただきましてありがとうございます。」

 リラは墓跡を花を供えながら、クライヴに礼を言った。

「いや、いずれ訪れたいとは思っていた。」

 クライヴのその言葉にリラは目頭が熱くなった。

「俺も手を合わせていいだろうか。」

「はい。もちろんです。」

 リラは、手を合わせ終わるとクライヴにその場を譲った。
 暫くクライヴは目を瞑り手を合わせていた。



 クライヴが祈り終わると、ふたりはそのまま馬車に乗りアクイラ国皇城へと出発した。

 アクイラ国までは橋を渡ればすぐであるが、皇城までは馬車で三日であった。
 リラは、これから待ち構える出来事に不安を抱えながら移り行く景色を眺めていた。

 皇城についたら、まず最初はアクイラ国皇と皇后への挨拶だろう。
 それから婚約式の打ち合わせ、結婚までのスケジュールの相談などやることは山積みである。

 リラの希望としては、領地でやり残した仕事や学園の卒業式もあるため、挨拶が終わったら一度領地に帰りたいと思っていた。

(色々、クライヴ様と相談しなくては…。)

「リラ、改めて礼を言わせてくれ。」

 物思いに耽るリラにクライヴはリラの左手を取り、薬指をなぞりながら話しかけた。

「婚約に了承、いや、妻になってくれる決断をしてくれてありがとう。」

 そう言うとクライヴはその手に口付けをした。

「リラの家族はいいな。ルーカスは面白いし、チャールズはとても優しく、心温かい家族だよ。今まで出逢ったどんな貴族よりも素晴らしい家族に思えた。」

 クライヴはもの寂しげな表情を浮かべた。

「リラに、あらかじめ謝っておきたいことがある。」

 リラは、いつになく頼りないクライヴの表情にドキリッとした。



 一体、今からどんな言葉が紡がれるのだろうか。

(まさか、未だにアクイラ国皇に了承を得ていないのかしら…。)

 元々身分違いの結婚である、結婚証書は発行されているものの未だにアクイラ国皇や皇后の了承を得ていない可能性は十分にあった。
 そうなると、もしかしたら本国に別の婚約者が待っているのかもしれない。

 リラは身震いし、不安に怯えた表情を浮かべた。

 クライヴは、そんなリラの表情を見ると、少しだけ口元を緩めると優しく肩を抱き寄せた。

「結婚については問題ないと思っているのだが、不安なのは俺の家族のことだ。」

「え?」

 リラは意味がわからないといったように小首を傾げた。

「以前にも話した通り、俺は家族と決して良好な関係ではない。母と弟は俺以上に癖のある人間だ。そのことでリラを悩ませるかもしれない。そのことがリラに申し訳なくて。」

 リラは自分が想像したよりも他愛ない内容に拍子抜けしたのか、きょとんっとした表情を浮かべ、吹き出したように笑い出した。

「ふふふっ。ごめんなさい。そんなことを心配されているとは思わなくて。」

 クライヴはリラの反応に驚いた表情を浮かべた。

「大丈夫ですわ。私は、元々片田舎の伯爵家の娘ですわ。皇族に入ることが相応しくないことは重々承知です。鼻から好かれると思っておりません。」

 そうリラは最初から自身がクライヴの家族にすんなり受け入れられるとは思っていなかった。

 リラが一番よくわかっていたのだった。
 この婚約そして結婚が素直に受け入れられるものでないことを…。

 クライヴが直々に選んだとはいえ、リラはアベリア国に対して全く権力のない片田舎の伯爵家の娘である。

 そんな娘を何処の皇族も手放しで喜んで迎えるなど、到底考えられなかった。
 どちらかといえば願い下げという方がしっくりくる。

「けれど、私、クライヴ様と一緒に生きると決めましたの。だから、なんとか相応しくなれるように教養を身につけていこうとは思ってますわ。それをこれからはきちんと伝えていこうと思っておりますの。うふふ。」

 リラは肩をすくめて照れながらもニッコリ笑ってそう言うのだった。

 クライヴはやはり何か腑に落ちない表情を浮かべながらも、リラを強く抱き寄せた。

 クライヴの中では、不安が拭いきれないのだろう。

 リラはクライヴの過去を垣間聞いただけでも、想像を絶していた。
 きっとクライヴはリラが想像に及ばないほどの不便があったに違いなかった。

(これから妻になる私がこの人を支えていかなくては…。)

 リラはそう思いながら、優しくクライヴの腕に頬擦りした。

「さあ!そうと決まればやはり勉強ですわ!」

 リラは気合を入れ直した。
 兎にも角にもクライヴを支えるためにもクライヴの不安を払拭するためにも、自分には教養が必要である、リラはそう思い、目の前の席に置かれたアクイラ国の歴史が書かれた書籍を手に取った。

 そんな真面目なリラにクライヴは退屈そうな表情を一瞬浮かべたかと思うと、ニヤリと意地悪く笑った。

「そうそう、今日からの宿は一緒の部屋を手配するように頼んでおいたから。」

「え!え?え!?」

 リラはあまりの発言に驚き慌てて振り返り、持っていた書籍を落としそうになった。

「どういうことですか!?」

「もう夫婦になったも同然だと思ってね。夫婦は一緒の部屋だろう。」

「え?(いやいや、まだ夫婦どころか婚約もしていませんわ。)」

「嫌だった?」

 クライヴは眉尻をワザとらしく下げて寂しそうにそう言った。

「嫌ではありませんわ。(そんな表情をされては断れないじゃない!!)」

 リラはぶんぶんっと大きく首を横に振った。

「それなら良かった。」

(良かったのだろうか…。)

 異性と寝室を共にするなど、もちろん経験のないリラは顔を真っ紅にしながら目を回していた。

「あ。そうそう。せっかくなら、それ、俺が教えるよ。」

 クライヴは、疲弊したリラを後ろから抱き寄せたまま歴史書のページを捲った。

(このまま勉強など頭に入りませんわ…。)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...