116 / 163
season2
117話:パクトロス川
しおりを挟む
「たしか……ミダス王は、酔っ払った老人に親切にした結果、手に触れた物を黄金に変える力を酒の神様から授かったんです」
「完全に俺と一緒じゃねぇか! それでミダスはどうなったんだ?」
「それがですね、最初は何でも黄金に変わるので彼はとても喜びました。しかし手にした食べ物や飲み物、そして触れた周囲の人間まで何もかもが黄金に変わってしまうことに気付き、絶望するのです」
――そうか、触ったら黄金になっちまうってことはトーストも食えねぇし、ジュースも飲めねぇのか。
「ジェル、今日の朝メシは、あ~んってして食わせてくれ」
「嫌です」
ジェルは真顔で即答する。さすが長年一緒に暮らしてきた俺の弟だ。容赦ない。
「じゃあ、俺ずっとこのままなのか? 何か元に戻る方法は無いのかよ?」
「ありますよ」
彼は、あっさりそう言った。
なんだ、元に戻す方法があるなら早く言ってくれよ。
「……でも、せっかくですから、その前にちょっとひと儲けしましょうね!」
あ、ジェル。お前、悪いことを考えているだろ。
その笑顔は、お兄ちゃんを利用しようと考えてる時の顔だぞ。
「アレク、リビングでちょっと待っててくださいね!」
ジェルは俺をリビングに待機させて、家中から捨てようと思っていたガラクタやゴミをたくさん持ってきた。
「さぁさぁ、これに触れてください!」
俺は言われるがままに、割れたツボや、壊れた家具、読まなくなった雑誌などを次々と黄金に変えた。
「ふふ……今の金相場はいくらでしたっけねぇ。これだけあれば大儲けですよ!」
ジェルはゴミが黄金に変わったのを見て、満足そうにニヤニヤしている。
天使のような綺麗な顔なのに欲に塗れて台無しだ。
俺達、別にお金に困ってるわけじゃねぇのに、どうして彼はこうなんだろうか。
「……さて、アレクを元に戻しましょうかね」
ジェルはリビングの床に魔法陣を描き始めた。たしかこれは転送の魔術用の魔法陣だったと思う。
「なぁ、どうやって元に戻すんだ?」
「アレクはこの魔法陣の上に立ってください」
俺は言われた通り、魔法陣の上に立った。もしかして、俺をどこかに転送させるつもりなんだろうか。
そう思っていると、ジェルはミダスの話の続きを語り始めた。
「ミダス王は、自分の能力を元に戻してほしいと神に祈りました。その願いは聞き入れられ、神からお告げが下ったのです」
「どんなお告げだ?」
「…………」
ジェルは俺の問いには答えず、転送用の呪文を唱え始めた。
俺の足元の魔法陣が光り輝き始める。
「おい、ジェル! どんなお告げだったんだよ⁉」
「――パクトロス川で身を清めなさい。そうすれば元に戻るでしょうと」
「えっ、川ってあの、今、真冬なんだけど⁉ おい、ジェル! オマエまさか……」
「すぐに迎えに行ってあげますからね――」
その言葉を最後に、俺の体は光に包まれた。
転送される時にいつも感じる、独特の浮遊するような感覚がする。
そして、急にキーンと冷たい空気が肌に触れたかと思うと、俺の体は川に向かって落下していた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ザバーン!!!!
急に冷たい水に包まれて、俺は溺れそうになりながらも必死でもがいて、なんとか水面に浮上した。
「グヘッ、ゲホッ、クソッ……ジェルめ……」
そのまま冷たい川の中を泳いで、俺はなんとか岸辺にたどり着いた。
着ていたはずのガウンは川に落ちた衝撃で脱げて、そのまま流されてしまったようだ。
「よりによって川の上に転送するとか鬼かよ……へっくし!」
今にも雪が降りそうなどんよりした曇り空の下、パンツ一丁の俺は大きなくしゃみをした。
「――アレク、大丈夫ですか?」
急に俺の目の前に、ジェルが姿を現した。
どうやら本当にすぐ迎えに来たらしい。
「大丈夫ですか、じゃねぇよ! 無茶苦茶しやがって!」
「でも、元に戻ったみたいですよ」
そういや岸辺に上がる時には何も起きなかったし、俺は今も地面に手をついているが、黄金に変わる様子は無い。
「本当だ……」
「パクトロス川がどこにあったのか解明されていないので、適当に勘でその範囲で現存する川に転送したんですが、それでも大丈夫だったみたいですね。さすがワタクシです!」
ジェルは自画自賛して、満足そうにニコニコしている。
適当に勘で俺を川に突き落としたのかよ。もし違ってたらどうするつもりだったんだ。
「いやぁ、よかったですねぇ。アレクは元に戻ったし、ワタクシは黄金が手に入ったし、ハッピーエンドです!」
ハッピーエンド……? まぁそうなるのかなぁ。
釈然としないまま、俺は上機嫌のジェルに連れられて、転送魔術で自宅のリビングへ再び帰ってきた。
すると、さっきまで黄金だったはずの物が、全部元通りのただのガラクタに戻っている。
俺の部屋も確認したが、金色だったドアノブもベッドもパン男ロボも全部元通りになっていた。
「そんなぁ、ワタクシの黄金がぁぁぁ~~‼」
「――なぁ、ジェル。世の中、おいしい話ってのはそうそう無いもんだぞ」
「くっ……そうですねぇ」
そして、ジェルのせいで真冬の川に突き落とされた俺は、見事に風邪をひいて寝込んでしまった。
その代わり「ゴールデンパン男ロボ」を買っても良いと許可がもらえたので良しとしよう。
風邪が治ったら買いに行く予定だ。
「楽しみだなぁ」
俺は毛布を握り締めて、それがもう黄金に変わらないことにホッとしながら眠りについた。
「完全に俺と一緒じゃねぇか! それでミダスはどうなったんだ?」
「それがですね、最初は何でも黄金に変わるので彼はとても喜びました。しかし手にした食べ物や飲み物、そして触れた周囲の人間まで何もかもが黄金に変わってしまうことに気付き、絶望するのです」
――そうか、触ったら黄金になっちまうってことはトーストも食えねぇし、ジュースも飲めねぇのか。
「ジェル、今日の朝メシは、あ~んってして食わせてくれ」
「嫌です」
ジェルは真顔で即答する。さすが長年一緒に暮らしてきた俺の弟だ。容赦ない。
「じゃあ、俺ずっとこのままなのか? 何か元に戻る方法は無いのかよ?」
「ありますよ」
彼は、あっさりそう言った。
なんだ、元に戻す方法があるなら早く言ってくれよ。
「……でも、せっかくですから、その前にちょっとひと儲けしましょうね!」
あ、ジェル。お前、悪いことを考えているだろ。
その笑顔は、お兄ちゃんを利用しようと考えてる時の顔だぞ。
「アレク、リビングでちょっと待っててくださいね!」
ジェルは俺をリビングに待機させて、家中から捨てようと思っていたガラクタやゴミをたくさん持ってきた。
「さぁさぁ、これに触れてください!」
俺は言われるがままに、割れたツボや、壊れた家具、読まなくなった雑誌などを次々と黄金に変えた。
「ふふ……今の金相場はいくらでしたっけねぇ。これだけあれば大儲けですよ!」
ジェルはゴミが黄金に変わったのを見て、満足そうにニヤニヤしている。
天使のような綺麗な顔なのに欲に塗れて台無しだ。
俺達、別にお金に困ってるわけじゃねぇのに、どうして彼はこうなんだろうか。
「……さて、アレクを元に戻しましょうかね」
ジェルはリビングの床に魔法陣を描き始めた。たしかこれは転送の魔術用の魔法陣だったと思う。
「なぁ、どうやって元に戻すんだ?」
「アレクはこの魔法陣の上に立ってください」
俺は言われた通り、魔法陣の上に立った。もしかして、俺をどこかに転送させるつもりなんだろうか。
そう思っていると、ジェルはミダスの話の続きを語り始めた。
「ミダス王は、自分の能力を元に戻してほしいと神に祈りました。その願いは聞き入れられ、神からお告げが下ったのです」
「どんなお告げだ?」
「…………」
ジェルは俺の問いには答えず、転送用の呪文を唱え始めた。
俺の足元の魔法陣が光り輝き始める。
「おい、ジェル! どんなお告げだったんだよ⁉」
「――パクトロス川で身を清めなさい。そうすれば元に戻るでしょうと」
「えっ、川ってあの、今、真冬なんだけど⁉ おい、ジェル! オマエまさか……」
「すぐに迎えに行ってあげますからね――」
その言葉を最後に、俺の体は光に包まれた。
転送される時にいつも感じる、独特の浮遊するような感覚がする。
そして、急にキーンと冷たい空気が肌に触れたかと思うと、俺の体は川に向かって落下していた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ザバーン!!!!
急に冷たい水に包まれて、俺は溺れそうになりながらも必死でもがいて、なんとか水面に浮上した。
「グヘッ、ゲホッ、クソッ……ジェルめ……」
そのまま冷たい川の中を泳いで、俺はなんとか岸辺にたどり着いた。
着ていたはずのガウンは川に落ちた衝撃で脱げて、そのまま流されてしまったようだ。
「よりによって川の上に転送するとか鬼かよ……へっくし!」
今にも雪が降りそうなどんよりした曇り空の下、パンツ一丁の俺は大きなくしゃみをした。
「――アレク、大丈夫ですか?」
急に俺の目の前に、ジェルが姿を現した。
どうやら本当にすぐ迎えに来たらしい。
「大丈夫ですか、じゃねぇよ! 無茶苦茶しやがって!」
「でも、元に戻ったみたいですよ」
そういや岸辺に上がる時には何も起きなかったし、俺は今も地面に手をついているが、黄金に変わる様子は無い。
「本当だ……」
「パクトロス川がどこにあったのか解明されていないので、適当に勘でその範囲で現存する川に転送したんですが、それでも大丈夫だったみたいですね。さすがワタクシです!」
ジェルは自画自賛して、満足そうにニコニコしている。
適当に勘で俺を川に突き落としたのかよ。もし違ってたらどうするつもりだったんだ。
「いやぁ、よかったですねぇ。アレクは元に戻ったし、ワタクシは黄金が手に入ったし、ハッピーエンドです!」
ハッピーエンド……? まぁそうなるのかなぁ。
釈然としないまま、俺は上機嫌のジェルに連れられて、転送魔術で自宅のリビングへ再び帰ってきた。
すると、さっきまで黄金だったはずの物が、全部元通りのただのガラクタに戻っている。
俺の部屋も確認したが、金色だったドアノブもベッドもパン男ロボも全部元通りになっていた。
「そんなぁ、ワタクシの黄金がぁぁぁ~~‼」
「――なぁ、ジェル。世の中、おいしい話ってのはそうそう無いもんだぞ」
「くっ……そうですねぇ」
そして、ジェルのせいで真冬の川に突き落とされた俺は、見事に風邪をひいて寝込んでしまった。
その代わり「ゴールデンパン男ロボ」を買っても良いと許可がもらえたので良しとしよう。
風邪が治ったら買いに行く予定だ。
「楽しみだなぁ」
俺は毛布を握り締めて、それがもう黄金に変わらないことにホッとしながら眠りについた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】似て非なる双子の結婚
野村にれ
恋愛
ウェーブ王国のグラーフ伯爵家のメルベールとユーリ、トスター侯爵家のキリアムとオーランド兄弟は共に双子だった。メルベールとユーリは一卵性で、キリアムとオーランドは二卵性で、兄弟という程度に似ていた。
隣り合った領地で、伯爵家と侯爵家爵位ということもあり、親同士も仲が良かった。幼い頃から、親たちはよく集まっては、双子同士が結婚すれば面白い、どちらが継いでもいいななどと、集まっては話していた。
そして、図らずも両家の願いは叶い、メルベールとキリアムは婚約をした。
ユーリもオーランドとの婚約を迫られるが、二組の双子は幸せになれるのだろうか。
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
後宮に住まうは竜の妃
朏猫(ミカヅキネコ)
キャラ文芸
後宮の一つ鳳凰宮の下女として働いていた阿繰は、蛇を捕まえたことで鳳凰宮を追い出されることになった。代わりの職場は同じ後宮の応竜宮で、そこの主は竜の化身だと噂される竜妃だ。ところが応竜宮には侍女一人おらず、出てきたのは自分と同じくらいの少女で……。
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる