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season2
113話:イケメンのコンビニは強かった
しおりを挟む 一懇楼は表向きは全国チェーンで展開している普通の旅館だが、その実は人間・妖怪問わず滞在できるという、その手の世界に通じる者たちには有名な宿だった。
理由は経営陣から従業員に至るまで、全員が年月を経て妖力を得た狐妖怪、妖狐だったからだ。
第二次世界大戦以降、高度経済成長期が訪れた日本において、土地の開発が進んだせいで妖狐たちも生活基盤の転換を迫られた。そこでいっそ開き直り、自分たちも人間社会に進出してしまおうと、全国の妖狐の有力者たちは会議によって決定を下した。
最初こそ細々とした介入だったが、転機が訪れたのは東京オリンピックが開催された年だった。海外からの観光・観戦を目的とした旅行客を相手に、宿泊施設を開いてはどうかという案が出た。多少の無理はしたが、郊外とはいえ都心に近い場所に一懇楼第一号店がオープンした。
当初は人間の宿泊客だけを想定していたが、意外にも日本の内外を問わず、妖怪や妖精の観光客が宿を求めてやって来た。妖狐たちが全面経営しているからこそ、正体を隠すことなく伸び伸びと過ごせるというので、人ならざる者たちには大好評の宿泊施設となった。
資金も隆々となり、全国展開する段になって日本政府に気付かれたが、様々な折衝の末、人間の企業にかかる税金より少々安い額を納めていくことで、今後も旅館経営を続行できることになった。
以来、一懇楼は人ならざる者御用達の旅館として、現在も盛況なのであった。
人間が宿泊することは比較的少なくなったが、佐権院や祀凰寺のように裏の世界に通じている者は、遠出した際に利用することが多かった。
加えてこの第十六号店は、天然の温泉を引いているため、他よりも人気の宿の一つだった。
「♪~♪~」
鼻歌を歌いながら廊下を歩く雛祈は、最近では珍しいくらいに上機嫌だった。
諸々の失態をやらかして佐権院から仕事を請け負う羽目になったが、不幸中の幸いとでも言うべきか、温泉付きの一懇楼への滞在が叶った。
もとより風呂好きの雛祈は温泉も大変好んでおり、第十六号店の温泉は疲労回復に最も効果があると聞き及んでいたので、今の雛祈にはうってつけだった。
ようやく落ち着いてきたとはいえ、祀凰寺が管理する土地の一部を任され始めたこの一年は、温泉に浸かりに行く余裕などなかった。
それが仕事の一環とはいえ、知る人ぞ知る旅館『一懇楼』の、温泉付きの宿に泊まれることになったのだから役得である。
(ここを手配してくれた蓮吏にはその辺だけは感謝ね♪)
おまけに宿泊費その他諸々は佐権院持ちだった。これも雛祈にとっては大変嬉しい。祀凰寺家次期当主とはいえ、雛祈が自由にできる資金、いわゆるお小遣いは案外少ないのだ。
「そこ、いただきます。歩兵百人ゲット。ついでに戦車三輌を製造」
「むぅ。ならば、ワタシのターン。平地に、基地を建造。切り札の空軍を、置く」
「では私はこの基地に対空砲を設置。これで睨みを効かせます」
「EΩ7↑(さすがだな。隙のねぇ戦略)」
体が浮かび上がりそうな気分で湯殿に向かう雛祈は、途中に通りかかった部屋から聞こえてきた声に、一瞬足を止めた。
何やらゲームでもしているような様子だが、よく通る女性の声に、機械的な少し癖のある声、そして聞き慣れない言語を話す声に、雛祈はよくないことを思い出していた。
つい最近あったかなり苦々しい体験の中で、この三通りの声とよく似た者たちに出くわした。とてつもなく嫌な予感が雛祈の背筋を撫で擦ってきたが、すぐに頭を振ってその感覚を打ち消した。
(ま、まさかね。こんなところで会うわけないわ。大体ここは妖怪も妖精も色々な連中が泊まりに来るんだから、似たような客がいたっておかしくは……)
せっかく温泉に浸かってここ最近の疲れを洗い流そうとしているのだ。こんなタイミングで苦汁を舐めた思い出を掘り返されては堪ったものではない。雛祈は急かされるように足を速めて温泉に向かった。
一懇楼では基本的に混浴である。もとより人間が経営しているわけではないし、名前が売れてからは人間の客より人間以外の客の方が多くなったので、特に分ける必要もなかった。別段苦情も来ておらず、むしろ男女の出会いの場の一つとなっているので喜ばれてもいた。
雛祈としては少しだけ抵抗があるのだが、宿泊客のほとんどが人外ならばまだ我慢ができた。今はそんな些細なことよりも、温泉に浸かって日頃の疲れを洗い流す方が重要だ。
(早く温泉に浸かって思いっきり手足を伸ばしたい)
脱衣所に入った雛祈は逸る気持ちを抑えながら、衣類を籠の中に丁寧に収めていく。
一糸纏わぬ姿となり仁王立ちした雛祈は、髪を結い上げ、手ぬぐいを装備し、入浴の準備は完璧だった。
「よ~し! いざ―――」
「やっほ~い! ふるーつぎゅーにゅー! ふるーつぎゅーにゅー!」
極楽浄土が待っているであろう引き戸に手をかけようとした時、その引き戸は別の者によって内側から開かれた。
「!?」
浴場から脱衣所に駆け込んできたその少女に、雛祈は見覚えがあった。桜色の着物こそ着ていなかったが、艶やかな黒髪と整った顔立ちは、つい最近目に焼きついたばかりだった。
(い、いやいやまさか。そんなはずない。こんなところで偶然、たまたま、運命や神のイタズラで会うなんてことは―――)
「媛寿、ちょっと待って! 僕まだ体拭いてない―――って……」
雛祈が事実を徹底して否定していたところに、それを真っ向から粉砕してしまう人物が現れた。 全裸で。何も隠せていない状態で。
間違いなく谷崎町の古屋敷で会った青年、小林結城だった。
「いぃや~~~!」
「ひょえ~~~!」
一懇楼の脱衣所に、いま入浴しようとしていた者と、いま入浴から上がった者の悲鳴がこだました。
「お嬢! どうした!」
「ユウキ! 何事ですか!」
二人の悲鳴を聞きつけた桜一郎とアテナが、同時に脱衣所に駆け込んできた。
「あっ」
「あっ」
そして同時にお互いの存在に気付き、顔を見合わせる。
その光景をすっぽんぽんのままでいる雛祈と結城が面食らって見つめていた。
理由は経営陣から従業員に至るまで、全員が年月を経て妖力を得た狐妖怪、妖狐だったからだ。
第二次世界大戦以降、高度経済成長期が訪れた日本において、土地の開発が進んだせいで妖狐たちも生活基盤の転換を迫られた。そこでいっそ開き直り、自分たちも人間社会に進出してしまおうと、全国の妖狐の有力者たちは会議によって決定を下した。
最初こそ細々とした介入だったが、転機が訪れたのは東京オリンピックが開催された年だった。海外からの観光・観戦を目的とした旅行客を相手に、宿泊施設を開いてはどうかという案が出た。多少の無理はしたが、郊外とはいえ都心に近い場所に一懇楼第一号店がオープンした。
当初は人間の宿泊客だけを想定していたが、意外にも日本の内外を問わず、妖怪や妖精の観光客が宿を求めてやって来た。妖狐たちが全面経営しているからこそ、正体を隠すことなく伸び伸びと過ごせるというので、人ならざる者たちには大好評の宿泊施設となった。
資金も隆々となり、全国展開する段になって日本政府に気付かれたが、様々な折衝の末、人間の企業にかかる税金より少々安い額を納めていくことで、今後も旅館経営を続行できることになった。
以来、一懇楼は人ならざる者御用達の旅館として、現在も盛況なのであった。
人間が宿泊することは比較的少なくなったが、佐権院や祀凰寺のように裏の世界に通じている者は、遠出した際に利用することが多かった。
加えてこの第十六号店は、天然の温泉を引いているため、他よりも人気の宿の一つだった。
「♪~♪~」
鼻歌を歌いながら廊下を歩く雛祈は、最近では珍しいくらいに上機嫌だった。
諸々の失態をやらかして佐権院から仕事を請け負う羽目になったが、不幸中の幸いとでも言うべきか、温泉付きの一懇楼への滞在が叶った。
もとより風呂好きの雛祈は温泉も大変好んでおり、第十六号店の温泉は疲労回復に最も効果があると聞き及んでいたので、今の雛祈にはうってつけだった。
ようやく落ち着いてきたとはいえ、祀凰寺が管理する土地の一部を任され始めたこの一年は、温泉に浸かりに行く余裕などなかった。
それが仕事の一環とはいえ、知る人ぞ知る旅館『一懇楼』の、温泉付きの宿に泊まれることになったのだから役得である。
(ここを手配してくれた蓮吏にはその辺だけは感謝ね♪)
おまけに宿泊費その他諸々は佐権院持ちだった。これも雛祈にとっては大変嬉しい。祀凰寺家次期当主とはいえ、雛祈が自由にできる資金、いわゆるお小遣いは案外少ないのだ。
「そこ、いただきます。歩兵百人ゲット。ついでに戦車三輌を製造」
「むぅ。ならば、ワタシのターン。平地に、基地を建造。切り札の空軍を、置く」
「では私はこの基地に対空砲を設置。これで睨みを効かせます」
「EΩ7↑(さすがだな。隙のねぇ戦略)」
体が浮かび上がりそうな気分で湯殿に向かう雛祈は、途中に通りかかった部屋から聞こえてきた声に、一瞬足を止めた。
何やらゲームでもしているような様子だが、よく通る女性の声に、機械的な少し癖のある声、そして聞き慣れない言語を話す声に、雛祈はよくないことを思い出していた。
つい最近あったかなり苦々しい体験の中で、この三通りの声とよく似た者たちに出くわした。とてつもなく嫌な予感が雛祈の背筋を撫で擦ってきたが、すぐに頭を振ってその感覚を打ち消した。
(ま、まさかね。こんなところで会うわけないわ。大体ここは妖怪も妖精も色々な連中が泊まりに来るんだから、似たような客がいたっておかしくは……)
せっかく温泉に浸かってここ最近の疲れを洗い流そうとしているのだ。こんなタイミングで苦汁を舐めた思い出を掘り返されては堪ったものではない。雛祈は急かされるように足を速めて温泉に向かった。
一懇楼では基本的に混浴である。もとより人間が経営しているわけではないし、名前が売れてからは人間の客より人間以外の客の方が多くなったので、特に分ける必要もなかった。別段苦情も来ておらず、むしろ男女の出会いの場の一つとなっているので喜ばれてもいた。
雛祈としては少しだけ抵抗があるのだが、宿泊客のほとんどが人外ならばまだ我慢ができた。今はそんな些細なことよりも、温泉に浸かって日頃の疲れを洗い流す方が重要だ。
(早く温泉に浸かって思いっきり手足を伸ばしたい)
脱衣所に入った雛祈は逸る気持ちを抑えながら、衣類を籠の中に丁寧に収めていく。
一糸纏わぬ姿となり仁王立ちした雛祈は、髪を結い上げ、手ぬぐいを装備し、入浴の準備は完璧だった。
「よ~し! いざ―――」
「やっほ~い! ふるーつぎゅーにゅー! ふるーつぎゅーにゅー!」
極楽浄土が待っているであろう引き戸に手をかけようとした時、その引き戸は別の者によって内側から開かれた。
「!?」
浴場から脱衣所に駆け込んできたその少女に、雛祈は見覚えがあった。桜色の着物こそ着ていなかったが、艶やかな黒髪と整った顔立ちは、つい最近目に焼きついたばかりだった。
(い、いやいやまさか。そんなはずない。こんなところで偶然、たまたま、運命や神のイタズラで会うなんてことは―――)
「媛寿、ちょっと待って! 僕まだ体拭いてない―――って……」
雛祈が事実を徹底して否定していたところに、それを真っ向から粉砕してしまう人物が現れた。 全裸で。何も隠せていない状態で。
間違いなく谷崎町の古屋敷で会った青年、小林結城だった。
「いぃや~~~!」
「ひょえ~~~!」
一懇楼の脱衣所に、いま入浴しようとしていた者と、いま入浴から上がった者の悲鳴がこだました。
「お嬢! どうした!」
「ユウキ! 何事ですか!」
二人の悲鳴を聞きつけた桜一郎とアテナが、同時に脱衣所に駆け込んできた。
「あっ」
「あっ」
そして同時にお互いの存在に気付き、顔を見合わせる。
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