上 下
103 / 163
season2

104話:誕生日会

しおりを挟む
 必死で背中の毛を掴んでしがみつくと、風に乗って彼のクスクスという笑い声が聞こえます。

「そういえば、初めてアレクさんに会った時、私この姿だったネ」

「え、そうなんですか?」

「そういや、そうだったな」

 中国の山奥で、落し物をして困っているリュージさんをアレクが見つけた、ということは聞いていましたが、まさか龍の姿だったとは。

「……アレクさん、私がこんな姿なのに『どうした、何か困ってるのか?』って聞いてくれたヨ。全然怖がらなかったネ」

「まぁびっくりはしたけどさ。何か目が困ってるって感じだったからさ」

「皆、私の本当の姿見たら逃げるか拝みながら命乞いばかりネ。普通にしてくれたの、あなた達が初めてヨ」

「リュージさん……」

「さぁ、もうすぐだから飛ばして行くヨ!」

 その言葉が聞こえたと同時に激しく風が髪を巻き上げ、雲を突き抜けたかと思うと、漆で朱塗りされた中国の城のようなデザインの立派な建物が現れました。

 建物はいたるところに龍を模った装飾が施されていて、特に中心部の巨大な正殿は龍の神の住居に相応しい豪華さです。

 正殿の前に到着するとリュージさんはワタクシ達を降ろして、人の姿になりました。
 気配を察知したのか、古代中国風の着物を着た人達が正殿から出てきて、ずらりと並んでワタクシ達を出迎えます。

「お帰りなさいませ、ハオレン様」

 皆、リュージさんに向かって、優雅な仕草でうやうやしく頭を下げました。

 ――ハオレン。たぶんそれがリュージさんの本当の名前なのでしょう。

 正殿の中に入ると大きな広間があり、一段高い場所には龍になった時のリュージさんよりもはるかに巨大な黄金の龍が鎮座しています。

爸爸バーバ(※中国語でお父さんの意味)ただいま戻りマシタ!」

「うむ……」

 静かに頷くその姿から発せられる神々しさと威厳は、言葉では言いあらわせないものでした。
 鎮座しているだけでも、人知を超えた存在としての格の違いを感じさせられます。
 もしその場にいたのがワタクシだけであったなら、思わずひれ伏さずにはいられなかったことでしょう。

「――あら、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですわよ」

 あまりの威圧感に動けずにいると、黄金の龍の隣に座っている珊瑚や金銀の豪華な装飾を身に着けた黒髪の女性が、ワタクシ達にニッコリと目を細めて声をかけました。

 どことなくその笑顔はリュージさんに似ています。きっとこの美しい女性が今日誕生日を迎える母親なのでしょう。

「おかえりなさい、ハオレン」

妈妈マーマ!(※中国語でお母さんの意味)今日、一緒にお料理作ってくれるアレクさんとジェルさんネ!」

 紹介されたのでワタクシは軽く息を吸って背筋を正し、丁寧にお辞儀して祝いの言葉と挨拶を述べました。

「凛々しい殿方に美しいお嬢さんね。ようこそ。ハオレンがいつもお世話になっております」

「ジェルさんはお嬢さん違うヨ?」

「あらまぁ、そうなの。うふふ、それはそれでありよね……」

 彼女は手元の扇子で口元を隠しながら、ふんわりと優雅に微笑みます。

 なんだか妙な想像をされた気がしますが、聞かなかったことにしてワタクシ達は両親が見守る中で料理の支度(したく)を始めることにしました。

「あの、リュージさん。台所はどちらに?」

「今から持ってきてもらうヨ~」

「持って来る……?」

 リュージさんが召使達に命令すると、大広間に大きなテーブルや調理器具が次々と運び込まれて、あっという間にその場に簡易キッチンができあがりました。
 コンロに水道まで完備されていて、まるで料理番組を撮影するスタジオみたいです。

「これはすごいですねぇ」

 これだけ設備が整っているなら小籠包を問題なく作れる、そう思っていたのですが――。

「ジェルさん、どうしました?」

「おい、ジェル。大丈夫か?」

「……あの、さっきから視線が。――いえ、なんでもないです」

 …………。

 ワタクシ達が料理をしている姿を、巨大なリュージさんの父親が鼻息が聞こえそうな距離で覗き込んでくるのです。
 
 決して悪意は無いんでしょうけど、そのぎょろりとした目で手元を見つめられると、やはり緊張して手が震えてしまいます。

 幸いアレクはどんなに見られてもまったく平気そうなので、彼とリュージさんにメインで作業してもらい、ワタクシが指示を与える感じでなんとか乗り切りました。
 
「見て見て! できたヨ! 小籠包できたヨ!」

 蒸し器の中でほかほかと湯気を立てるたくさんの小籠包を、リュージさんは大喜びで母親に見せました。
 
「すごいわ、ハオレン。今日は素晴らしい日になりました、ありがとう。せっかくのご馳走です。皆でいただきましょう」

 早速、その場で宴席が設けられ、美味しいお酒や山海の珍味と共に小籠包をいただくことになりました。

紹興酒しょうこうしゅうめぇ~、小籠包と合うなぁ」

「アレクさん、飲みすぎ注意ネ~」

「アハハハハ! もっとリュージも飲めよ~!」

 仲良く酒を酌み交わす彼らを、母親は幸せそうに見つめています。
 同じようにその和やかな光景を見ていたワタクシは、ふとあることに気付きました。

「あれ……リュージさんのお父さんはどちらに?」

 そう、気が付けばあの巨大な龍の姿がどこにも見当たらないのです。

 そして龍の鎮座していた場所には、レストランの子ども用の椅子みたいな足の長い椅子に座って料理を食べている、豪華な礼装を着た小柄な男性の姿があります。

「あの、リュージさん。あの椅子に座っている方はもしかして……」

「お父さんデス。龍の姿だとお箸が使えないから人の姿になりマス!」

「できれば最初からその姿でいて欲しかった……!」

 ――それなら手が震えずに済んだのに。ワタクシは苦笑いしながら小籠包を口に放り込んだのでした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

とある作家の執筆おやつ。

片瀬ののか
キャラ文芸
売れない小説家・竹内美卵。 文学賞の奨励賞を受賞し、 なんとかデビューするものの、まったく売れず、 食品工場でバイトしながら次回作のプロットを練る日々……。 そんな彼女の執筆&執筆中に口にするおやつの話。

生き返った物置小屋の毒巫女は、月神様に攫われる

香木あかり
キャラ文芸
あやかしと人が共存している国。 人々は神格と呼ばれるあやかしを信仰し、神格と話が出来る能力者の家系が影響力を高めていた。 八久雲(やくも)家もその一つ。 両親を亡くしたひな乃は、母方の親戚である八久雲家に仕えていた。 虐げられ、物置小屋で暮らす日々。 「毒巫女」と呼ばれる役目を押し付けられており、神事で毒を飲まされていた。 そんなある日、ひな乃宛に送り主不明の荷物が届く。 中には猛毒が入っており、ひな乃はそれを飲むように強いられ命を落とした。 ――はずだった。 ひな乃が目を覚ますと、柊と名乗る男がいて……。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
 香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。 ⚠最新話投稿の宣伝は基本しておりませんm(。_。)m

処理中です...