上 下
94 / 163
season2

95話:魔界の桜

しおりを挟む
 俺は急いで弁当を作りに台所へ向かった。

 弁当の上に保冷剤を置いて、その上に冷蔵庫で冷やしていた小さいサイズの日本酒を乗せ、箸や紙コップも一緒に大きな保冷バッグに放り込む。
 酒が飲めないジェルには水筒に入れた紅茶があるし。よし、これで大丈夫だ。

 準備をして裏庭に出てみると、ジェルが地面に魔法陣を描いていた。

「お、移動は転送の魔術を使うのか!」

「えぇ。正攻法では、まず行けませんからねぇ」

「えへへ、お花見楽しみだなぁ。弁当はおにぎりと卵焼きにウインナーにしたぞ!」

「ふふ、それはいいですね。じゃあ、出発しましょうか」

 俺達は地面に描かれた魔法陣の上に立った。ジェルは足元の魔法陣を見ながら意識を集中している。

「それじゃ行きますよ……」

 ジェルが転送の呪文を唱えると、魔法陣が輝き始めて光の渦が体を包み込んだ。ふわりと浮くような感覚がして、エレベーターが下がるときの感じに似ているなぁなんて思う。

 次の瞬間、俺の足に乾いた土の感触がして体にひんやりした空気がまとわりついた。真っ暗な空の遠くでギャーギャーとカラスの鳴き声が聞こえる。

 まさか、間違った場所に転送されたんだろうか。
 しかしジェルは特に焦る様子もなく、涼しい顔をしている。

「お、無事に着いたようですね。よかった」

「おい、ジェル。なんだ、この陰気な場所は……?」

「お花見会場ですよ?」

 彼はいたって当たり前のように答えた。いやいや、この荒地のどこがお花見会場なんだよ。

「どう考えてもそんな感じじゃねぇだろ。どこに桜があるんだよ?」

「桜なら、あっちの方にたくさんいますよ?」

「それを言うならありますじゃねぇのか? “います”ってなんだよ……うえぇぇっ⁉」

 ジェルが指差した先には、たくさんの桜が咲いていた。
 ただし桜の木は皆、まるで人間みたいに根っこを足にして自分で歩いている。

「なんだよあれ! なんで桜が歩いてるんだ⁉」

「魔界の桜は歩き回るんですよ」

「えぇっ⁉ ここ魔界かよ!!!!」

「えぇ。アレクが“どこでもいいからお花見に行きたい”って言ったじゃないですか」

「確かにお兄ちゃんどこでもいいって言ったよ⁉ だからって魔界に連れて来るか普通⁉」

 普段から魔術を研究しているジェルは、魔界からゴーレムやスケルトンといった魔物を召喚したりもする。
 だから彼にとっては、魔界に行くくらいたいしたことではないんだろうが……。

「さぁ、もっと近くで桜を見ましょうか」

 そう言って、うろうろ徘徊している桜の木にジェルは無防備に近づいていく。

「おい、大丈夫なのかよ?」

「おとなしい種族ですから、大丈夫ですよ」

 俺とジェルが近づくと、桜の木は人間に興味があるらしく、ゆっくりと集まってきた。
 ほとんどが俺の倍くらいの高さの立派な木で、囲まれると俺の視界が薄紅色でいっぱいになる。

 握手を求めるように目の前に伸ばしてきた枝をジェルが優しく撫でると、桜はくすぐったそうに枝を揺らした。

 人懐っこくてなんだか可愛いし、近くで見ても動く以外は普通の桜の木だ。
 よかった、これなら安心してお花見できそうだな。

 俺はすっかり安心して、集団のど真ん中にビニールシートを敷き、保冷バッグから日本酒を取り出した。

「あ、アレク! お酒はいけません!」

「へっ? ……うぁぁぁぁぁぁ‼」

 次の瞬間、俺の体は酒の瓶と一緒に枝に絡め取られていた。枝が触手みたいにぐにゃぐにゃ動いて、俺めがけて次々と襲ってくる。

「おい、なんだよこれ! おとなしい種族じゃねぇのかよ!」

 桜の枝で空中に羽交い絞めにされた俺の姿を見上げながら、ジェルは少し離れたところから叫んだ。

「それがですね~! 魔界の桜はお酒が大好物で、お酒を持っていると襲ってくるんです~!」

「先に言えよバカぁ~! おい、お兄ちゃんスケベブックみたいなことになってるんだけど! うわっ、まってやだぁぁぁ! そこはダメぇぇぇぇぇ~!!!!」



 桜たちは俺から酒を奪っただけでなく服まで奪っていく。おいおい、俺のセクシーボディが大公開じゃねぇか。
 枝がカチャカチャと器用に俺のベルトを外してズボンを剥ぎ取り、そして――

 次の瞬間、俺の体は急にぽいっと空中に放り投げられた。

「うわぁぁぁっ!」

 投げ捨てられた俺の体は、ゴロゴロと地面に転がる。
 そんなに高いところから放り投げられたわけではなかったのと、とっさに受身を取ったので、幸い大きなケガは無さそうだ。

「大丈夫ですか、アレク!」

「あぁ。ちょっとすり傷はできちまったが大丈夫だ。でもなんで急に俺は放り投げられたんだ?」

「そのギラギラパンツのせいですよ。魔界の桜は光り物が苦手なんです。クソ悪趣味な下着をはいていたおかげで助かりましたね」

 ジェルの透き通った青い瞳は、俺のギラギラとスパンコールで輝くセクシービキニパンツを冷ややかに見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

太陽と月の終わらない恋の歌

泉野ジュール
キャラ文芸
ルザーンの街には怪盗がいる── 『黒の怪盗』と呼ばれる義賊は、商業都市ルザーンにはびこる悪人を狙うことで有名だった。 夜な夜な悪を狩り、盗んだ財産を貧しい家に届けるといわれる黒の怪盗は、ルザーンの光であり、影だ。しかし彼の正体を知るものはどこにもいない。 ただひとり、若き富豪ダヴィッド・サイデンに拾われた少女・マノンをのぞいては……。 夜を駆ける義賊と、彼に拾われた少女の、禁断の年の差純愛活劇!

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日

葉南子
キャラ文芸
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★ 妖が災厄をもたらしていた時代。 滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。 巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。 その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。 黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。 さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。 その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。 そして、その見合いの日。 義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。 しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。 そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。   ※他サイトでも掲載しております

結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ
キャラ文芸
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。 仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。 本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは? ※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。  主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。 ※番外編を随時更新中。

たまゆら姫と選ばれなかった青の龍神

濃子
キャラ文芸
「帰れ」、と言われても母との約束があるのですがーー。 玉響雪音(たまゆらゆきね)は母の静子から「借金があるので、そこで働いて欲しい」と頼まれ、秘境のなかの旅館に向かいます。 そこでは、子供が若女将をしていたり働いている仲居も子供ばかりーー。 変わった旅館だな、と思っていると、当主の元に連れて行かれ挨拶をしたとたんにーー。 「おまえの顔など見たくない」とは、私が何かしましたか? 周囲の願いはふたりが愛し合う仲になること。まったく合わない、雪音と、青の龍神様は、恋人になることができるのでしょうかーー。 不定期の連載になりますが、よろしくお願い致します。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

後宮に住まうは竜の妃

朏猫(ミカヅキネコ)
キャラ文芸
後宮の一つ鳳凰宮の下女として働いていた阿繰は、蛇を捕まえたことで鳳凰宮を追い出されることになった。代わりの職場は同じ後宮の応竜宮で、そこの主は竜の化身だと噂される竜妃だ。ところが応竜宮には侍女一人おらず、出てきたのは自分と同じくらいの少女で……。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...