それは非売品です!~残念イケメン兄弟と不思議な店~

白井銀歌

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season2

92話:玄武の湯

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 村は山に囲まれていて、まだ苗が植わっていない茶色い田んぼがたくさん広がっています。
 
 のどかな風景に心を和ませていると、向こうから着物姿のとても美しい女性が3人、ゆっくりと連れ立って歩いて来るのが目に入りました。

 素敵だなぁと見とれていると、すれ違いざまに彼女達がにっこり微笑んで会釈をしたものですから、思わず緊張して顔が熱くなってしまいました。

 気恥ずかしくなってふと隣を見ると、アレクは彼女達のことをまったく見ておらず、なぜか田んぼの向こうを物珍しそうに見ています。
 美しい女性よりも目を惹くものが、そこにあるというのでしょうか。

「すげー、区別つかねぇ……」

 アレクの視線の先には、白髪で同じ着物を羽織って同じ顔をした老婆が2人並んで立っていました。双子かもしれません。

 3人の美しい女性、双子の老婆――あぁ、何だか嫌な予感がします。何かとんでもない事件が起こるような……

 一度気になりだすとなかなかそういう考えは消えないもので、歩いているうちにだんだん重苦しい気持ちになってしまいました。

「ねぇ、アレク。やっぱり帰りませんか? ワタクシ、なんだか不安で……」

「え、せっかく来たのに何言ってるんだよ。ほら、旅館に着いたぞ」

「あ、これが……」

 到着した先にあったのは真新しい感じの立派な旅館で、看板には大きく筆文字で「玄武げんぶの湯」と書かれていました。

 入り口のすぐ近くには池があって、大きな鯉がゆったりと泳いでいます。
 
「それじゃ、アレクサンドルさんにジェルマンさん。私はこれで失礼します」

 銀田一さんは玄関の大きなガラス戸を開けて、先に旅館の中に入っていきました。おそらく彼はここに逗留とうりゅうしているのでしょう。

「ほら、俺たちも行くぞ」

「えぇ……」

 旅館の中に入ると40代くらいの女将おかみさんが出迎えてくれました。

「ようこそ、玄武の湯へ。あら、アレクさん! 来てくださったんですね」

「女将さん、久しぶり! ゲンちゃん元気にしてる?」

「えぇ。早速来ていただけたなんて、玄武も喜びますわ。そちらが弟さん? お話は聞いてますよ。さぁさぁ、こちらへどうぞ」

「はぁ、どうも。お世話になります……」

 ワタクシ達は、2人で泊まるには少々広めの綺麗な和室に通され、お茶とお菓子を振舞われました。
 普段は紅茶派のワタクシですが、日本茶もたまに飲むと美味しいものです。

「それじゃ、玄武を呼んできますので。少々お待ちくださいね」

 女将さんは愛想よく微笑んで上品にお辞儀をすると、襖を閉めて部屋を出て行きました。

「――ねぇ、アレク。玄武の湯ってずいぶん仰々しい名前ですね」

「あー。玄武って亀のすげぇやつだよな、たしか」

「アレクらしい雑な認識ですねぇ。見た目はたしかに亀ですけど、玄武というのは中国の神話で北の方角を司る霊獣なのですよ」

「へぇ。ゲンちゃんやべえな」

 アレクは語彙力の無い感想を述べると、おなかが空いているのかお茶請けに出されたお煎餅をバリバリと勢いよく食べています。

「その“ゲンちゃん”というのは、誰なんですか?」

「あぁ、まだ言ってなかったな。この旅館の一人息子だよ。もともとはゲンちゃんのオヤジさんの亀造さんが経営しててさ。名前も最初は『亀の湯』だったんだけど、ゲンちゃんが跡を継いだから『玄武の湯』にしたんだってさ」

「亀から霊獣にパワーアップしたんですね……」

 そんなことを話していると「失礼します」と外から声がして、着物姿の小柄な若い男性が襖を開けました。
 髪を短く整え、健康的に日焼けした顔は爽やかなスポーツマンといった感じの印象を受けます。

 神妙な表情で入ってきて畳に手をつき丁寧に挨拶をした男性は、アレクを見て一気に顔をほころばせました。

「玄武の湯へようこそ、当旅館のあるじの玄武でございます……いやぁ、アレク! 久しぶりだなぁ!」

「あはは、ゲンちゃんも立派になったなぁ。跡を継いだって聞いてびっくりしたけど。着物似合ってるじゃねぇか!」

「まぁな。――そちらが弟さん? 母さんが女の人みたいに綺麗だってびっくりしてたよ」

「はぁ、ありがとうございます」

 なんと返していいものかわかりかねて、小さな声でお礼を言って気まずさを隠すようにお茶をすすりました。
 そんなワタクシを見て、アレクは主の玄武さんとの出会いを話し始めます。

「いつだっけかなぁ……お兄ちゃんさぁ、その日クジラを見たくて船でうろうろしてたんだけどな。そしたら無人島のはずの島の海岸でなぜか旗振ってるヤツがいて。それがゲンちゃんとの出会いだったんだ」

「ハハハ、あの時はアレクの船が通りがかってくれてラッキーだったなぁ~!」

 玄武さんはそれを聞いて楽しそうに笑いました。なかなかアクティブな人物のようです。

「それでさぁ。近づいてよく見たら、旗じゃなくて木の棒にTシャツくくりつけてて。それをフルチンのゲンちゃんが鼻水たらして泣きながらブンブン振ってるんだよ。見た瞬間、大爆笑だったわ!」

「おいおい、ひでぇなアレク。これでもこっちは真剣だったんだぞ。遭難して生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから」

「そりゃそうだよな! ハハハハハ!」

 2人はまるでお酒でも入っているかのように豪快に笑っています。

 なるほど、ずいぶん親しげだと思ったら、玄武さんにとってアレクは恩人だったというわけなのですね。

「――それじゃ、そろそろ仕事があるんでまた後でな。ゆっくりしていってくれ」

 玄武さんは立ち上がって襖に手をかけました。

「おう、ありがとうな!」

「ありがとうございます」

「あぁ、言い忘れてた……」

 彼は急に真剣な顔になり、ワタクシ達に警告したのです。

「今夜、誰かがころされ…………いや、なんでもない。いいか、戸締りはしっかりして寝るんだぞ」

「あ、あぁ……」

「――それじゃあな」

 今夜誰かがころされ……殺され⁉
 まさか、そんな。
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