それは非売品です!~残念イケメン兄弟と不思議な店~

白井銀歌

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season1

62話:ワンワン

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「さて、今日は何の本を読みましょうかね……ん?」

 いつものようにカウンターに座って店番をしていたワタクシの目の前で、店内であるのになぜか一陣の風が吹き、それと共に見覚えのある姿が現れました。

「あ……あなたは!」

「オレサマが誰かわかるか? ワンワン!」

 ――えぇ、わかりますとも。

 貧相な犬の顔。胴長短足で不恰好な手足。ひょろひょろのミミズのような何かと、鍋の蓋を持った姿。
 よくまぁここまで再現されたものだと感心するレベルで、ワタクシが護符に描いた守護を司る神にそっくりでした。

「ワンワン! オマエがふざけた護符を作ったせいで、オレサマの姿がこんなに情けなくなったぞ、ワンワン!」

「えぇっ⁉ あの護符ってそのまま姿が反映されちゃうんですか?」

「オマエのせいで魔女たちに大笑いされて、恥ずかしかったんだワン!」

 護符の神は、ミミズのような細い剣をブンブン振りながら怒鳴りました。
 それにしてもずいぶん奇妙な話し方ですが、もしかして姿に合わせて知能まで下がっているんでしょうか。
 ライオンのつもりで描いたのに、犬と認識されたのが悔しいです。

「ワンワン! 許さないワン! オレサマの聖剣でミンチにしてやるワン!」

「はぁ……」

 ミミズのような聖剣の威力は不明ですが、いざとなれば障壁の魔術で防げるでしょうか。
 とはいえ、神を敵に回すのは後々やっかいなことになりそうな……

 さてどうしたものかと思っていますと、店と家を繋ぐ扉が開いてアレクが慌てて飛び出してきました。

「おい、ジェル! 何か怒鳴り声が聞こえたが大丈夫か⁉ ……あれ? これって、えっ、うそ、マジかよ、ぶははははは! 再現すげぇんだけど‼」

 アレクは護符の神を見て大笑いしています。

「お、オマエ……オレサマをバカにしたな⁉」

「え……あ、人形じゃなくて本物かよ。てっきりCGプリンターで出力したのかと思った」

「――ワンワン! 許せないワン!」

 人形呼ばわりされて怒りが沸点に達したらしく、護符の神は剣を勢いよくアレク目掛けて振り下ろしました。

「アレク! 危ない!」

 ワタクシは障壁の魔術を行使しようと手を伸ばしましたが、それよりも早くアレクはベストの内ポケットからナイフを取り出し、攻撃を受け止めました。

「ぬぅ……オレサマの攻撃を受け止めるとは!」

「――笑ってすまなかったな、神様。そのへんちくりんな姿はジェルが作った護符の影響なのか?」

「そうだワン……」

「やっぱりそうか。それならひとつ、俺に良い提案があるんだが?」

「なんだワン?」

 神の剣をナイフで受け止めたまま、アレクは穏やかな声で言いました。

「もう1回、護符を作るチャンスをくれないか?」

「もう1回……?」

「今度はちゃんとしたの作る。すげぇ良いのだからきっと満足できるはずだ。だから今日のところは引き下がってくれよ、な?」

 ちゃんとしたのって……ワタクシ、また護符を作らないといけないんですか⁉
 それに絵だって、そんな急に上手くなるわけでもないし。

「さすがにそれは無茶なのでは……」

 ワタクシは意見しようと口を開いたのですが、それよりも先に神が剣を下ろし返答しました。

「――わかったワン、では1週間だけ待ってやるワン」

「え……そんな」

「おう、お兄ちゃんに任せとけ!」

 神は再び一陣の風と共に消えていきました。

「どうするんですか! ワタクシあれより上手くなんて描けませんよ⁉」

「あー、それな。俺が描くわ」

 アレクはあっさり答えました。
 そういえば、以前に魔女の箒を改造した時に彼が設計図を描いたことがあったんですが、なかなか上手だったように思います。

「なるほど、それなら何とかなるかもしれませんね。少なくともワタクシよりはまともかと……」

「あ、でも俺、文字部分とかそういうのわかんねぇから、絵以外はジェルがやってくれよ?」

「えぇ、お任せください!」

 こうしてワタクシ達の合作が始まりました。
 アレクが見守る中、ワタクシが羊皮紙に特別に調合した素材で魔法円と呪文を書いていきます。

「――さて、後はこの空間に神の絵を描くだけです! アレク、頼みましたよ!」

「おう、後はお兄ちゃんに任せろ!」

 彼は自信満々にニヤリと笑って、水晶で作られたペンを受け取りました。

 ――そして翌日。ジンに事情を説明して来てもらい、ワタクシ達は護符を再び納品しました。

「あれでよかったんですかねぇ……」

「大丈夫だ、お兄ちゃんを信じろ!」

 そして神との約束の1週間後。
 いつもと変わらぬ店内でワタクシとアレクが談笑していますと、あの時と同じ一陣の風が吹き、何者かが現れました。

 その姿は、ギリシャ彫刻のように整ったプロポーションでした。
 艶やかに肩へ流れる髪。ハンサムな顔立ちに吸い込まれそうな美しい瞳と長いまつ毛。ロココ調の優雅で華やかな装飾が施された鎧と盾。そしてまばゆい輝きを放つ神々しい剣。

 誰もが見とれてしまうような美しい神の姿がそこにありました。

「ど、どちらさまで……」

「我がわからぬのか?」

「その姿はもしかして護符の……⁉」

「おー、すげぇ良い感じだな! ソシャゲのSSRみたいだぞ!」

「うむ。我は非常に満足しておる。これからも精進せよ」

「は、はい」

 ――前に会った時は『~だワン』なんて言ってたのに……恐るべし、絵の力。

「ではさらばだ……」

 周囲に神々しい輝きを放ちながら、爽やかな笑顔で護符の神は消えていきました。

「……本来の姿とは完全に別物になってましたが、あれで良かったんですかねぇ」

「本人が満足してたし、いいんじゃねぇか?」

「しかし、アレクよくあんなすごい絵描けましたね」

「なんかヤバそうだったからお兄ちゃん本気だしてみたわ。でも鎧の模様とか細かく描くのがすげぇめんどくさかったし、もう二度と描きたくねぇけどな~ハハハ!」

 アレクはそう言って、大きな声で笑いました。

 こうして無事、問題は解決しました。
 しかし……。

「――アレク! 追加注文です‼」

「またかよ! もう描きたくねぇ‼」

「何言ってるんですかアレク! あの護符が魔女たちの間で『超絶イケメンに守ってもらえる護符』として話題になってるんですよ! ビジネスチャンスです!」

「何がビジネスチャンスだ! ジェルのバカぁぁぁぁぁ~!!!!」

 隣で悲鳴をあげるアレクを叱咤激励しながら、ワタクシは羊皮紙にペンを走らせるのでした。
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