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サディアス×ニコロ
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しおりを挟む「……えーと、大丈夫ですか」
「……ああ……。ところで、君は?」
声が聞こえたほうへ顔を向けると、少し困ったような表情でサディアスを見ていた。サディアスは起き上がり、辺りを見渡す。結界の外のようで、どうやら彼がサディアスを守ってくれていたようだ。
「ニコロ。先日入団した平民です」
「そう。わたしは――」
「知ってますよ、アシュリー隊長。俺、あなたの隊ですから」
ニコロが肩をすくめた。先日入団したばかりだというのに、自分の顔と名を覚えてくれていたのかと目を瞬かせるサディアスに、ニコロが手を差し伸べる。
「ともかく今は王都へ戻りましょう。歩けそうですか?」
「……大丈夫だ。だが、わたしはどうしてここに?」
「ああ、多分魔物を倒す時に魔力使い切っちゃったんでしょう。俺らを守ろうとしてぶっ倒れるなんて、隊長としてはどうなんですかねぇ……」
皮肉っぽい言い方をされて、サディアスは目を丸くする。貴族である自分にそんな言い方をするのは主に肉親や自分よりも爵位が上の者ばかりで、それはもっと遠回しに言われる棘の刺さった言葉が主だ。
だが、ニコロの言葉は皮肉っぽい言い方をしているのに、その根底はサディアスへの心配が隠れていない。というより、サディアスが自然に起き上がるまで待っていたのだ。万が一の時を考えて、彼はこの場に残ってくれていた。
「他の皆は?」
「無事です。隊長が守ってくれましたからね。でももう少し自分のことも顧みたほうが良いのでは?」
――ああ、やっぱり。
サディアスは自然と表情が綻んだ。それを見たニコロがぎょっとしたように肩を跳ねさせて、それから彼は差し出した手を引っ込めようとする。その前に彼の手を取って、サディアスは立ち上がった。
「ニコロ、だったね。ありがとう」
「――はい?」
突然そんなことを言われてニコロは首を傾げる。まだ幼い、少女のような顔をしたサディアスに微笑まれて少しだけ胸が痛んだ。
――そう、まだ幼いのだ、この隊長は。国が何を思って、この少年を隊長にしたのかはわからないが、まだ魔力のコントロールも出来ない年齢の子を戦場に出すなんて、とニコロは内心で毒を吐く。
「わたしの身を案じてくれたの、嬉しかった。もっと鍛錬を重ねなければならないね」
「ぶっ倒れない程度にお願いします」
「うん、気を付けよう」
それがサディアスとニコロの初めての会話だった。
その日から、なぜかサディアスがニコロに懐いた。と、言うのもサディアスにとってニコロの価値観は自分の知らない感覚を教えてくれる、貴重なものだったから。
ニコロも初めは困惑していたが、だんだんと懐いてくるサディアスを弟のように可愛がった。年の差は四歳ほど。初めてニコロが彼に声を掛けた時、サディアスはまだ十六歳で隊長としては一番若い。なんだかんだと世話をしてしまったのは、ニコロの面倒見が良かったからとも言えるし、他の騎士団員がサディアスの身分に少し距離を置いていたからでもある。
だが、数年が経ち聖騎士団の仲間は貴族・平民とあまり差を感じないようになった。暮らしてきた習慣などは違うが、魔物を討伐する仲間として、同じ生活を送るうちに自然と上下関係が曖昧になってきてしまう。
ニコロもそのうちにサディアスのことを名前で呼ぶようになり、口調も砕けてきた。そのうちに平民である彼が文字を読み書き出来ないことを知り、サディアスはニコロに文字を教えるようになった。
「……いっそもう、平民を集めて文字の講習したら良いんじゃないか?」
「なるほど、それも手だね。読み書きできれば色々便利だし。ああ、でも今の騎士団長では無理そうだ」
サディアスはくすくすと笑う。現在の騎士団長では提案したところで即却下されるのが目に見える。頭の固い人物であるから、今のこの状況もあまり良く思ってないとは騎士団員なら誰でも知っている噂のひとつだ。
「騎士団長が違う人にならなきゃ無理か」
「……ニコロは、他の人にも文字を教えるべきだと思う?」
「え? あー、まぁ。便利だしな」
そう、と呟いたサディアスに、ニコロは首を傾げた。彼を何を考えているのが理解したのはそれからさらに数年後。騎士団長に一騎打ちを願い、見事に打ち負かし現騎士団長の座に就いたのをこの目で見たからだ。
とても良い笑顔で「これからは私が騎士団長になります」と宣言したサディアスに、他の団員は彼の本気を悟って何とも言えない表情で拍手をした。わざわざ騎士団員を集めて一騎打ちを申し込んだのは……。
一ヶ月後、正式にサディアスは騎士団長の座に就き、盛大に騎士団の内情を変えていった。それがサディアスが二十歳の頃になる。
ニコロは昔の六番隊から一番隊へ移動し、サディアスと接することは少なくなった。
元々同じ隊だったから声を掛けられていたのだろう。今となっては騎士団長として忙しくしている彼に声を掛けることは躊躇われたし、自分たちの繋がりなどその程度のものだと諦めにも似た気持ちがあった。とはいえ、かつて弟のように可愛がったサディアスが騎士団長として立派に役目を果たしているのを見るのは中々誇らしいものがあった。
「ニコロ」
だから、声を掛けられ驚いた。サディアスはにこにこと微笑んで、「ふたりで一緒に呑まないか?」と酒瓶を片手に誘ってきたのだ。――他の団員がまだ残っているうちに。ニコロは戸惑った。なんでわざわざ他の団員が残っているこの場所で誘ってきたのだろうか。とはいえ、特に断る理由もなかったので「良いですよ」と答えた。
――多分、それが間違いだったのだろうと、当時を振り返ってニコロは苦々しく表情を歪めた。
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