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サディアスの屋敷に行くルート
つかまえた 後編
しおりを挟むそれから一ヶ月が過ぎ、三ヶ月が過ぎ、半年が過ぎた。
サディアスの屋敷で、ニコロは車椅子は与えられたけれどもリハビリはさせてもらえない。そして、屋敷の外に出ようにもニコロの居る部屋は三階で、ここから玄関に向かうには階段を通らなければならない。屋敷の人たちはニコロに親切だが、決して階段を使わせてはくれなかった。恐らく、サディアスが使用人にニコロを逃がさないように伝えているからだろう。
傷が完治してもリハビリが出来ないのでは歩くことすら諦めないといけなくなる。ニコロがそのことに気付いた翌日に、仲の良かった同僚たちが見舞いに来てくれた。
「それにしても驚いたぜ、ニコロ。玉の輿じゃん」
「――は?」
「まぁ、団長もずっとニコロを気にかけていたし、うん、めでたいことだよな!」
仲の良かった同僚ふたりが何を言っているのかわからずに、ニコロは「何の話だ?」と尋ねる。ふたりは顔を見合わせて、それからニコロを突いて「またまたぁ」と笑う。
「ニコロと団長、結婚するんだろ? おめでとさん!」
「――……誰と、誰が結婚するって……?」
「だから、お前とアシュリー団長だよ。団長が昨日皆に報告してたぜ?」
――その時ニコロは悟った。
サディアスはこの屋敷にニコロを閉じ込めるつもりなのだと。青ざめた顔を見た同僚たちは、具合が悪くなったのだろうかと早々に帰ることになり、「お大事になー」と一言ニコロに声を掛けてから出ていった。
部屋に残されたニコロはベッドの中で小さくため息を吐く。サディアスに聞きたいことがたくさんある。起き上がり、腕を伸ばしてメモ用紙とペンを取り出してさらさらと文字を書いていく。
サディアスに文字を教わっていた頃は、ただの隊長と平隊員だったハズだ。最初にサディアスに声を掛けられた時は、ニコロがひとりで鍛錬をしていた時で「気絶したわたしを助けてくれてありがとう」と微笑んでいた少年の頃を思い出し、ニコロは目を閉じた。
(あの頃は可愛かったのに)
成長していくにつれて、可愛かった弟のような存在はいつの間にか自分の背を追い越し、さらには聖騎士団長まで昇り詰めた。やり方については賛否両論があった。若い者たちは大体がサディアスを支持していたが、当初は色々あったらしい。風の噂がニコロの元にも来るくらいには。
その辺りから可愛いと言うよりは読めない存在になっていった。もしも、もしもあの日声を掛けたのがニコロではなかったら、こんなことになりはしなかったのでは? そんなことを悶々と考えていると、扉がノックされた。ニコロの返事を待つことなく、扉が開かれる。
「具合はどうだい、ニコロ?」
「……どういうつもりですか」
「何のこと?」
にこやかに問いかけるサディアスに、ニコロは鋭い眼光を向ける。それを受け止め、サディアスはベッドに腰を掛ける。近くなった距離にじりじりベッドの隅に移動するニコロ。その手を取ってきゅっと握り込むサディアスに、ニコロは嫌そうに表情を歪めた。
「同僚から聞きましたよ。あんた、一体何がしたいんです?」
「ああ、結婚のこと?」
納得したようにうなずいて、サディアスは一度ニコロから手を離すとナイトテーブルへ手を伸ばして一枚の紙を取り出した。それをニコロに見せる。――いつから用意していたのかはわからないが、婚姻届けのようだ。――すでにサディアスの名前が記入されている。
「一昨日ニコロの言質は取ったからね。早速準備したんだ」
「どういうことです?」
「あれ、やっぱり覚えていない? まぁ、そんなことだろうとは思ったけど」
一昨日のことを思い出そうと眉間に皺を刻んでいるニコロに、サディアスはポケットから何かを取り出してニコロに見せる。そして、それをニコロの耳に当てると魔力を込めた。その時流れた音声に、ニコロはぎょっとして目を大きく見開き、顔を赤らめて乱雑にサディアスの手を払いのける。
「思い出してくれた?」
「な、なんつーもん録音してんだ!」
「録画もあるけど見る?」
「いらんっ!」
顔を赤くしたり青くしたり忙しいニコロに対して、サディアスは残念そうに肩をすくめた。いつ録音されたのかも撮られていたのかもわからない。――いや、まさかとは思うがこの部屋に何か仕掛けられているのでは……?
ニコロがそんなことを考えていると、サディアスは婚姻届けをナイトテーブルへ戻して、再びニコロの手を取った。
「何でもするって言ったんだから、構わないだろう?」
「んな状況の言葉を真に受けるヤツがいるか!?」
「だから言質は取ったと言ったろう?」
心底楽しそうに笑うサディアスに、これからのことを想像してニコロは顔を青ざめる。この屋敷にニコロを縛り付けるつもりだと確信して、どうにかこの状況から打破出来ないかと思考を巡らせる。
「――逃がさないよ、ニコロ」
びくりとニコロの肩が跳ねる。サディアスの笑みは美しくもあったが、それよりも目が笑っていなくて怖い。――本気だ、と感じた。
「最期までわたしと一緒に居ようね」
ちゅっとニコロの手の甲にキスを落とすサディアスを見て、逃げられないのを悟ったニコロは諦めたように目を閉じる。それに感付いたのかサディアスはさらに口角を上げた。優しく、優しくニコロを抱きしめて、サディアスは心の中でこう呟いた。
――これでニコロはわたしのもの。
それはとても甘美なものだ。たくさんたくさん優しくして、愛して、ニコロが心の底からサディアスを愛してくれるようになるまで――いや、そうなったとしてもこの屋敷からニコロが出ることはもう一生ないだろう。
「愛しているよ、ニコロ」
ニコロからの返答はない。だが、サディアスにはニコロの心が揺れているのがわかった。
「本当、何考えてんだあんた……」
「もちろん、わたしたちふたりの幸せの形を」
「……逃がす逃がさないの関係性って幸せとは程遠いと思うけど?」
「ニコロだってわたしのことが好きだろう?」
「どっから出るんだ、その自信」
呆れたように言うが、その口調はどこか優しい。ニコロはサディアスのスキルを知らない。サディアスは教えるつもりもない。どこにニコロの本心があるのか、サディアスはすでに【知っている】状態だ。
この状況に不安がっていることも知っていた。だから、サディアスがニコロを離すつもりがないこと示した。自分のスキルを巧みに利用して、ようやくここまでたどり着いたことにサディアスは満足している。
「盛大な式にしようか」
「勘弁してくださいお願いします」
残念そうに眉を下げるサディアスに、ニコロは彼の腕から逃れようと身を捩る。ひらりと舞ったメモ用紙に気付いたサディアスがそれを拾い、視線を落として読む。恐らく自分の心を落ち着かせるために書いたのだろう、かなりの殴り書きだったがニコロに文字を教えたのはサディアスだ。ニコロの文字の癖も熟知しているからしっかりと読めた。
色々文句を書いて、最後にはあの頃は可愛かったのに! と書かれていたメモ用紙を、サディアスは自分のポケットの中にしまった。
ニコロが文字を書くのはかなり稀なことだから、大切に保管しようと決めると自分の腕から逃げようとするニコロに顔を近付けて唇を奪う。
彼の躰から力が抜けていくのを感じ取って、サディアスは薄く微笑んだ。結局ニコロはサディアスのすることを受け入れてしまう。それを知っているからサディアスはニコロに対して強気でいられる。そのことにニコロは気付いていない。気付かせるつもりもない。
――早くわたしのところへ堕ちておいで。
声には出さず、心の中で呟いたサディアス。ニコロはただ、サディアスからの愛に溺れていくだけであった。
―Fin―
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