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サディアスの屋敷に行くルート
つかまえた 前編(2章10話までを読んでいることが前提)
しおりを挟むニコロが目を覚ました時、ここがどこだかさっぱりとわからなかった。ただ、徐々に思い出してきた。聖騎士団長であるサディアスを落石から助けようとして、彼の躰を急いでその場から引き離そうと自身のスキルである突風を使って彼を突き飛ばした。そして結局、落石に巻き込まれたのはニコロで、あまりの痛みに失神してしまったのだろう。その後の記憶がなかった。
(――ってことは、ここは教会か)
聖騎士団よりも教会のほうが治療には適している。躰を起こそうとしてふと違和感を感じた。両足の感覚がないのだ。あの大きさの落石をまともに受けてしまったのだから、当然と言えば当然の結果かもしれない。
そんなことを考えていると、扉がノックされてニコロが返事をすると扉が開き、神父と一番隊隊長である人物が部屋へと入る。
「具合はどうですか?」
「足の感覚がありません」
白髪頭の神父に正直にそう言うと、彼は「そうでしょうね」とうなずき、隊長はただニコロへと視線を向けていた。自身の部下が怪我をしたから、わざわざ見舞いに来てくれたのか、と考えて少し感心した。隊長であるメルクーシンが。人に興味を抱いていない人物が。物珍しそうに彼を見たのがバレて、メルクーシンが小さく息を吐いた。
「完治して、リハビリをすれば歩けるようにはなるでしょう。ですが……もう二度と、走れることはないでしょう……」
「そうですか」
「……ショックではないのか?」
「いやまぁ、足の感覚がない時点でそんなこったろうと……」
リハビリすれば歩けるようになるのなら、それで充分だとニコロは笑った。神父はニコロに痛み止めを施すと決して無理をしないこと、と言い残してその場を去り、メルクーシンだけが残った。彼がなにかを口にしようとする前に、再び扉がノックされた。
「ニコロ、起きているかい?」
サディアスの声にニコロは扉に視線を向けた。メルクーシンが「……もう来たか」と小さく呟く。もしかしたら仕事の合間を縫って見舞いに来てくれたのかもしれないと思うと、なんだか悪いような気がした。
「起きてますよ」
扉の外へ声を掛けると、サディアスが部屋に入って来た。メルクーシンが中に居ることに気付くと、一瞬目を瞠ったがすぐに笑顔になって近付いていく。
「ルードもニコロのお見舞い?」
「ええ。そういう団長は?」
「もちろん、お見舞いにね。具合はどう?」
「それさっき、神父さまからも聞かれましたよ」
肩をすくめるニコロに、サディアスは小さく微笑んだ。それからメルクーシンへと視線を移動させて「ルードに頼みたいことがあるのだけど……」と彼らはひそひそと話し始めた。会話をするなら外ですればいいのに、とニコロが考えていると、メルクーシンはニコロに対して「お大事に」とだけ言ってその場から去っていった。
「メルクーシン隊長になにを頼んだんですか?」
「……また敬語。普通に話してって言っているのに」
サディアスの言葉に、ニコロは小さく息を吐いた。弟のように可愛がっていた相手が聖騎士団長になり、元々の身分さもあって話すことすらなくなるだろうと考えていたニコロにとって、あの日サディアスがニコロにした行為はあまりにも不可解なものだった。
「……聖騎士団は辞めるの?」
「あ~……、走れなくなるみたいなんで……」
幸い二十歳の時から働いているから、貯金はそれなりにある。リハビリをしつつのんびりと暮らすのも悪くない。そんなことを考えていると、サディアスがニコロの手を取った。
「どうせならわたしの屋敷に来ると良い。たくさん可愛がってあげるから」
「……遠慮しときます……」
「そう言わずに、ね?」
「いやいや、聖騎士団長の手を煩わせる気はありませんので!」
ニコロはぶんぶんと顔を横に動かす。そんなことは気にもせず、サディアスは名案だろうとばかりににこにこ笑っている。もしかしたら、ニコロが怪我をしたことに関して責任を感じているのだろうか。サディアスを庇ったのは咄嗟のことで、考えるより先に躰が動いた。それだけなのでサディアスが無事ならそれで良かったのだ。
「だから敬語やめてってば」
「いやです。って言うかちょっと眠くなってきたから帰ってください」
「眠るまで傍にいるよ。それくらいは許して?」
小首を傾げて請うように、弱々しく言われてニコロは言葉を詰まらせる。それから大きなため息を一度吐くと、「……ちゃんと帰ってくださいね」とだけ言って瞼を閉じた。痛み止めが効いているのか、すぐに眠りに落ちていく。
瞼を閉じる前に見えた、サディアスの表情が気になると言えば気になるが――……。
次に目を覚ました時、ニコロは自分の身に何が起きたのかわからなかった。いや、理解したくなかった。聖騎士団の寮でないことは確かだし、教会の天井とも違う。昨日まで教会に居たはずなのに、と辺りを見渡す。
ニコロが目を覚ましたことに気付いて、サディアスが近付いてきた。にこにこと笑いながら。その表情から何を考えているのかがわからなくて、ニコロは息を飲む。
「……ここはどこですか」
「気付いているのだろう?」
――理解したくなかったことを理解した。サディアスの屋敷なのだと。一体どうやって運ばれたのかとか、なぜ働いているであろう時間帯に彼が居るのだろうかとか、ニコロの思考はぐちゃぐちゃだ。そんな彼を愛しそうに見つめるサディアスに、ニコロは動かない足を動かそうとする。
「わたしね、色々考えたんだ」
「……何を?」
じりじりと距離を詰めてくるサディアスから逃げるように、ベッドの中を手を使って移動する。だがどう考えてもニコロのほうが不利である。遂に壁際まで追い詰められて、手を取られた。
「どうすればニコロがわたしものになってくれるのかを」
「人をもの扱いすんのはやめろ! そもそも俺らはそんな関係でもなかっただろ!?」
思わず敬語を忘れてしまったが、サディアスは敬語ではないほうが嬉しいのか上機嫌に話し始める。
「――本当に、そう思う?」
真剣な表情を浮かべるサディアスに、ニコロは顔を逸らす。目を背けることは許さないとばかりに、サディアスがニコロの顎に手を掛けて視線を合わせた。ニコロから困惑を読み取って小さく笑う。あれだけ抱いても通じていなかったというわけか、と心の中で呟いて、空回りをしていた自分を嘲るような表情を浮かべると、ニコロの躰が硬直した。
落石は本当に偶然だったけれど、これは好機だとも思った。ニコロを完璧に自分のものに出来る好機だと。
「何とも思わない相手を、抱いたりなんてしないよ」
「……気まぐれじゃ……」
「ニコロの中のわたしはそんなに最低な人間なの?」
責めるように言えば、ニコロは視線を遠くへ飛ばした。サディアスはこつんとニコロの額に自分の額をくっつけた。顔の近さに何とか距離を取りたいニコロだが、もう逃げ場所がない。
「俺より良いヤツなんて山のようにいるだろ」
「ニコロしか欲しくないのだから仕方ないだろう?」
「いやいやいや……!」
もう黙って、とばかりに唇を塞がれるニコロ。抵抗する気も起きないくらい、サディアスの言葉はニコロの心を乱した。それをチャンスとばかりにしつこくニコロの口内を堪能する。聖騎士団に所属していた頃は互いの予定を考えて月に一回くらいの行為だったけれど、このままニコロがサディアスの屋敷に居るのならその頻度はどれくらいに上がるのだろうか。
サディアスは少しだけ口角を上げて、久しぶりのニコロを堪能することに決めた。
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