上 下
9 / 12

9話:フィンの部屋。

しおりを挟む
 色々と見回って、キッチンのほうも人手が足りないと言われた。今日中に募集を掛けておいた方がいいかもしれない。クラウスにそう伝えると、「すぐに手配します」と手を胸に当てて頭を下げた。人手不足がすぐに解消すれば良いんだけど。

「ディルクはこのまま僕らについて来て」
「かしこまりました」

 フィンの部屋を教えておかないといけない。色々と歩いている途中で、ギルベルトにばったり会った。

「どこに向かわれているのですか?」
「フィンの部屋」
「でしたら、ご案内いたします」

 こくりとうなずくとギルベルトはにこりと微笑んで、先頭を歩き出す。フィンの部屋へと歩いていく途中、中庭が見えた。綺麗な花が色とりどり艶やかに咲いている。

「……元の領主は、花が好きだったのかな?」
「いえ、領主様よりも奥様のほうが。奥様自ら花の手入れをしていたほどですから……」

 ここの領主であった伯爵家、リンジー・クレイグ・ロウトン。彼は愛妻家であることで有名だった。妻であるノーマのために、中庭を花で埋めつくしたのだろう。だが、ノーマは流行り病で呆気なくこの世から旅立った。……ノーマを失ったリンジーは、精神を病んでしまい現在は王都の病院に入院している……表向きはこうだ。

「……現在、花壇の手入れは誰が?」
「庭師はやめてしまったので、僭越ながら我々使用人が日替わりで」
「そう。庭師も雇わないとね」

 ――その庭師、イアンと言う名前だったかな。……ノーマとイアンは、リンジーの目を盗んで身体の関係を持ったらしい。……それに気付いたリンジーが……と言うのが、領主たちの結末だ。ギルベルドは「やめた」と言っていたが……。
 ちらりとギルベルドを見ると、彼は曖昧に微笑むだけだった。……フィンを怖がらせないためについた嘘だ。
 ――そして恐らく、ギルベルドはこの屋敷で行われたことをすべて知っている。僕に話さないのは、話す必要なしと見ているか、僕が既にすべてを知っていることに気付いているかの二択。……後者だろうな。

「こちらの部屋になります」

 そう言ってギルベルトが足を止めた。

「部屋のものは取り替えますか?」
「えっ、いや、そのままで……!」
「すべて取り替えて。ディルク、フィンの部屋の場所は覚えたね?」
「はい、殿下。迷うことなく辿り着く自信があります」

 それならもしもの時も安心だ。ディルクは屋敷のことを見て回っていたし……。僕はフィンを見て、にこりと微笑みを浮かべる。そして、自分がつけていたネックレスを、フィンへと渡した。

「あ、あの殿下……これは、一体?」
「フィンは僕のお嫁さん予定だからね、あげる」
「い、頂く理由がありません……!」

 言外に嫁にならないと言われている気がする。だけど、気にしない。僕が身につけていたネックレスだ。小さいけれど強力な魔石に、僕の魔力を込めてお守りとしたもの。いつかフィンに渡すつもりだったものだから、ずっと身につけていた。
 僕の魔力を吸った魔石には、身を護る魔法が込められている。矢が飛んできても、槍が飛んできても、魔法が飛んできても当たらないという魔法だ。

「フィンの主は僕なんだから、素直に受け取って。そして、毎日欠かさず身につけていること」
「ま、毎日ですか……?」
「そう。毎日。……さて、フィンの部屋の場所もわかったことだし、今日のところはディルクと行動してくれる? ディルク、わかっているとは思うけど……」
「はいはい、ちゃんとやりますって。行きましょうか、フィン様。屋敷内を案内します」

 そう言って、フィンとディルクはこの場から去って行った。残った僕とギルベルトは、
部屋の前で言葉を交わす。

「……前のままなんだね?」
「……はい。入られますか?」

 こくりとうなずく。ギルベルトが扉を開けて、僕が部屋の中へ入るのを見て、自分も部屋へと入った。僕が贈ったバラの花束はきちんと花瓶に活けてあった。……それにしても、フィンを入れないで良かった。ここまで空気が重くなるとは……自分が撒いた種の癖に……。

「……よく、この部屋だけで済んだなぁ」
「……わかるのですか?」
「そりゃあね。――僕が王位継承権を放棄したもうひとつの理由が、それだから」

 僕がにっこりと微笑みを浮かべてみせると、ギルベルトは驚いたように僕を見た。……僕は確かに王族だけれど、三人兄弟の中で僕だけ母が違う。
 ……そう、僕の母は『聖女』だった。
 僕を産んですぐに亡くなったらしい。だが、僕のことを知った兄上の母が、自分の子として育てると引き取ってくれた。育ての親と産みの親。……とはいえ、やはり色々複雑だったのだろう。母上とあまり会うことはなかった。

「――フィンに悪影響を及ばされても、困るしね」

 目を閉じて、部屋の中に居る黒い靄を集める。――ノーマの思念。彼女は、この屋敷でリンジーに殺された。そして、それはイアンも同じ。だが、イアンはあっさりと天国に向かったようだ。残されたのはノーマだけ。
 屋敷内の使用人たちの表情が暗かったのは、そう言う理由もあるんだろう。……もちろん、僕にはそんなことを悟らせないようにしていたが、立場上そう言うのってわかるんだよね。僕に偽りない笑顔を向けてくれたのは、フィンだけだ。

「さて、ノーマ。あなたの無念を聞こうじゃないか」

 黒い靄はやがて人の姿になり、生前の姿を映し出した。ゆっくりと目を開けると、ノーマが自分の手を見て目を大きく見開いていたのが見えた。

「……奥様……」
≪……わたし、私……死んだのではなくて……?≫

 ギルベルトが驚愕の表情を浮かべてノーマを見つめている。ノーマはただただ驚いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

悪役令嬢の双子の兄

みるきぃ
BL
『魅惑のプリンセス』というタイトルの乙女ゲームに転生した俺。転生したのはいいけど、悪役令嬢の双子の兄だった。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...