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愛し愛されるこの関係に祝福を。
しおりを挟むひとつひとつ、出来上がった薬を棚へ並べていく。薬師よりは怪しいものも多いけれど、オレのこじんまりとした店は中々の盛況だ。特に人気なのは『お守り』だ。
一口にお守りと言っても、色々な種類がある。だからこそ、それぞれに効果のあるお守りは人気商品なのだ。
もちろん、他にも痺れ薬とか惚れ薬とか媚薬とか、中々怪しい薬も売れている。そんなの買って何をするんだとか突っ込んではいけない。顧客にはプライバシーがあるからな。
「相変わらず、よくわからない薬を置いているな、この店」
「うるさいぞ、そこ! って言うか、何でアルバートが来ているんだよ。今日は騎士団の指導だろ?」
「部下に任せてきたから良いの。ノエルは? オープンの看板出ていなかったけど」
「今日は休みー。昨日夜更かしして薬作ってたから」
ふうん? と興味なさそうに辺りを見渡すアルバート。深紅の短髪に若葉を思わせる緑色の瞳。伯爵家の五男で家督は既に長男が継いでいるため、王都で騎士団に入団した。剣の腕は目を瞠るものがあり、それが後押しとなって入団出来たとか。
対するオレ――。名をノエル。アルバートに拾われてそのまま使用人になった。アルバートがどうしてもってわがままを言ったらしいが、本当のところは知らない。ついでに言えばアルバートに拾われる以前の記憶もない。
覚えていることと言えば、自分の名前と年齢くらいだ。アルバートが六歳の頃に拾われた時、オレは十歳で彼より背は高かったが文字を読んだり書いたりは出来なかった。
命の恩人でもあるアルバートが王都に行くことが決定した日。オレは自分がどうすれば良いのかわからなかった。だが、アルバートが居なければオレが伯爵家に居ることもおかしい気がして、彼にそのことを伝えると目を丸くして、それから飛び切りの笑顔でこう言った。
『それなら、ノエルも一緒に王都へ行こう!』
――そう言ってくれたから、オレはアルバートと王都に行くことにしたんだ。
伯爵家では使用人のオレにアルバートが色々と教えてくれた。その中でも、オレは魔力を持っていたようで、風邪薬や咳止めを作るのが得意になった。わざわざ薬師兼魔術師の先生を呼んでくれて、薬の作り方をたくさん教わった。その薬で、アルバートの風邪が良くなったり、奥様の咳が止んだりしてオレでも人の役に立つ薬を作れることに感動して今に至る。
まぁ、途中でちょっと道を逸れて痺れ薬や惚れ薬や媚薬を作るようになったんだけど……。効果は一時間くらいで切れるし、人体に影響のないそう言う系の薬はなぜかよく売れたし……。特に媚薬は一度使った人からリピートされるくらい良い出来だったようだ。
オレは使ったことないんだけどさ、媚薬。ちょっと興味はある。ちらりとアルバートに視線を向けると、商品を手にして光に翳したりしていた。
「それにしても、こういう媚薬って本当に効くのか?」
「え? さ、さぁ……? 一応レシピ通りに作っているから大丈夫だとは思うけど」
「売れてるのか?」
「結構ね。惚れ薬なんかは一時の夢が見たい! って人が買っていくよ。そのままくっつくパターンも多いみたいだけど」
「ああ、だからキューピットちゃんって呼ばれているのな、お前」
「はぁ? 何それ、初めて聞いた!」
アルバートはくつくつと肩を震わせて薬を棚に戻し、オレに近付くと被っていたフードを引っ張って落とす。オレは慌ててフードを被ろうとしたけれど、彼がそれを阻止した。
「金色の長髪に、片目は熱く燃える赤い瞳、片目は静かさを象徴するような青色の瞳。神秘的な魔術師は恋のキューピットって噂、聞いたことないの?」
「オレがここからあまり出ないことを知っているだろ!」
「そうだけどさぁ……。ノエルは俺のなのに、近頃ノエル目当ての客がいるって聞いて、冷や冷やしてるんだぜ?」
……アルバートはどうしてこんなに恥ずかしいセリフを言えるのか。こつんと額と額をくっつけて、囁くように言われた言葉に顔が赤くなる。オレがフードを深く被っていたのは、この顔を見せたくなかったからだ。オッドアイは珍しいらしく、オレに接する人たちはどこか不気味そうにオレを見ていた。唯一、アルバートだけがオレの顔を見て『ノエルって美人さんだったんだね』と笑顔で言った。
「オレみたいなのが狙われるワケないだろ? それよりもオレはアルバートのほうが心配だよ」
「へえ?」
「貴族の令嬢に私の騎士になってって言われているみたいだし……」
「あはは、バカだなぁノエルは」
「なっ」
「俺が好きなのはノエルだけなんだから。お互いに心配し合っておかしいな、俺ら」
そうだな、とオレも笑う。
「そうだ、アルバート。今日はオレが料理を作るよ。何か食べたいのはある?」
「んー、ノエルの料理はどれも美味しいからなぁ。あ、でもハンバーグ。半熟の目玉焼き乗せたやつ!」
「わかった、用意しとくね。材料は買っていったほうが良いかな?」
「ああ。多分食材空っぽだ」
じゃあたくさん買っていかないと。意気込んで見せるとアルバートはくすくす笑って、額にチュッとキスをしてから仕事に戻った。オレは手を振りながら見送って、早速とばかりにフードを被って買い物に出る。
……今日仕上げようと思っていた媚薬の小瓶をひとつだけローブのポケットに入れた。
よし、今日は徹底的にアルバートの家を掃除して、美味しい料理を作ろう! ぐっと拳を握って店の戸締りをしてから買い物に向かった。
ハンバーグの材料やその他諸々の食材を買って、保存袋に入れてアルバートの家に向かう。オレがここに来るの何ヶ月ぶりだったっけ? アルバートは仕事に集中するとあんまり家に帰らなくなるから、埃が凄いことになっていそうだ。――オレの予想は大当たりで、ここまで埃っぽいと逆にやる気も出るというもの。
オレの店が騎士団に近いってのもこの家を使わない理由のひとつに入りそうだ。だけど、確かアルバートは明日休みって言ったし、だったら綺麗な家で疲れを癒してもらいたい。……考えていることが乙女のようで、ちょっと恥ずかしいが、オレだってアルバートのことが好きなのだから好きな人のためにこうやって家事をするのは苦ではない。
元々そういう仕事をしていたのだから当たり前かもしれないが。
現在二十五歳で未婚のアルバートは令嬢たちから見ればとても素敵に見えるみたいで、アルバートが誰を選ぶのかって話題になっているのを知っている。
「さて、と」
ローブを脱いで、代わりにエプロンと三角巾をして早速掃除を始める。はたきで埃を落として、箒で埃を集めて塵取りを使って取ってごみ箱へ。ああ、落ち着く……。こういう作業を魔法でサクッとする人もいるけれど、オレはこうやって手でやるほうが好き。
珍しい部類の魔術師かもしれないけど……。
バケツに水を汲んで雑巾がけ。何度も繰り返して部屋をピッカピカに磨き上げて満足。窓も磨き上げて、さらにアルバートが疲れて放り投げたであろう衣服を洗い(さすがにこれは魔法を使った)、ベッドも綺麗に整えて満足感に浸る。あっという間に一日が過ぎていった。
んーっと背伸びをしてから掃除で汚れたエプロンと三角巾を新しく身に着けてから料理に取り掛かる。
ハンバーグと目玉焼きとスープとサラダ。パンは買って来てあるから後で切り分けることにして。保存袋から諸々の食材を取り出して料理を始めた。
まずはサラダを作って冷やしておこう。レタスとトマトのシンプルなサラダだけど、アルバートはレタスもトマトも好物だから良いことにしよう。ドレッシングかマヨネーズかはその日の気分によって違うから、味付けはしない。
瑞々しいレタスを洗って水気を切り、手でちぎっていく。ボウルの中が山盛りになるくらい。トマトはミニトマトだから、トマトのへたを取ってから綺麗に洗って水気を切る。それをレタスの上にそのまま乗せていく。一個だけ味見と称してミニトマトを食べたら、とても甘くてびっくりした。
「お勧めされただけはあるなぁ」
商店街の八百屋で店主がお勧めしていただけはある。これを冷やしておこうと簡易的な氷魔法で大き目な四角の氷を作り、中を空洞にしてボウルを入れる。氷の蓋をしておけばアルバートが来るくらいには冷えているだろう。
「後は……スープはどうしようかな。ミネストローネ? それともコンソメスープ? ポトフだと重いかな。でもアルバートって結構食べるんだよね」
食べないとあの肉体にはならないか、と考えて想像のアルバートを消すように頭を勢いよく左右に振る。こんな時間から何を考えているんだオレは……!
無になろうと野菜を手に取って黙々と細かく切る。気が付いたら根菜の山が出来ていた……。
「そういう関係になってから五年くらい経つと言うのに……」
アルバートが二十歳の時に告白をされて、最初は断ったけど(身分も身分だし)、徐々にアルバートの情熱に負けて付き合うことになった。アルバートは一体いつオレを好きになったのかが謎だけど、今ではちゃんとオレもアルバートに好意を持っていることを自覚している。口に出す機会は少ないけれど。
ともあれ料理を続けよう。雑念を追っ払おう。鍋を取り出してオリーブオイルをひいて根菜をさっと炒める。水を足して沸騰するまで待って、出てきた灰汁はきちんと取る。今日のメインは肉料理だけど、アルバートは肉も好きだからこっそりとベーコンも入れてみた。――甘やかしていることは重々に承知している……、だけど、やっぱり笑顔が見たいから好物ばかり作ってしまう……!
結局ミネストローネにした。オレにはちょっと濃いくらいだけど、アルバートは肉体労働をしてくるわけで。ちょっと濃いくらいが丁度いいのかも?
後はハンバーグと目玉焼きか。これもアルバート好みの玉ねぎシャキシャキ版を作っておこう。炒めなくて良いからこれはこれで楽だよな。
玉ねぎをみじん切りにしてからひき肉に塩・胡椒・ナツメグを入れて、パン粉と牛乳、卵も用意してからよーく捏ねる。とにかく捏ねる。全部混ぜ込んでさらに捏ねる。これ結構きついよな、ひき肉の冷たさが……。しかも体温で脂が溶けるから素早く捏ねなきゃならない。
とりあえず満足するくらい捏ねて、手に油をつけて形を整える。空気を抜いたりして焼いても崩れないように。後は焼くだけって時にアルバートが帰って来た。
「……うわ、めっちゃ綺麗になってる……」
「お帰り、アルバート。お疲れ様」
「ただいま、ノエル。この綺麗さ……一日掛けてやってくれたんだろ? 良かったのか? 折角の休みを家事に費やして」
「オレがしたかったことだから良いよ。ほら、手洗い、うがい、着替え!」
オレがそう言うとアルバートはくすっと笑って「はいはい」と手を洗いに行った。リラックス出来る服に着替えてからオレに近付いて、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「アルバート、料理が出来ないんだけど……」
「んー、でも俺、ノエル不足なんだよー……」
弱々しくそう言われて、オレは小さく息を吐いた。そして、オレの肩に額をくっつけているアルバートにこつんと頭を当てて「アルバートのリクエストでしょ?」と声を掛ける。アルバートは抱きしめる腕に力を入れて、「ん」と短く返事をしてオレから手を離した。
「ここからは俺がやるよ。ノエルはテーブルセッティングしてくれる?」
柔らかく言われてこくりとうなずき手をしっかりと洗ってから、ふきんを持ってテーブルへ。テーブルを綺麗に拭いてから皿を取り出してキッチンに戻る。じゅうっとハンバーグの焼ける良い匂いが広がっていた。
「目玉焼き、焼こうか?」
「俺がやるから良いよ。後は全部俺がやるから、ノエルは休んでて?」
「……ん、わかった」
お言葉に甘えてエプロンと三角巾を取って椅子に座る。アルバートだって疲れているのに、こうやってオレに気を使ってくれる。暫くして、アルバートがどんどんと料理を運んできた。サラダとミネストローネ、ハンバーグとパン。それから――……。
「それは?」
「俺お勧めのワイン。今日はノエルと出会ってから十九年目の記念日だからな」
「……よく覚えてるな……」
正直オレは覚えていない。と言うのも、アルバートに拾われた時、オレはほぼ意識がなくて三日ほど寝込んでいたそうだ。崖の下に落ちていたらしく、良くあの高さから落ちて無事だったなと言われた。
屋敷に居た頃から祝われているけれど、あの頃は『出会ってくれてありがとう』とアルバートがオレに言って、オレも『それはこっちのセリフだよ』とか言っていた。懐かしい。多分、オレの誕生日がわからないから代わりに祝っているんだと思う。
「そりゃあノエルのことは覚えてるさ」
「別に毎年祝わなくても良いと思うんだけど……」
「良いじゃん、俺がしたいんだから」
にこにこ笑うアルバートに、その笑顔を見るとまぁいいかって思えてしまうのは惚れた弱みと言うやつかもしれない。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
ワイングラスにワインを注いで軽く持ち上げて「乾杯」と言ってからワインを口にする。
「あ、美味しい」
「だろ?」
赤ワインは口当たりが軽くて酸味もそんなに感じないから飲みやすい。これ飲みやすくて危ないワインかも。でも、これきっとオレの好みに合わせて買ったと思うから、アルバートには物足りないんじゃ……? と思ったけど、アルバートはぐいぐいと呑んでいる……。そういや酒豪だった……。
アルバートは嬉々としてハンバーグを食べて、美味しそうに表情を綻ばせた。それを見ると、作って良かったって思ってしまうな。
「やっぱりノエルの作る料理は美味しいな」
「ふふ、ありがとう。と言っても、ハンバーグはアルバートが焼いてくれただろ?」
「焼いただけな。半熟の目玉焼きと一緒に食べるとさらに美味しい」
「うんうん、アルバートはそれが好きだよね」
子どもの頃からハンバーグだと目を輝かせていたもんな。それを思い出して小さく笑うと、アルバートは照れたように頬を掻いた。
それから、今日はこんなことがあった、あんなことがあったとアルバートが話して、オレは時折相槌を打ちながらアルバートの話に耳を傾ける。
騎士団に所属しているアルバートは、現在九番隊の隊長に就いていて、以前と比べて忙しい日々を送っている。だから、こうやってふたりで夕食を食べる機会が減ってしまっているけれど、アルバートがこうやって時間を作ってくれるのは素直に嬉しい。
「そう言えば、さっきコレ拾ったんだけど……」
「えっ」
それはローブのポケットに入れていていた今日仕上げる予定の媚薬が入った小瓶だった。
「あー、ごめん。今日仕上げようと思って持ってきてたんだ」
「これは何の薬なの?」
「媚薬。効くかどうかは知らないけど」
「……よくそれで売れているな、店の薬……」
「師匠に教わった通りに作っているから、大丈夫だと思うけど……」
媚薬のレシピやら色々、教わった通りに作っている。今日は満月だから月の光を小瓶に浴びせれば完成だ。すると、アルバートはふうん、と呟くと何かを思いついたようにぱっと表情を明るくさせた。
「じゃあさ、その完成した媚薬、俺が買っても良い?」
「――え?」
にっこりと微笑むアルバートに、困惑して目を瞬かせる。この媚薬を? アルバートが? 何に使う気なのかと彼の顔をじっと見つめると、アルバートは悪戯を思い付いたような顔をして、こう言った。
「使ってみたかったんだよね、ノエルに」
「………………オレ!?」
たっぷりと間を置いてから思わず叫んでしまった。だってオレに媚薬を使ってどうするつもりなのか――いや、ヤることヤるんだろうけど!
オレの慌てぶりにアルバートがニヤニヤと口角を上げる。
「作ってる人が効果を知らなくてどうするのさ」
「え、いや、でも、ほら。プラシーボ効果的なアレかもしれないし!」
「あれだけリピートされているのに?」
「うッ」
確かに媚薬はリピートされやすいけど……。まとめ買いは禁止しているからか、一週間や二週間に一本くらいのペースで売れていく。それも、様々なリピーターに。恋人が乱れているのがすごく良かったとかなんとか、会計の時に惚気て帰っていく人たちが多い。
「だからさ、一回使ってみよ? 俺も半分飲むから」
「……アルバートがそう言うなら……」
「じゃあ仕上げ、よろしく?」
「うん……」
アルバートから媚薬をオレに渡して来たので受け取って、小さな小瓶を見て肩をすくめる。その後はただ黙々と夕食を食べた。
食べ終わり、ふたりで食器を片付ける。こういう風にふたり一緒に出来るのって久しぶりだからとても嬉しい。
お風呂を沸かして、ゆったりと入浴して、髪を乾かしながら小瓶を手にする。
月の光に小瓶を翳して、少しの間待つ。小瓶に光が充分集まれば完成だ。それを見ていたアルバートが、オレの手からひょいと小瓶を取ってこう尋ねた。
「出来た?」
「一応。……本当に使うつもり?」
「もちろん。これ、そのまま飲んで大丈夫なのか?」
こくりとうなずく。そっか、とアルバートはコップを持ってきて、小瓶の中身の半分をコップに注ぎ、オレに渡した。
オレはちらりとアルバートを見る。彼はにこりと微笑んで乾杯とばかりに軽く小瓶を持ち上げ、オレもコップを少しだけ持ち上げる。ふたりで一気に口に含み、独特の風味のするソレを嚥下した。例えるなら、甘めの風邪シロップに漢方を足した微妙な味ってところだろうか。――正直に言えば不味い。
「……よく売れているな、これ」
「……本当にね」
あまりの後味の悪さに水を飲むオレら。互いに苦笑し、効果が出ずにやっぱりプラシーボ効果だったかと思い始めた時――……。
「――ッ!?」
「――なんか、躰が……?」
どんどんと熱を帯びてくる躰に驚き、ふたりで顔を見合わせこくりとうなずき合う。寝室に向かい、ベッドに腰かけ荒々しくバスローブを脱がし合う。唇と唇が重なり、それだけでとても幸せな気持ちになった。
舌と舌を絡め合い、飲み込み切れない唾液が口端から伝うのも厭わず、ただただ濃厚な口付けを交わす。唇が離れると、そっとアルバートがオレの頬に手を添えて真剣な表情を向けた。その目には確かに欲望の炎が宿っていて、オレは少しだけ微笑んだ。
「ノエルは綺麗だな」
真剣な表情をしていたのに、そんなことを言うものだから目を瞬かせしまった。だから、オレはアルバートの頬に手を添えて、
「アルバートは格好いいよ」
と言った。
アルバートは目を大きく見開いて、それからふっと表情を崩して触れるだけのキスをした。するりと頬から首筋へと指を滑らせる。それだけでも、溶けてしまいそうになるくらい気持ち良くて――自分が作った媚薬とは言え、こんなに効果があるものを作っていたのかと頭の隅で感心した。
アルバートもオレと同じく、媚薬が効いているのだろう。息が荒っぽく情欲を隠していない。いつもはオレを怖がらせないようにと、理性で色々抑えているように見えた。
「ッ、ぁあっ」
ぺろりと乳首を舐められて甘い声が出た。思わず口を手で塞ごうとしたけれど、塞ぐ前に手を取られた。アルバートはオレの手を掴んだまま、ふるりと首を左右に振る。塞ぐなってことだろう。
「で、も……ッ、ァッ」
「良いだろう、別に。俺しか聞いていないのだし、もっと聞きたい」
甘えるように言われて、視線を逸らす。それでも、オレが力を抜いたのがわかったようで、アルバートはにこっと笑った。同じ媚薬を飲んだのに、アルバートのほうが余裕があるように見えるのはなぜだろうか。
「なぁ、気付いている? ほぼ何もしてないのにこっちこんなに溢れてるんだぜ?」
「――ひぁっ! そ、そう言うアルバートだって……」
アルバートがオレの性器に触れて、既にトロトロと先走りを流しているのを嬉しそうに掬いオレに見せた。媚薬の効果があるのだろう、こんなにすぐ反応するなんて……。そして、それはアルバートにも言えることで、ちらりと下に視線を向けると大きくなっている彼の欲望が見えた。
「まぁな。――お前の薬って本当、良く効くみたいだ」
「風邪薬や傷薬と一緒にされても……」
全く色気のない話をしながらも、アルバートはオレの躰を愛撫していく。媚薬でつらいだろうに、オレの躰を気遣って一生懸命理性で本能を抑えている……ような気がする。オレは一回アルバートの頭に手を置いて、それから軽く髪を引っ張った。
「どうした?」
「ん、あのさ……」
身を起こして、代わりにアルバートをベッドに座らせる。彼の性器へと手を伸ばして、それから顔を近付ける。
「ノエル!?」
「……んっ」
半勃ちになっている彼の性器を口に含んで刺激していく。舌で丹念に舐めたり、先端を吸ったりしていると、どんどんと口の中で大きくなっていった。普段、こんなことをしたりしないから、アルバートは驚いているようだった。
アルバートは口でするのも好きらしく、気が付いたらされていることが多い。そっとアルバートを見上げると、顔を赤らめて息を殺していた。オレには声を抑えるなって言うのに……。ばちっとアルバートと視線が合った。すると、彼はオレの肩に手を置いて、ぐいっと後ろに押した。口が離れてしまった。先走りと唾液で濡れた彼の欲望が視界に入って、やっぱり大きいなって思う。
「俺、もう無理……、ノエルのナカに挿れたい……」
「うん……、来て、アルバート」
オレの言葉を最後まで聞く前に、どさっとベッドに押し倒された。アルバートが自分の指を舐めて、たっぷりと唾液を絡ませてから後孔へと指を挿れて、「あれ?」って顔をした。
「……もしかして、自分で慣らした?」
こくりとうなずく。媚薬を使った後、どのくらい理性が残るのかわからなかったから――なんて、それは言い訳だ。ただ単に、オレが早くアルバートと繋がりたかったから、お風呂に入った時に慣らしていた。
「今度見せて?」
「やだ……、んぁっ!」
ちぇ、と言いながらもアルバートは嬉しそうだった。オレが慣らしたというのに、アルバートはさらに指を増やしてナカのしこりを刺激する。驚くくらいの快感が躰中を巡って思わず腰が跳ねた。
「挿れるよ」
「ん」
後孔に熱い昂ぶりを当て、ゆっくりとした動きで入ってくる。いつも、この時だけは多少の痛みを感じていたのに――媚薬の効果だろうか、痛みはなく、ただ質量のある熱いモノが入ってくる感じ。もちろん圧迫感もあるのだけど、それを上回るくらいの気持ち良さで、アルバートの肩を掴む。
「ノエル、深呼吸出来る?」
アルバートがそう声を掛けてきて、多分、いつも以上にナカを締め付けちゃっているんだろうなぁと思う。何度か深呼吸を繰り返すと、ぽんぽんと頭を撫でて「全部挿れるよ」と囁かれた。
「ぁぁあっ!」
オレの腰を掴んでぐっと力を入れて最後まで挿れる。いつも以上に熱く感じているのはオレの感覚が変なのか、それともアルバートの持っている熱なのだろうか。アルバートもそれを感じ取っているのか、いつもよりも耐えている表情を浮かべている。その表情はとても格好良く見えて、心底アルバートに惚れているんだな、と今更ながらに自覚した。
「ノエル、今すごくかわいい顔してるの、自覚ある?」
「え? ふぁっ、ぁああッ」
我慢できない、とアルバートが腰を動かす。いつもよりも動きが激しいのに、快感だけが躰中に広がってひっきりなしに喘ぎ声が出る。荒々しいアルバートの息遣いに、オレのナカで気持ち良くなっているのだと感じて、嬉しくなる。
「ァッ、んんっ、だめ、出ちゃうッ」
「ん、俺もヤバい……」
「ぁ、ァァああっ!」
「――ッ」
アルバートがオレの性器に手を伸ばして扱く。感度が増している今、それをされるとすぐに達してしまいそうになって、ぎゅっと彼に抱き着く。そして、ほぼ同時に達した。それでも、ナカに入っているアルバートの昂ぶりは萎えることはなくて……。
「熱に浮かされた気分」
「――オレも」
「もう一回、しても良い? 今度はゆっくりと、さ」
「……うん。もっとアルバートを感じたい」
「――本当、可愛いこと言うなぁ……」
じゃあたっぷり感じさせてあげる、とアルバートは笑い、それから今度はオレの腰から手を離してナカに挿れたまま乳首を弄り始める。カリカリと爪で引っ掻かれて、そこから痺れるような快感が広がっていく。
「性急すぎたから、こっちもゆっくりと、な?」
「ぁんッ、あ、きもちいい……」
「うん、もっと感じて、ノエル」
挿れたまま、動かずに乳首を愛撫するアルバート。付き合い始めて最初にそこを愛撫された時はくすぐったいなぁと思うだけだったのに、五年の月日を経てすっかりと性感帯に変わった。もっと快感が欲しくて腰を動かしてしまう。それに気付いたアルバートがふふ、と楽しそうに笑った。
くりくりと乳首を摘まんで捏ねる。一度出したのに、すぐに上を向くオレのに気付いて、先端ばかりを撫でた。それも、触れるか触れないかギリギリの感じで。媚薬の効果はまだ残っているようで、アルバートの触れるところ、全部が性感帯へと変わっていくような錯覚を覚える。
「――気持ちいい?」
「ぅん、ふぁっ、きもちい……」
「そっか」
今度は乳首を引っ張った。痛みは少なく、そこからジンジンとした甘い痺れが生まれて戸惑うオレに、アルバートは腰を動かして、ナカの感じる場所を的確に突き上げた。ナカに出した精液のおかげか、アルバートはさっきよりも動きやすいみたいだ。
「ノエルのナカ、すごく柔らかくなってる」
「ぁあ、んッ、ある、ばーと……」
もっと、とねだるとアルバートは嬉しそうに声を弾ませて、「お姫様の望むままに」と腰を動かし始めた。肌がぶつかり合う音と、水音、荒々しい息遣いと嬌声が部屋の中に響く。アルバートの動き合わせて勝手に腰が動いてしまう。
快感の熱が躰中に回っている気がする。これが媚薬の効果なのだとしたら、リピーターが多いのも納得できるなってぼんやり思った。ぐりぐりと中の感じるところを刺激されて、乳首は親指で押し潰すように愛撫されて、快感ばかりを与えられて頭の中が真っ白になっていく。
更に最奥を突かれて、甘い声が出る。
「ノエル、俺に抱き着いて?」
ぎゅっとアルバートの首に手を回して抱き着くと、アルバートもオレを抱きしめて、それからぐっと抱き上げて繋がったままアルバートの上に座るような形に体位を変えた。さっきよりも深いところにアルバートのが入って、「ひぁっ」と声が出た。
「ぁっ、ぁああッ」
アルバートの背にしがみつくように手を回すと、突くように腰を動かすアルバートにオレも腰を動かす。アルバートにも気持ち良くなって欲しくて、ナカをきゅうと締め付けるとアルバートが息を飲む。
「ノエル、ノエル……愛してる」
飛び切りの甘い声で愛を囁かれて、「オレも」と伝えたかったのに口から出てくるのは喘ぎ声だけで。くちゅくちゅと水音を立てながらオレの性器を扱き、何度も愛してると伝えるアルバート。
少しだけ躰を離して、唇が重なり合う。この気持ちがアルバートに伝われば良いのに。
「ぁ、ぁあァァああっ!」
「――ッ、ノエル――」
二度目の絶頂を迎えて、オレらはくたりとベッドに横になった。荒い息を整えて、ふたりで顔を見合わせて笑い合う。指を絡めて、きゅっと握った。
「眠っていいよ、ノエル」
ふるふると首を横に振る。ナカにあるアルバートの精液を掻き出さなきゃいけない。汗と精液でべたべたしているし、ベッドだって綺麗なシーツに……。それをしたいのに、久しぶりの行為だったからか急激に眠気が……。
「後は俺がするから、ゆっくりおやすみ」
「――じゃあ、おねがい、しようかな……」
言葉を区切りながらアルバートに伝えると、アルバートは「ああ」と一言だけ声を発し、オレはそのまま眠りに落ちた――……。
翌朝、目を覚ますと躰が綺麗になっていることに気付いた。あの後、アルバートはしっかりと洗ってくれたみたいだ。隣で眠るアルバートに視線を向けると、彼はすやすやと眠っていて、その寝顔は幼く見えて可愛いなって思った。
「……アルバート、好きだよ……」
小声で呟いて、ちゅっと軽くキスをすると、がしっと頭を掴まれた。舌が口内に入ってきて、歯列をなぞり、口内を味わうように舐められる。舌を絡めて水音が響くくらいたっぷり時間を掛けて深いキスをした。
「おっ、おきっ!」
「最高の目覚めだ……」
あまりにも幸せそうにそう言うものだから、オレは言葉を飲み込んで「もう」とだけ言って起き上がる。媚薬の効果は残っていない。と言うか、半分だけ飲んであれだけの効果だったのだ。全部飲んだらアレ以上の効果があると言うことで……。
「ねえ、昨日あまりアルバートには効いていないように見えたんだけど……?」
「そうでもなかった。ノエルにみっともないところを見せたくなくて、結構必死だったんだぜ」
「そうなの?」
それはちょっと意外な言葉で驚いた。目を瞬かせるオレに、アルバートはおいでとばかりに手を広げる。オレはぐっと息を飲んで、アルバートの胸の中に飛び込んだ。トクントクンと聞こえるアルバートの鼓動。
「本来ならあの媚薬一本全部飲むんだろ? 半分だから何とか理性が勝ったみたいだ」
「そっか、効いてはいたんだ……」
「それでさ、ノエル。ちょっと相談があるんだけど。今日、一緒に王城に来てくれない?」
「え?」
「お願いだからさ」
真剣な表情で言われて、思わずこくりとうなずく。王城に来て欲しいってどういう意味なんだろう。とりあえず起き上がって、着替えて、朝食を軽く摂って、身支度をしてから王城へと向かうことになった。
一般庶民がこの王城に足を運ぶことになるなんて、誰が思うだろうか……。それも、王城に行く前にアルバートが用意したこれまた高そうな服に袖を通すなんて……。しかも馬車で王城まで向かうのだ。どこの貴族だよ! って思ったけど、オレはともかくアルバートは貴族だった。
いつも深く被っているフードがないから落ち着かない……。
王城につくと、アルバートはオレに手を差し伸べる。その手を取って馬車から降りると、にこりとアルバートが微笑んだ。
騎士団の服に身を包むアルバートの姿は、きっと誰もが見惚れてしまうほど格好いい。だからこそ、令嬢たちがアルバートに近付きたい気持ちもわかってしまうのだ。
「ね、ねえ、何だかすごく見られているんだけど……」
「ノエルは美人だからじゃないか?」
ただ、なぜかオレらに声を掛けてくる人はいなかった。少しだけ早足で歩くアルバートに引っ張られるように歩くオレ。一体どこに向かうのかと思ったら、とても大きな扉を開いて歩いていく。中には近衛騎士団がずらりと並んでいて、びくりと身が竦む。だって一斉にこっちを見るから!
「陛下。九番隊隊長、アルバート・E・ヘニング、只今参上致しました」
そう言って跪くアルバートに習うように跪いた。これは一体何が起きているのかと頭が混乱し始めた。
「うむ。――アルバートよ、隣の者か?」
「はい。我が最愛の者です」
「えっ!?」
いきなり何を言い出すのかとアルバートに顔を向けると、陛下とアルバートが顔を見合わせて、それからオレに向かって微笑みかけた。
「立ちなさい、ふたりとも」
陛下に言われて立ち上がる。顔を伏せていると、「顔を上げよ」と陛下から声を掛けられた。恐る恐る顔を上げると、陛下は楽しそうに目元を細めてオレらを見ていた。
「先日アルバートから、恋人を紹介したいと言われてな。そして、その人物との結婚を認めて欲しいと」
「け、結婚!?」
「なんだ、まだプロポーズしていなかったのか」
「話が性急すぎます、陛下……」
話が見えてこなくてアルバートと陛下の顔を交互に見る。陛下はニヤニヤと笑みを浮かべていて、アルバートは肩をすくめていて、どうしたら良いのかわからないオレは困り果ててしまった。
「――アルバート。最期の時までその者を愛せると誓うか?」
「――我が紋章に掛けて」
「その覚悟、我がしかと見届けた。そして、ノエル、だったか?」
「は、はいっ」
「アルバートを最期まで愛せるか?」
「も、もちろんです!」
気が動転しても、それだけは言えた。すると、陛下は「ならば良し」と優しく微笑んだ。
「今度はきちんとプロポーズしてから我の前に来い、アルバートよ」
「かしこまりました」
「え? え?」
「そなたらの婚約を認めよう」
陛下がそう言うと、周りの近衛騎士団の人たちが一斉に拍手をしてびくっと肩が跳ねた。えっと、な、何が起こったんだ今……? って言うか、婚約? 婚約ってどういうこと? 頭が混乱してアルバートに視線を向ける。彼はうっすらと頬を赤らめて、それからオレの手をぎゅっと握った。
「後で正式にプロポーズするよ」
「う、うん……?」
にこりと微笑むアルバートに、それしか言えなかった。
えっと……。これどういう状況なんだろう。頭を下げるアルバートに、オレも陛下へ頭を下げて謁見室から出て行く。多分、ここ謁見室だよな? 混乱しているオレに、アルバートはきゅっと指を絡めてそのまま城内を歩き出した。
「アルバート、どこに行くのさ」
「ちょっとな」
全然返事になっていないことを言って、歩く。とにかく人目が気になって仕方ない。だって思い切り見られているんだ。アルバートに声を掛けようとして、オレの姿に気付いて黙り込む令嬢も多くてどうしたら良いのだろうと考えていると、バルコニーに出た。下を見ればたくさんの花が彩り豊かに咲いていて、真ん中に置いてある噴水がキラキラと水飛沫を上げていた。
「わっ、すごい……」
「ノエルが好きそうな場所だと前から思っていてさ。案内出来て良かった」
「うん、こういうのすごく好き。でも、オレみたいな一般庶民が入って良かったのか?」
「王城の一部は解放されているんだよ。知らなかった?」
こくりとうなずくと、アルバートはノエルらしいやと笑った。そして、オレの手を離して代わりに膝をつく。
「あ、アルバート?」
「たったひとりの騎士になるのなら、俺はノエルを選ぶよ。これは、その証」
オレの手を取って、ちゅっと手の甲に唇を落とす。広いバルコニーにはオレらの他にも人が結構居て、周りからキャーと黄色い声が飛んできた。オレらはその声に顔を見合わせて、ふたりで笑い合った。
「立って、アルバート。……何だか夢を見ている気分だ」
「夢になんてさせないさ。絶対に」
「だって、アルバートに拾われてからずっと幸せだったのに、これ以上の幸せが待っているんだろ?」
記憶のないオレを拾い、こんなにも愛してくれる人が居るだけでも奇跡に近いと思うのに。幸せ過ぎて怖いくらいだ。こつんと額に額を当てて、アルバートはぎゅっとオレを抱きしめる。
「ノエルにはもっともっと幸せになってもらわないと」
「もっと?」
「そう。ふたりで幸せになるんだ。だから、もう泣き止んで」
「――え?」
ぽろぽろと涙が流れている。いつの間に出てきたんだろう、この涙。
――ああ、そっか、これが嬉し泣きってやつなのか……。アルバートが傍に居てくれるだけですごく幸せなのに、もっとを望んでいいと言ってくれる彼に、愛しさが溢れる。
「アルバート」
「ん?」
「――愛してる」
滅多に口にしないことを、笑顔で伝えてみる。すると、アルバートは一瞬息を飲んで、それからとても嬉しそうに笑ってくれた。
その日の夕刊は、アルバートの婚約が正式に決まったことを一面に載せていたみたいで、婚約を知った令嬢たちは涙を流したとか、逆にバルコニーで見ていた令嬢は応援すると意気込んでいたとか、色々な噂が流れることになるのを、オレらはまだ知らなかった――……。
―Fin―
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