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4章:十八禁BLゲームの中に迷い込んだら、最愛の人が出来ました!

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 お店の扉を開いて、中へと入る。シャノンさんはおれらに気付くとぱっと表情を明るくして「いらっしゃいませ」と微笑んだ。



「丁度良かったですわ、ヒビキさま。新しい刺繍糸を仕入れたのです」

「わ、見せてもらっていいですか?」



 新しい刺繍糸を取り出したシャノンさんに、おれとニコロは商品を眺める。太さも色々ある。陛下に似合う色はどんなのだろう。色とりどりの刺繍糸を眺めて、これはもう直感で選ぶしかないと思って、自分が気に入った物を数点手に取った。

 横からニコロも刺繍糸を手に取る。



「じゃあ、えっと、これください!」

「かしこまりました。少々お待ちください」



 恭しく頭を下げて刺繍糸を手に取ると丁寧に袋に入れてくれた。そして、ニコロのほうに顔を向けると彼は買おうかどうか悩んでいるみたいに見えた。まだ葛藤があるのだろうかと思っていたら、シャノンさんがニコロに声を掛ける。



「あの、アシュリーさまの恋人の方ですよね?」

「え、いや……」



 否定しようとするニコロをじーっと見つめる。ただ、今のニコロとサディアスさんの関係ってどういう関係なのか口で説明するのが難しいような気がする。



「あなたと一度、ゆっくり話をしてみたかったのです」



 シャノンさんがにっこりと微笑む。ニコロとおれは顔を見合わせた。シャノンさんがどうしてニコロと話したかったんだろう? と首を傾げつつ、刺繍糸の代金を支払って商品を受け取る。ニコロは刺繍糸を戻して、「なんで俺と?」とシャノンさんに聞いた。



「リーフェから色々聞いていたので……」



 そう言って微笑むシャノンさんの目は、眼鏡越しだけどキラキラと輝いていて、あ、この人も恋バナ好きなんだなって思った。リーフェが恋バナ好きなのは知っているし。シャノンさんはお釣りをおれに渡すと、出入り口のカーテンを閉めておれらを奥へと通した。



「リーフェが居るとゆっくりとは話せないでしょう?」



 なんて悪戯っぽく笑うから、おれらは視線を交わして肩をすくめた。どうやら強制参加は免れないようだ。紅茶を淹れるシャノンさんを見ながら、おれらは椅子に座った。お茶うけにクッキーを出してくれたけど、さっき食べたばかりだから、抑えめにしよう。そう思ってクッキーに手を伸ばせば美味しくてひょいひょい口に運んでしまった。それはニコロも同じようでもぐもぐ食べていた。



「ふふ、たくさん食べて頂けて嬉しいですわ」



 シャノンさんはお茶をおれらに出すと、嬉しそうに目元を細めた。渡されたお茶を飲んでほう、と息を吐く。ニコロもお茶を飲んで、ゆっくりとシャノンさんに視線を向ける。彼女はクッキーに手を伸ばして、ひとつ口に運んだ。貴族の人って本当、ひとつひとつの動きが綺麗だよなぁとしみじみ思う。



「それで、俺とどんな話をしたかったんですか?」

「色々なことを。ヒビキさまともお話ししてみたかったんです」



 口元に指先を揃えて微笑むシャノンさんに、おれとニコロは顔を見合わせた。



「おれとも?」

「ええ、リーフェから色々な話を聞いていたので……」



 お茶を一口飲んだシャノンさんは、おれらに対して柔らかい口調で話し始める。



「本当はもっと早くお話しする予定だったのですが、中々タイミングが合わなくて……。少しだけ、付き合って下さると嬉しいですわ」

「はぁ……」



 にこにこと笑うシャノンさん。不思議そうな顔をしながらもクッキーを頬張るニコロ。そして、紅茶を飲むおれという、なんとも言えない不思議な雰囲気が流れた。



「あの、リーフェはどんなことを話していたんですか?」

「そうですね……ニコロさまのことは」

「待った、俺に対して『さま』って付けるのやめて下さい。鳥肌が立つから!」



 そうですか? と首を傾げるシャノンさんに、何度もこくこくうなずくニコロ。確かにちらっと見えたニコロの素肌には鳥肌が立っていた。



「知っているとは思いますけど、俺は平民なので……」

「申し訳ございません。わたくし、いつも誰かを呼ぶときは『さま』を付けていまして……」



 あ~。確かにシャノンさんが誰かを呼ぶときは『さま』をつけていたなぁと思い出す。おれに対しても『さま』付けだもんな。……この世界に来てからそれが普通だったから、すっかり慣れてしまったみたいだ。良いんだか悪いんだか……。



「それにニコロさまは年上でしょう?」

「いや、気にしなくて良いのでやめて下さい、お願いします」



 そんなに『さま』付けで呼ばれるのがイヤなのかニコロ……。



「では、せめてニコロさんとお呼びしても?」

「……それなら、まぁ」



 ホッとしたように息を吐くニコロを見ながら、おれはクッキーに手を伸ばした。このクッキー作ったのはリーフェかな、シャノンさんかな。みんな美味しいおやつやご飯を作ってくれるから、本当にありがたい。そんな幸せを噛み締めながら食べていると、「ふふ」とシャノンさんが笑った。



「リーフェの言った通り、ヒビキさまは美味しそうに食べてくださいますね」

「え」



 ルードにも同じようなこと言われたけど、そんなに顔に出ているのかおれ! ちょっと恥ずかしくなって顔を隠すようにむにむにと両頬を手のひらで揉む。



「そう言えばマルセルが言っていましたよ、ヒビキさまと食べるようになってから、隊長の食べる量も増えてくれたって」

「え? そうだったの?」

「あの人、仕事が忙しくなると食生活おろそかになるんですよね。ヒビキさまが来てからはリズム狂ってないみたいですけど」

「そ、そうだったんだ……」



 知らなかった。おれが知らないルードのことをニコロは知っている。そりゃそうだ、聖騎士団の時代からの付き合いだから。なんとなく複雑な気持ちになるのは、そのルードの姿を想像できないからだろうか。



「……よく、躰壊さなかったね……」

「気を付けなければなりませんね……」

「ヒビキさまが隊長の傍に居る限りは大丈夫だと思いますが……。ま、気にかけてくださいね」



 だと良いけど。ニコロの言葉に肩をすくめると、シャノンさんはクッキーをもうひとつ摘んで食べた。



「それと、わたくしの実家はメルクーシン領の近くなのですが、なにかあったのでしょうか?」



 ――もしかしたら、聞きたかったのはそれなのかもしれない。

 シャノンさんはゆっくりとした動きで手を組んで、それから顔を上げて小さく眉を下げて微笑んだ。



「シャノンさんの実家ってメルクーシン領の近くだったんだ……」



 オウム返しになってしまったが、思わず呟いてしまった。ニコロも同じことを思ったようで、目を瞬かせていた。



「ええ。昨日、実家から連絡があって、しばらくは王都に居なさいと言う内容でして……。なにかあったのかと思ったのです」

「……まぁ、色々あったと言えば有りましたが……」



 先日のことを思い出して苦々しく目元を細めるニコロと、フェンリルのことが関係あるのかなって考えるおれ。フェンリルってメルクーシン領だけの契約精霊だったのかなぁ? それとも……。うーん。



「ごたごたが落ち着いたら、クリスティ家の地が広がるようなことも書いてあって……。メルクーシンさまも髪をばっさりと切っていらしたでしょう? それで、ヒビキさまたちにお会いしたら聞いてみようと思っておりました」

「家令とサディアスが動いているので、恐らくはクリスティ嬢の考えている通りになるかと」



 シャノンさんが考えていること? と首を傾げる。すると、シャノンさんは大きく目を見開いてそれから「まぁ……」と呟いて片手で口元を押さえた。えっと、どういうこと? とふたりを見ると、ふたりはおれを見て苦々しく俯いた。
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