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3章:その出会いはきっと必然
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しおりを挟むおれが考えていても仕方ない。気を取り直して、刺繍を再開した。途中、リーフェが昼食を持ってきてくれて、それをありがたく頂いて、リーフェが食後のお茶を用意しつつ刺繍をしているおれを見る。
「どうかした?」
「いえ、ヒビキさまは本当にルードさまがお好きなんだなぁと」
すごく嬉しそうにそう言われて、刺繍へと視線を落とす。なにをどう見てそう思ったんだろう? リーフェがお茶をローテーブルに置いてにこやかに話しだす。
「何度もしていますから、慣れて来たようですね。それに上達も早いですし……。リアがとても喜んでいましたよ」
「刺繍はリアのスキルでもあるし、趣味でもあるもんね」
「ええ。私は苦手ですけど……。ですが、ヒビキさまの刺繍を見ていると、ルードさまのことを本当に大事に想っているんだなぁと伝わってきます」
「……そう?」
ええ、とリーフェは微笑む。そして、ひょいとおれが練習している布を覗き込んできた。
「きっと本番、うまくいきますよ! 出来上がったシャツを着たルードさま……、想像するだけで楽しいです」
「楽しいの……?」
うふふ、と笑うリーフェに、おれは肩をすくめた。ちょっと休憩とばかりにカップに手を伸ばしてお茶を飲む。少し冷めてしまったけれど、冷めても美味しいのがここのお茶だ。ごくごくと一気に飲み干した。
「それでは、失礼しますね」
「うん、ありがとう」
リーフェは色々片付けてくれた。おれは再び刺繍を始めて、練習していた模様がようやくうまくいってぱっと表情を明るくさせる。この調子で本番を――と思ったけれど、気が付いたら暗くなり始めていた。
……次の満月っていつかな。そんなことを考えていると、ガチャリと扉が開いた。そこに居たのはルードだった。ルードは、おれがソファに座っていることに気付くと、ふっと表情を和らげて近付いてきた。
「ただいま、ヒビキ。刺繍の練習?」
「おかえりなさい、ルード。はい、大分上達したんですよ」
そう言って練習用の布をルードに見せる。ルードはそれを見て、「頑張ったね」とおれの頭を撫でた。
「話し合いはどうなりました?」
「もう勝手なことはしないって誓約書書かせて終了。相手の目的がヒビキと話をすることだったみたいだから」
「あ、やっぱり……そうなんですね……」
「どんな話をしたのか、聞いても良いかい?」
ルードがおれの隣に座ったから彼を見上げてこくりとうなずく。攻略キャラとかゲームの話はしないで、おれの魂がこの世界のものだったこと、シリウスさんが見つけてこっちに戻したこと、そういう事は包み隠さずに話した。……おれが帰れないってことも。
「……そうか」
全て聞き終わり、ルードがぽつりと呟いた。彼の表情を見るととても複雑そうに見える。なんて言えば良いのか迷っているように感じた。
「おれ自身、なんだか実感がないんですけどね……」
カリカリと頬を掻くと、ルードはそっとおれの肩を抱いた。もたれかかるように身を預けると、そっとおれの手を取って絡めるルード。体温が伝わってくる。ひとりじゃないって言ってくれているようだ。
「あ、それで……えっと、おれの荷物を渡してもらっても良いですか? あと、次の満月の日っていつでしょうか」
「満月の日? それなら――……」
……遂に満月の日になった。鞄は既に返してもらっていて、後はスマホを見るだけだ。返してもらった時にスマホを見て驚いた。充電が全く減ってなかったのだ。教科書やノートを見て懐かしくなった。
「私は席を外しておこう。廊下に居るから、なにかあったら呼びなさい」
「はい、ありがとうございます」
月光を浴びるように窓に近付く。スマホを見ると、圏外から変わった。それと同時に電話が鳴った。スマホには『姉』の文字。震える手でスマホを耳に当てる。
『響希? 響希なの?』
懐かしい姉の声におれの目頭が熱くなる。もう二度と聞けなかったかもしれない声。
「うん。姉ちゃん……」
声が掠れていないだろうか。聞き取りづらくはないだろうか。姉は息を飲んだように言葉を詰まらせて、それから慌てたように声を紡ぐ。
『今どこにいるの!? ちゃんと生活出来てる? ねえ、大丈夫なの?』
矢継ぎに質問されておれはハンカチで目元を拭ってから姉に答えた。
「大丈夫。あのさ、多分いきなりこんなこと言われて戸惑うと思うけど、聞いて欲しいんだ。おれ、今……姉ちゃんの好きなBLゲームの中にいる」
『……はい?』
「だから、姉ちゃんの好きな……」
『いや私、BLゲーム全般好きだし。っていうか、ゲーム内に異世界転移したってこと? ラノベか!』
捲し立てる姉がすごく懐かしく感じて涙がこぼれた。泣くな、泣くな。ハンカチで目頭を押さえる。
「えっと、姉の推しのルードが居る世界。それでね……」
おれはなるべく淡々と話すように心がけた。この世界のこと、おれのこと、ルードのこと。たくさん話した。姉は時々相槌を打ちながらも真剣に聞いてくれた。おれの魂がこっちの世界のもので、帰れないと伝えると姉は涙声になった。
『あの時のコウノトリ見間違いじゃなかったのかー……』
「え?」
『お母さんの出産の時、私一緒に居たのよ。みんなコウノトリに気付いていないみたいだった。私、コウノトリが響希の体になにかを落とすのが見えたのよね。それがきっと『アデル』の魂だったんだわ。だからずっと、怖かった』
「姉ちゃん……?」
『だってそうでしょ? いつか響希が居なくなるんじゃないかって……それがまさかこんなに急なんて思わなかったし。あ、そうだ。近くにルードが居るのならルード呼んでくれない? あとハンズフリーにして』
「え、と、ちょっと待って」
おれはスマホをローテーブルに置いて先にハンズフリーの設定をした。それから廊下に居るルードを呼ぶ。すぐ近くに居てくれた。ルードはローテーブルに置かれたスマホに視線を落としたが、すぐにソファに座った。おれもルードの隣に座る。
「姉ちゃん、連れて来たよ」
『ん、ありがとう。初めまして、響希の姉です。聞こえてる?』
「ああ、これから聞こえているのか。初めまして、ヒビキの姉君」
『単刀直入に言うわ。響希のことをお願いします』
おれとルードがどういう関係なのかは話していない。ただ、ルードに拾われたっていう、それだけは伝えた。おれを拾ってくれたから、そう言ったんだろうか。
「私の名にかけて、ヒビキを守ると誓おう」
凛とした声でそういうルードに、スマホ越しに姉のため息が聞こえた。首を傾げるルード。姉はちょっときつめの声でこう言った。
『響希だけ守っちゃダメよ、自分の身も守らないと! 響希も出来るだけ自分の身は自分で守りなさい!』
「は、はい……」
「……肝に銘じる」
よろしい、と呟く姉の声に、少しだけ笑みが浮かんだ。それに気付いたのかルードがおれの頭を撫でる。
『――ねぇ、響希。これだけ聞かせて。今、幸せ?』
姉の言葉におれは目を瞬かせた。そして、おれは自信満々にこう答えた。
「うん、幸せだよ。ここの人たちは本当に良くしてくれているし、ルードも居るし。おれは幸せだからさ、姉ちゃんも――幸せになってね」
ぐす、と姉が泣いているように聞こえたけれど、すぐに
『当たり前でしょ!』
と明るく言ってくれた。それから三人で色々話して、満月の日に電話するって約束を交わした。話したりない気もしたけれど、すっかり夜も更けてしまった。
『こっちのことは心配しないで。響希は自分の幸せを考えること。わかった?』
「うん、ありがとう、姉ちゃん」
『ルード……響希のこと、お願いします。それじゃあ、またね』
またって言ってくれたことが嬉しくて、「うん」と答えるのが精いっぱいだった。ルードがおれの代わりに口を開く。
「また話せる日を楽しみにしている」
『私も! 今度はもっとゆっくり話したいわ。――それじゃあ、ね』
再びまたね、と言って姉が電話を切った。ツーツーという音を聞いて、なんだか寂しくなって涙を流すとルードがその涙を拭ってくれた。
「話せて良かったな」
「うん……。ごめんなさい、ちょっと胸を借りても良いですか……?」
「構わない。おいで、ヒビキ」
ルードの胸に頭をこてんと置いて静かに涙を流す。思っていたより元気そうな声で良かった。ルードはぎゅっとおれを抱きしめてぽんぽんと優しく背中を撫でてくれた。涙が枯れるくらい泣いて、なんだか気持ちがすっきりとした。顔を上げると、ルードが優しく微笑むのが見えた。
「目を冷やさないとな」
「すみません……」
こつんと額と額を合わせて呟くルード。目が腫れぼったいのが自分でわかる。ルードはおれから離れてタオルを取り出すと、生活魔法でタオルを濡らしておれの目元に置いた。ひんやりとして気持ちいい。
「……ヒビキが寂しくないように、私はずっとヒビキの傍に居るよ」
「……ルード?」
「愛しているよ、ヒビキ。心の底から」
目に置かれたタオルを取って、ルードを見つめる。ルードはとても真剣な目をしていて、おれは枯れたと思った涙がまた出て来た。ひとりじゃないってことがこんなにも嬉しいものなんだってしみじみ感じた。涙を拭って、笑みを浮かべる。
「おれも、ルードが好きです。愛しています。ずっと、一緒に居ても良いですか……?」
「もちろんだ」
ぎゅっと抱きしめられて、なんだか肩の力が抜けた。抱きしめられた胸の中で、ルードの体温が伝わってくる。――あったかい。
これからなにが起こるのかわからないけれど――それでも。
おれの隣にはずっとルードが居てくれるんだろうなぁって、そう思った。
顔を上げると、ルードが身を屈めてそっと唇を合わせた。出逢えたのがルードで良かった。
ルードも、そう思ってくれていたら良いなぁと、唇を合わせながら考えた。
――翌日、目がウサギのように赤くなりぱんぱんに腫れてしまい、屋敷の人たちにたくさん心配を掛けてしまった。心配してくれる人が居るってことがなんだかくすぐったいくらいに嬉しく感じた。
ここの人たちが居るから、きっとおれは大丈夫。この世界でも生きていける。みんなの顔を見ながら、そんなことを思った。
――3章・完――
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