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3章:その出会いはきっと必然

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 翌日、たっぷり眠ってしまったらしく目覚めるとルードの姿はなく、代わりにナイトテーブルにメモが置いてあった。相変わらず丸くてかわいい文字だ。内容はゆっくり休むように、か。……とりあえず起きよう。

 クローゼットからチュニックを取り出して身支度を整える。鈴はナイトテーブルの上にあったから手にしてポケットに入れ、寝室から出て食堂に向かった。考えてみれば昨日はシリウスさんの用意したホットサンドしか食べてない。お腹空いた。



「おはようございます、ヒビキさま」

「おはよう」



 リーフェだ。おれも挨拶を返す。「朝食ですか?」と聞かれてうなずいた。リーフェは「すぐにご用意します」と微笑む。……帰って来たって感じがするのはなんでだろ。今回はそんなに離れていたわけでもないのに。

 食堂までつくと、椅子に座って辺りを見渡す。今日はじいやさんがいないようだ。食事はすぐに運ばれて、おれは手を合わせて「いただきます」と口にしてから食事を始める。やっぱり美味しい。バターが香るスクランブルエッグも、野菜の優しい味がするコンソメスープも、ふかふかのパンも。全てを美味しく頂いて、「ごちそうさま」と口にすると、リアが話しかけて来た。



「ヒビキさま、本日はどうなさいますか?」

「えっと……刺繍しようかなって思うんだけど……リアは忙しい?」

「そうですね……。二時間後くらいでしたら大丈夫ですよ」

「じゃあそれまでに練習してるね」



 リアは優しく微笑んでこくりと首を縦に動かした。刺繍をする時は大体リアと一緒にする。この前買った刺繍糸を使って刺繍をしようと思ったんだ。クレアさんにルードに渡すフリルシャツを数枚預かっている。おれの刺繍の腕はまだまだだから、本番の前に練習を積み重ねないといけない。

 食堂を出て寝室に戻る。クローゼットを開けて練習用の刺繍糸と布を取り出した。リアが来るまで練習しようとソファに座ってチクチクと始めた。大分上達したような……していないような。

 あ、そうだ。今度の満月の日っていつだろう。アデルの言っていたことが気になる。満月の日にスマホを見ろって……。なにかあるのかな。

 それに――ルードに話さなきゃいけないこともあるし。シリウスさんの言っていたこと……。そんなことを考えながら刺繍の練習をしていると、扉がノックされた。



「どうぞ!」

「お待たせしました、ヒビキさま」



 扉が開いて、リアが色々持ってきてくれた。お茶やお茶菓子もある。美味しそう! おれが目を輝かせたのがわかったのか、リアはくすりと笑って手際よくお茶の用意をしてくれた。扉を閉めないのかな? と思ったら、ニコロも入って来た。誘われたのかな?



「ニコロ、疲れは取れた?」

「ぐっすり眠ったんでバッチリ取れました」

「朝食の時間になっても起きてきませんでしたものね……」



 はは、とニコロが乾いた笑みを浮かべる。それだけ疲れたってことなんだろう。結局おれがやったことって、アデルと話したくらいしかないんじゃ……。



「さて、それでは始めましょうか」

「あ、うん。ニコロもする?」

「俺はお菓子頂いてます」



 嬉しそうにマドレーヌを頬張っているニコロに、リアは肩をすくめた。それから、リアに教えてもらいながら刺繍の練習をする。時々お茶を飲みながら。冷めて美味しい。ニコロは甘い物が食べられて幸せそうだった。そのうちにリアがクレアさんに呼ばれて、おれとニコロだけになった。ニコロはおれが刺繍しているのをただ眺めているだけだったけど、ぽつりと話し始めた。



「前に隊長の功績を話しましたよね。あれって、多分――」

「うん、おれらが手伝ったから、だよね。他の聖騎士団の人たちはおれたちに気付いていないみたいだったけど……」

「……隊長だけではありませんでしたよ」



 おれは刺繍していた手を止めて、ニコロに顔を向ける。あの世界でおれらに気付いたのは、ルードとアデル、それにシリウスさんだけだったはず。おれが首を傾げると、ニコロが小さく息を吐いた。



「……サディアスさん?」



 こくりとうなずくニコロ。……攻略キャラは姿が見えるってことなんだろうか。とはいえ、ニコロは赤い髪に緑の目だったし、あの姿のニコロがこのニコロだって気付いていたんだろうか。謎!



「なんなんですかね、あの人……」



 攻略キャラです、とも言えないし……。なんて言うか、サディアスさんのチートっぽさはどこから出ているんだろう……。考えていることわかるスキルだし、色々あったんだろうなぁとは思うんだけど。



「話したの?」

「いいえ。目が合っただけです。ですが、目が合うこと自体おかしいでしょう?」

「確かに……。それにしても、他の人に見られないならおれらがカラーを変える必要はあったのかなぁ……」



 カラーって、とニコロが笑う。難しい顔しているよりそっちのほうが断然良い。マドレーヌを食べながら話を続けた。



「そう言えば、前から謎だったんですけど……。サディアスさんって貴族でどのくらいの立場なの?」

「……知らなかったんですか?」

「うん。聞いたことないなぁと思って。ニコロは知ってるんでしょ?」



 驚いたようなニコロの表情。あれ、そんなに変なことを聞いたのかな……? ルードが敬語を使うくらいだし、伯爵よりは上? あ、それとも仕事の上司だから敬語なのかな? 滅多にルードの敬語って聞かないから、サディアスさんとルードの会話って結構楽しいんだよね。



「……サディアスは公爵です」

「へぇ~! ん? 公爵?」



 確か貴族の順番って……。思っていた以上に身分の高い人だった……! なんでそんな人が……聖騎士団に? そしてなんでアシュリー家じゃなくてサディアスさんの名前?



「アシュリー家自体は侯爵です。サディアスは二十歳の聖騎士団長就任と同時に、公爵の身分を承りました」

「前の聖騎士団長はどうなったの?」

「……男爵になったよ。わたしの忠告全然聞かないんだもの。僻地送りにしてあげたんだ」

「うわ、サディアスさん、いつからそこに!?」



 ぽんと肩を叩かれて驚いた。って言うかどうやって入って来たんだ! 扉は開いていないし、まるで空間を裂いたかのように――あ。ひとりだけそれを出来るのを知っている。

 でも居ない。一緒に居るかと思ったのに。



「さっきから。わたしのことを話していたの?」

「ええ、サディアスさんの身分全然知らなかったなぁって、ニコロに聞いていたところです」

「ふふ、そう。答えてくれた?」

「はい。サディアスさん、公爵だったんですね」



 サディアスさんはにこにこ笑っていた。ニコロが自分のことを話していたのが嬉しいのかな。ニコロはバツが悪そうに紅茶を飲んでいた。



「聖騎士団団長になると、どうしても地位も必要になるからね。当時の陛下の計らいだよ。ところでここ、ルードの寝室? なにをしていたのか聞いても良い?」

「刺繍をしてました。今度ルードのシャツの袖に刺繍をする予定なんです」



 おれがそう言うと、サディアスさんはぱっと顔をニコロに向けた。めちゃくちゃ目を輝かせて。



「ニコロ、わた――」

「イヤです」



 多分『わたしに刺繍の贈り物して!』的なことを言おうと思ったんだろうなぁ。それをすかさずニコロが断る。漫才かな? サディアスさんはめげないでねだっていた。そのうちニコロが根負けするのに一票。



「えっと、ルードは一緒だったんじゃないんですか?」

「ああ、今日は陛下に呼ばれてたから。アデルとシリウスと話し合いが始まるみたいだよ」

「サディアスさんは参加しないんですか?」

「ルードに断られてね。シリウスにばったり会ったからここまで送ってもらったんだ」



 まぁ、サディアスさんはあの場に居なかったしなぁ。じゃあ今頃ルードたちは話し合いをしているのかな。どんな話し合いになっているんだろう。気になるけど……それよりも。



「サディアスさんはここに居て良いんですか……?」

「書類は終わらせているから平気だよ。それよりニコロを借りても良い?」



 めっちゃ笑顔でそんなことを言うサディアスさん。ニコロはばっとおれを見たけれど、今日はどこにも行く予定ないし……。



「かくれんぼをして、サディアスさんがニコロを見つけられたら、どうぞ」

「かくれんぼ……って、なんだい?」



 え?



「――し、知らないんですか……?」



 こくりとうなずくサディアスさんに、かくれんぼのことを説明した。貴族ってこういう遊びしないの? と首を傾げてみる。あ、逆の条件のほうがニコロには良かったかな。でも、それだとニコロがサディアスさんを探しに行かないかもしれないし……。



「三十秒待ってニコロを探しに行けば良いんだね、わかったよ」

「じゃあ、ニコロが扉を閉めてから三十秒後に探してください。ニコロ、良い?」

「あ、一応俺にも確認取るんですね……。じゃあ逃げます」



 正直、ここでサディアスさんに出会った以上、こうなるだろうとは思っていたんだろう。諦めてなのかニコロは部屋から出て行った。そして、扉を閉めてから三十秒。サディアスさんがニコロを追っていった。

 多分、ニコロは見つかると思うけど……。

 ニコロのカラーが赤と緑だったのって、確実にサディアスさんの影響だよね。髪と目の色が逆だったけど。この世界の身分差がどういうものなのか良くわからないんだけど、それを跳ねのけるくらい、サディアスさんには容易いんじゃ……?
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